28. 接続

 拝火神統会は二重構造の組織、そう判明したのは、警視庁の公安部でもほんの数日前のことだった。

 一般市民から入信者を募る“信者村”は、ほとんど隠れ蓑に近い。本体は神堂が直々に選ぶ“神炎の徒”で、選考基準は能力の有無だ。

 教祖と同調できる異能を持つ者を探し出し、力を利用して洗脳を図る。神堂曰く、これが布教であり、神に選ばれた人間の結集であった。


 東京での活動に注視していた公安部も、この事態になって、ようやく教団の真の本拠地が真波市であることを悟る。

 坂本の計画を知らされた神堂は、自らの思惑と一致すると知って彼と協力関係を結んだ。待機センターを、一斉蜂起の発火点と決めたのだ。

 生体リンクの暴走、そして、ネットワークの破壊。真波市の機能停止は、その計画が成功した証だと、外部で待機していた信者たちは理解した。


 拝火神統会の教えでは、現在の真波市は暗滅あんめつした状態だと考える。

 神は一度隠れ、再び復活するだろう。中途半端にキリスト教を取り入れた教儀によると、神堂を火で包めば生き返り、新たな神の使者として再臨すると言う。

 もう山脇たちが理解できる思想を逸脱している。


 アスタリスクを神と信じた神堂は、センターごと浄火されることを望んだ。

 信徒たちに深く刷り込まれた拝火信仰も、負けず劣らず本物である。それが神殺しとも知らず、身を呈して待機センターを焼き尽くそうとしていた。


「二階の真崎が、センターの本体を停止させようと奮闘中だ。それが終わるまでは、焼かせる訳にはいかん」

「特別班のシャットダウンは、内調が止めてくれましたよ。後は真崎くん次第ですか」

「消防は?」


 芝居がかったやり方で、幣良木はお手上げだと首を振る。


「市内の火災は、三十箇所を超えました。駅前の大通りが一番酷い。要請はしましたが、ここに来るのはまだ先ですね」

「どっちにしろ、信者連中を排除しないと、消防隊に被害が出るな」


 爆発で死傷者が出ているからには、機動隊も容赦はしない。自爆攻撃も、彼らの軽装甲車なら凌げる。

 時間さえ稼げれば、鎮圧できそうだが――。


「病院側の消火栓から、ホースを引っ張ってこよう。行ってくれるか?」

「いいでしょう。病院の封鎖も、ドローンが替わってくれた頃だ。部下が動ける」


 一課を待機センターへ総動員したため、病院側は三班公安課が担当していた。

 彼らも幣良木の到着で、こちらへの援軍に回せる。どうせ捜査の余裕など無いのだから、俄か消防士となってもらおう。

 もう普段の一週間分は走った幣良木が、まだ全力を出せるのはエネルバーのおかげか。水浸しの床を蹴り、彼は部下のいる病院へと向かった。





 中央管理室、右端のモニターには地下のセキュリティ状況が、隣にはナルの改変作業が映される。

 鹿坂は壁にもたれて、暫く二人を眺めていたが、またどこかへフラリと消えた。

 電磁アンカーを超特急で組み込んだナルヘ、更なる指令が下る。


「まだ防壁は解除されないな。他のモンクラの装備にも、同じ改変を加えてくれ」

「うへえ。まあ、コピーなら少しは楽だけどさ。どれから仕込む?」


 無反動ライフル、と答えかけた涼也は、言い切らない内にライトボウガンに訂正する。


「ああ、俺のオススメだね。あれは使い易い」

「チートならな。普通なら威力不足だ」


 二人が武器談義を始めた時、地下では三重の爆発が起きていた。床や壁を震わせる強さは無く、音も届かない小さな爆破。しかし、結果は確実にモニターが示す。


“セキュリティガード:マックスウェル1番、2番、3番、全て停止”


「やりやがった! アスタリスクの様子は?」

「丸裸だ。でもやっぱり、この部屋からの浸蝕は弾かれるなあ」

「だから俺が行くんだろ? すぐに潜る、鳴海が戻って来たら、ナビ役を頼んでくれ」

「リョーカーイ」


 涼也は部屋を飛び出て、旧型室の中、スタンバイ済みの接続カプセルへと滑り込んだ。

 多々良は偽装のために旧型を選んだのだろうが、生体リンクから身を守るには、こちらの方が都合よい。ピンクの同調液なんかに浸されては、抵抗する間もなく脳を掻き回される。


「キャノピー、クローズ」


 ゆっくりと降りて来る透明の蓋が、彼の全身を覆う。音声操作を待つ指令表示コマンドボードが、顔の前に浮かんだ。


「世界選択……四十六。接続開始」


 古風な座禅にも似た、無我の世界への没入。二秒の暗転が、涼也をよく見知った世界へと連れ去った。


 粉雪の舞うスノーエリア、その南東端に彼は立つ。

 背後の薄汚れた丸木小屋は、ハンターたちのスタート地点だ。


 現実時間は、午前零時六分。

 モンスタークラン、日本最大規模の狩猟ゲームの世界に、今は涼也以外のプレーヤーはいない。

 甲鱗を重ねて作られた機動性重視のメイルを着込み、ボウガンを背負う狩人が、ここでの彼の姿だった。

 雪原に目を向けつつ、左手首の上に通信ウインドウを表示させる。


「ナル、聞こえるか?」

『……ん、大丈夫そうだね。時間加速も無いし、上層にいる間は、交信できそうだよ』

「よし。じゃあまず、下降ポイントへ向かう」


 基盤に進む入り口は、ここから三十キロも先だ。

 徒歩は馬鹿らしいので、ナルが用意してくれた移動手段を呼び出した。てっきりフローターバイクが現れるものと予想していた彼は、口笛のような澄んだ高音の響きに面食らう。


 「移動方法もモンクラ仕様か……」


 急がせた以上、文句も言えまい。

 呼出し音に応えて、何処からともなく、小型ワイバーンが目の前に降り立った。鞍も手綱も装着した、エリア移動用の生き物である。

 涼也がその背に跳び乗ると、飛竜は地表の雪を翼で吹き散らし、天高く舞い上がった。





 今回は交信だけでなく、涼也の視点が中央管理室のモニターに映し出されている。順調に飛行するワイバーンを確認すると、ナルは基盤への浸蝕作業に戻った。

 撥ね付けられるとは言え、データを送り続けることで、少しはアスタリスクの活動を抑える効果があるようだ。

 送るデータが増えれば、当然、の重みは増し、効率は良くなる。


 地下と繋がる回線には、まだまだ余裕はあるものの、これ以上のデータ量を扱うには、管理室の処理能力が足りない。


 ――モンクラ以外のVRゲームサーバーから、直接データを転送させれば、アスタリスクを締め上げられるのに……。


 外部の回線状況は、未だどこも渋滞している。あまり足しにならないのは理解しつつも、ナルは外部サーバーへのハッキングを始めた。

 アニマヴィル、アレグザ、シエルクロス――。真波市以外から接続するプレーヤーにすれば迷惑極まりないだろうが、アスタリスクの圧力が減った際には、これら他ゲームのサーバーも参戦してもらう作戦だ。


 いざという時に備え、彼はデータ転送のコマンドを実行して回った。

 今は水滴が落ちるようなスピードでも、アスタリスクが弱ればどうなるか分からない。

 黙々と指を動かす彼の顔には、やはりどこか嬉しそうな笑みが貼り付く。どんなサーバーにも指令を送れる全能感が、ナルの高揚を誘った。

 自分の能力に酔う性癖は、転送捜査官には害を為す資質である。この辺りが、涼也とは道を違えた理由であろう。

 ナルの後ろへ、地下での任務を遂げた綾加が近寄った。


「その画面が、真崎さん?」

「そうだよ。そろそろポイントに着きそうだね。ナビ役を頼むってさ」

「ナビって……必要なの?」

「位置じゃなくて、時間情報のナビだと思うよ」


 今一つピンと来ないまま、彼女はモニターを見つめる。ワイバーンはマッハで飛び、白い風景が画面一杯に広がっていた。

 ただ小さな点だけが、前方で明るく輝く。

 涼也が向かう先は、そのオレンジ色の光のようだ。


 点が徐々に大きくなるにつれ、涼也はスピードを落として行った。

 スノーエリア北東のツンドラ地帯。凍土と針葉樹の大地が、モニターを通してもようやく判別できるようになる。


「基盤からも浸蝕されてるからね。接合部分はこうなる」

「……火ね」


 極寒のツンドラは、赤く燃えていた。

 共有現実の火では、まして現実の火では、ここまでの現象は起きない。氷が発火するなんてことは。

 樹林帯にぽっかりと空いた直径数十メートルの穴、その外縁が燃え上がり、炎の輪を作る。


『降下ポイントまで来た。本当に地表へ設定したのか……』

「そりゃ、降下・・だからね」


 中空に浮くワームホールを、地中へ向かう形に設置したのはナルの趣味だ。

 画面内の地平線が、目まぐるしく動く。

 飛竜が針路を変え、穴に向かって急降下したことが、綾加たちにも見て取れた。

 接続ポイント奥の光景が一瞬モニターに映ったかと思うと、すぐにブラックアウトする。


「あれが基盤、アスタリスクの世界?」

「燃えてたねえ。親玉だし、そりゃそうか」

「火は分かるけど……」


 再び映像を得るには、基盤内で涼也が自分の世界を確立しなくてはいけない。

 操作パネルに手を付いて、暫しの待機に入った彼女の額に、うっすらと汗が浮かんだ。


「ねえ、暑くない?」

「そうだね。えーっと……二十八度かな」


 ナルが画面隅に室温を表示させ、部屋の中が外気温より高いことを告げる。

 通気孔に手を当てた綾加は、クーラーの冷風が弱まっていることを知るが、故障ではないだろう。


「ちょっと見てくるわ」

「どこを?」

「屋上よ!」


 廊下を走り、階段を一気に駆け上がった綾加は、屋上に通じる扉に手を掛けた。


「アチッ!」


 ドアレバーが、バーベキューの鉄串のように熱い。袖越しに手首でレバーを下げ、扉を押し開ける。

 顔を舐めようと吹き込んだ火炎と熱風に、綾加は慌ててドアから離れた。扉はまた勝手に閉じるが、外を見渡すには充分な時間だ。


 待機センターの屋上は、身の丈を超える炎が猛り狂う、火の海であった。

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