さて、拷問のお話も今回で最終話となりました。いきなり迎えた最終話。少年雑誌の人気が低迷している話よりも急激にラストを迎えてしまいましたが、私がそろそろ別の本をまとめたくなったのでラストです。


 有終の美? を飾るのは――冷静になって振り返ればこの章で美しい話題など一回も……。現実は見なかったことにしましょう!――枷! そう、枷です。

 枷は拘束具であり、拷問道具ではありません。ですが枷がないと、拷問をする時に被害者が暴れてしまったりして大変なことになります。枷を紹介せずして拷問の話は終われないでしょう。と、いう訳で以下で枷についてまとめていきます。

 

 枷やそれに類する器具はそれこそ遙かな古代から、場所によっては現在に至るまで使われ続けています。考えようによっては、手錠だって立派な枷です。

 上記では「枷は拘束具であり、拷問道具」ではないと書いてしまいましたが、歴史上にはもちろんその両方の目的を果たすために作られ、あるいは拷問に使用するために作られた枷もあります。

 縛められ自由を奪われたことによるストレスと不安と屈辱(これ大事ですね!)に加えて、枷が嵌められたまま移動や労働などを強いられれば、その場所の皮膚は擦れ傷ができる。これも考えようによっては立派な拷問ですが、さらにその上に人を傷つけるという悪意が加われば……全く恐ろしいですね。


 ここで話は拷問から逸れてしまうのですが、長池士著<完全総括 SM手引き書>によると、拘束され能動的な動作を奪われるどころか意志すら縛められ、相手の意志に完全に従わなくてはならなくなるという状態は、恐怖や屈辱のみならず、自分の全てを相手に委ねなければならないという消極的な安心感をも湧き起こすそうです。清く正しく生きてきた私にはさっぱり理解できませんが。

 不安や恐怖から屈辱感に、更に屈辱感から消極的安心感へと移り変わる心理過程が被虐意識を燃え上がらせる要素なのだそうです。大事なことだからもう一度書きますが、清く正しく生きてきた私には全く理解できない世界です。

 ……えっ、清く正しく生きてきた人間は、拷問の本もSMの本も買わないだろう、って? 聞こえないふり、聞こえないふり……。


 さて話を本題にもどしますね!

 まず、ヨーロッパの晒し刑では、私たちが枷と聞いて真っ先に想像するタイプのスタンダードな手枷足枷をつけ、晒し台に縛り付けていました。しかし時に、罪人が犯した罪のシンボルを鎖にぶら下げた「戒めのネックレス」が犠牲者の首かけられることがありました。例えば、酒飲みならば酒瓶を、賭博の罪を犯した者ならばサイコロやカード、喫煙者ならタバコの大きな模型を繋げたものがかけられるのです。

 他にも、天秤に細工をして不正な取引をした承認ならば、天秤を水平にするための重りや鉄製の巨大な硬貨が下げられます。密猟者ならば、密猟して手に入れた獲物の死骸が。しかも、この場合は遺骸が腐り落ちるまで罪は赦されなかったので、夏場は腐敗臭のために息もできなくなったとか。

 

 広場の台に縛り付けられた犠牲者は、見物人からのリンチを受けます。悩める民衆にとっての娯楽などあってないようなものだった中世、刑の執行やそれに伴う晒しは格好のうっぷん晴らしであったのです。

 まだ衛生観念が発達していなかった中世。小突かれたりひっぱたかれたり、排泄物をかけられるだけで済むならばそれは幸運な事例でした。なぜなら、犠牲者が晒されている広場に糞尿を撒いたり、そこらの便器や肥溜めから汚物を持ってきて、犠牲者の口や耳や鼻の穴に押し込み、髪に塗りつけることもあったそうですから。

 上記の責苦に加え、蹴られ殴られ石を投げられ、焼けた鉄や松明を押し付けられ、不運な場合は身体の一部を切断され……。こういった場合、傷口から菌が入って病気に罹る可能性を鑑みると、晒し刑とはいえ死者が出たことは間違いありません。


 枷の素材として真っ先に思い浮かぶのはやはり鉄。

 厚い鉄製の枷はそのままでも十分に重くて拘束の役割を果たせるため、分銅などの重りを付けられることは案外少なかったそうです。ですがたまに鉄枷に重りが付けられたものも作られたようでしたが、このような場合は鉄輪との摩擦で皮は剥け、犠牲者の汗によって腐食した鉄のためにすぐに化膿したと考えられます。手や足ならば、腐ったとしても最悪切断すれば命は助かる。しかし、首では……。タイプによっては、枷を嵌められただけでも死に至る場合があるのです。

 更に、首には本来頭を支えるための筋肉しか付いていないため、首枷を嵌められただけでも窒息してしまう可能性もあります。窒息の恐怖から逃れるためには、重りを常に手で支えなければならない。これでは、立ち上がることさえ困難です。が、世の中にはもっと恐ろしい枷があるのです!


 重りが付いた枷より恐ろしい枷。と言われれば思いつくのはたった一つ。そう、「トゲ付き枷」です! 外側はもちろん、内側にも、骨に達するほど深く刺さるトゲトゲが生えた、「これ絶対殺る気で作っただろ」なんてビジュアルのトゲ付き枷の重量は5キロほど。これだけでも首には大変な負荷がかかってしまいます。

 環は収縮可能な造りになっているため、単純にきっちり締めて責めることも、あえて犠牲者の動きでじわじわ傷つくていどに緩めておくことも可能。ですがいずれの場合も、顎から首の周囲に加え、肩にかけての広範囲に傷を負うことになります。前述の通りトゲはとっても危険な造りをしているので、傷の化膿もさることながらトゲに喉を突かれて死ぬこともあったはずです。

 拷問道具にはあまり向かないトゲ付き枷ですが、構造が単純で故障しにくかったため、16世紀から19世紀のヨーロッパ全域、特にドイツで盛んに使用されていたそうです。


 自分が使用されるとなると冗談じゃないと叫びたくなるトゲ付き枷ですが、世の中には好き好んで似たようなものを自分自身に装着する人たちがいます。ある宗派の信者が自らの肉体に苦痛を与え、誘惑に打ち勝つ訓練をするという意図の下考え出した器具は「苦行用ベルト」と呼ばれていおり、ベルトなので腰に装着します。

 このベルトには数多のバリエーションがありますが、もっとも簡単な作りなのは有刺鉄線を編みこんだもの。ただし、もっとも簡単なものであっても、皮膚に突き刺さるトゲは有に二百本を超えているそうです。

 苦行用ベルトを腰に嵌めれば、呼吸をしただけでトゲが肉に食い込み、放っておけば傷は化膿し蛆が湧くこともある。更に蛆が腐敗した組織のみならず腹の肉まで食い破り、腸に達することも……。

 あんまり想像したくないですね。ですが、このベルトは服の下に隠せるほどコンパクトなので、修行者には愛用されていたそうです。また、異端審問においては拷問道具として使われたのだとか。


 変わった拘束具としては、苦行用ベルトの他にも「革手錠」という物がありました。左右の脇部分に環の付いた革製のベルトをまず犠牲者の胴に嵌め、次に環に手首を固定するのです。革手錠では、例えば右腕は腹部に左腕は背中に、あるいは両腕を後ろ手に固定したり、背中で交差して……。とさまざまな方法で拘束できるのが特徴でした。どのように固定するかで犠牲者の苦痛をコントロールできるし、拘束したまま放置すれば、犠牲者は飢えや乾きや寒さで衰弱していき、これだけでも立派な拷問になります。

 革手錠は16世紀から19世紀のヨーロッパ全域で使用されていましたが、拘束具として非常に優秀なため、現在でも使われているのだとか……。


 さて、とうとう終わりを迎えてしまった拷問のお話。ですが、私の冒険はまだこれから! 

 古典的な打ち切りマンガの主人公の最後のセリフっぽく終わるのもなんなので、ちょっとした次回予告を……。


 17世紀から18世紀のヨーロッパ。そこでは、精神障碍者、貧民、同性愛者、涜神者、錬金術師らと並んで社会から白眼視された人々がいた。そんな彼らに世間が張ったレッテルは――性的不能者。男性優位社会の重荷を背負わされ、法と宗教に苛められた彼らの不幸の、知られざる歴史ドラマとは――!? 乞うご期待!

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