車輪刑 ①その起源

 ここでは中国の「車裂」の刑ではなく、古代ギリシアが起源のヨーロッパの「車輪刑」についてまとめていきます。

 車輪刑はその名が示すように、車輪を定められた回数振り下ろして、あるいは巨大な車輪に括りつけられた犠牲者の四肢の骨を棍棒などの鈍器で定められた回数殴る刑罰を指します。車輪に括りつけて車輪で殴る、なんて車輪づくしのパターンもあったとか。

 この刑は公開で行われることが多かった刑で、しかも執行途中で犠牲者を裸かそれに近い恰好にするため、車輪刑を科せられるのはもっぱら男性に限られていました。もっとも、女性であってもとりわけ重い罪を犯したのならその限りではありません。


 車輪刑は古代からイギリスを除く中世ヨーロッパの国々で盛んに、更には19世紀ですら行われていました。

 四肢の骨を砕き、あえて生きたままにして飢えと渇きで衰弱しするのを待つ場合を除けば、最後に胸か頭にさえ一撃がお見舞いされる車輪刑。これは拷問よりも処刑に近い刑罰であり、この刑を執行された多くの者は骨が砕けてそのまま死亡し、運よく助かっても何らかの後遺症が残っただろうに、です。

 ※10世紀ごろまでは、規定の回数の殴打を耐え抜き、晒された状態で三日以上生き続けた者は、神の加護があったためとして司祭の許しを得たうえで解放されていたようです。そうして生き延びた者も結構いたとか。しかし、それって救いになるんでしょうか? 不自由な身体を抱え、かつて重罪を犯した者として周りからも白い目で見られ続けながらの生は、安楽なものとは称しがたいような……。


 ……なにはともあれ、多くの場合「拷問」は被害者の持つ情報を引き出さんとして行われていた(あるいは行われている・・)ことを考えると、これは非常に奇妙なことです。

 多種多様な拷問道具を生み出してなお、死亡率が高くまた手間のかかる(ただ骨を砕くだけならば、車輪を使わずとも、あるいは車輪に括りつけなくともよいのです。手足を伸ばした状態で台に括りつけ、棍棒か何かで殴ればそれで済みます)この刑にある種のこだわりを持っていたらしき中世ヨーロッパの人々。

 これから、彼らが無意識にか意識的にかは定ではないが確かに共有していた、キリスト教以前の信仰の名残に踏み込んでいきたいと思います。


 まず、キリスト教化される以前のヨーロッパでは車輪は太陽を象徴するものでした。軸が太陽そのものなら、支柱や輪はその光。ケルト人は車輪で表される、雷や太陽を司る天空神タラニスを崇拝していました。また、ケルトのみならずゲルマンやそのほか多くの民族でも車輪は太陽を表すものだったのです。このため、車輪刑は本来は、重罪を犯した者を太陽神に捧げる供犠であった、と考えられているそうです。車輪を通じて太陽神が呼び出されるんだとか。これ、ちょっとファンタジーのネタに使えそうですよね? 


 さて、ここで話は全く変わってしまうのですが、古代では骨は人体の構造のうち最も重要なものだと見なされていたそうです。メルヘン(「歌う骨」、とかですかね? これ以外の骨が喋るメルヘンを思いつけませんでした)で死者の骨が喋り出すのも、骨髄に最後の生命力が宿っているとされていた、だからだとか。他にも私たち日本人にはちょっと分かりにくい感性かもしれませんが、ヨーロッパで聖人の骨が聖遺物として崇められるのも、そういった思想の影響を受けてるんだとか。死者の骨を拾い集めたら元に戻った(これまた私にはグリム童話の「百槇の話」しか思いつけませんでした)という伝承があるのも、骨が秘める生命力が信じられてきた名残りなんだとか。


 話は長くなってしまいましたがつまり、「骨を砕くこと」は「最後の蘇生・再生をも不可能にする」ことを意味していたのです。

 車輪刑を処せられた者は、息絶えてなおその亡骸は処理されず、放置されたままでした。公衆衛生的にどーよ、とか、疫病が発生しそう、なんて色々(場合によっては、朝っぱらから腐乱死体を見ちゃうこともありますよね。精神に大ダメージ来ますよね。悪臭も半端ないですよね)考えちゃいますが、これは本来浄化の儀式だったのです。犯罪者の亡骸が朽ち果てることでやっと、犯された全ての悪が消滅する。太陽によって乾燥されることで、罪の穢れが滅びる。この呪術に太陽への供犠が結びついたものが車輪刑、とする考え方もあります。

 

 他にも、車輪刑は太陽神への供犠ではなく太陽をめぐる呪術で、重罪は人間の生命の源である太陽の光を弱めるから、車輪刑によって罪人の生命力を太陽に還し、陽光を取り戻そうとした、なんていう説もあります。どの説をネタにするかはあなた次第です。


 最後にあまりにも深淵なるテーマにorzとなった作者をサポートしてくれた書物にスペシャルサンクスを……。


・阿部謹也著<刑吏の社会史>

・原書房<世界の神話伝説図鑑>


 これらの本がなければ、私は半ばで力尽きていました。本とご高覧してくださった皆様に感謝です!

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