27. 攻防戦

 最初の爆発以降、涼也のいる二階の壁にも断続的に揺れが伝わってきた。

 清潔さを維持している室内に、細かなほこりが舞う。


 彼は廊下にいた鑑識員を呼びつけ、旧型室の調査を急いでもらった。

 接続カプセルは、鑑識員たちが手早くあらためた後、証拠保全のために二台が使用禁止となる。彼らも二階の保全場所を指定するくらいしか余裕が無く、この後は怪我人の搬送に駆り出されてしまった。


 涼也は独り、旧型カプセルの配線を組み替え、コントロールパネルをせわしなくタッチして設定を進める。このカプセルは、昨日、綾加が使用したものだ。

 涼也たちが使わなかった一台には、はっきりと坂本の残留物反応が有り、微量ではあるがエレベーターからも吐瀉物らしき痕跡が検出された。

 正面玄関を避けるルートは一階の病院接続通路、そこから死体を運び出し、地下の遺体置き場に紛れさせるのが一番疑われにくい。

 彼が使用したカプセルの外壁にも、麻痺銃のトレーサーが付着していたため、今度こそ多々良の偽装が確定した。


 疑問が残るのは、遺体置き場から坂本の自宅までの運搬方法である。これを人知れず、多々良たち数人で行うのは難しい。少なくとも、医療センター側に相当数の協力者がいたはずだった。

 誰を取り調べるべきか、その答えは鹿坂が探り当てる。

 綾加が顔を出す少し前、旧型室には先に彼が現れ、捜査の助けにとメモリにコピーした資料を涼也へ手渡した。


「機密保全には抵触しないのか?」

「坂本を野放しにした病院理事たちの名前も載ってる。内調は研究を接収できれば、それ以上、捜査に口を挟まないよ」

「その研究の内容も、今は教えてもらわないと困る」


 医療グループには明日以降、大掛かりな捜査が実施されるだろう。しかし、目下の焦点はアスタリスクだ。


「坂本は、四十年前の事件で医者であった両親を亡くした。似た境遇にあった医師や研究者が、極秘に真波事件を究明しようとしたのが発端らしい」

「多々良もか?」

「研究を主導したのが坂本、多々良は各セクションとの繋ぎ役だな。研究は成功し、生体リンク能力の存在を突き止める」


 ここで問題になったのは、研究成果の取り扱いだった。

 真波事件が生体リンクの暴走だと確信した坂本は、隠蔽した者への恨みを募らせる。だが、病院理事会は、この技術を事業発展に利用しようとした。長い年月は、関係者の義憤や復讐心も錆び付かせたのだ。


 将来の生体リンク活用を見越して、待機センターを建造したのが十年前。その時点では、まだKは完成していない。

 研究を続け、Kとリンクシステムが実際に動き出したのが、五年前のことだった。

 一見、理事会に従順な坂本だったが、その本心では、いずれ生体リンクを暴走させて世にしらしめることを計画する。Kの生みの親ながら、彼は生体リンクが礎となった現代社会を嫌悪していたのであった。


「親和性の高い能力者リンカーを集めて、Kの能力を強化。束ねると増幅するんだよ。全ては暴走の準備だったわけだ」

「増幅……ひょっとして、共有現実の時間が十倍速なのは、そのせいか?」

「おそらくね。最後の仕上げに取り掛かった時、多々良が坂本の真意に気付いた」

「説得は不調、殺して止めた、と」


 坂本の計画は周到であり、Kの強制停止を最も恐れていた。

 一階のフロアにいる収容患者たちは、彼が用意した人質だ。

 電力供給が完全停止した場合、患者たちはKに精神を絡め取られたまま二度と目覚めない。警察などが踏み込んで来た際は、それを盾に“暴走”を全うするつもりだった。


「一体、“K”ってのは何なんだ?」

「真波事件は一人の異能者が起こした惨劇だ。テレパス、サイコリンク、昔から呼び方はいくらでもあるが、その能力を機械的に再現したのがK。言わば、人造の異能者だよ」

「おいおい、本物のオカルトだって言うのか!」

「発端はそうだな。人の叡智は、その古来からの魔法を科学で置き換えることに成功したんだ」

「コンピューターに、超能力を与えたようなものか。そりゃ政府も欲しがるわけだな」


 魔法のようなVR社会を生み出すために、通信技術の発展だけが寄与したわけではない。最大の契機となったのは、真波テロ事件を引き起こした一人の異能力者、その精神リンク能力の解明だった。

 中世なら火炙りにされただろう魔女が、偶然にもVR黎明期の真波市に誕生し、千人単位の被害者を巻き込んで共鳴能力を暴走させる。


 Kとコードネームを付けられたその人物の詳細は最早誰も知り得ない極秘記録の底に在るが、技術化された精神リンクは社会インフラとして表舞台に登場し、今の仮想空間の礎となった。

 Kには人を取り込み、自分の生んだ世界を自由に改変する能力が有る。神堂が妄想した神の火は、こうして共有現実内で発現した。

 しかし、Kはリンクを形成するためのツールである。そこに複雑な目的は存在せず、ただ増殖と自己防衛を図る機械でしかなかった。


 共有空間を味わった身では、異能の存在も信じるしかないだろう。

 人間が元とは言え、人の身に余る力。何と厄介な物をと涼也が嘆息した時、屋上へ走る綾加が呼びかけてきた。

 彼女に早い妨害の解除を頼み、もう一つ、大きな疑問を鹿坂にぶつける。

 彼の話では、どうにも理解し難い点があった。


「俺を招いたのは多々良じゃない、本物の坂本のはずだ。そこが分からない」

「ああ、転送課を呼んだ理由か」

「何故わざわざ警察に知らせた?」

「起爆させたかったんだよ。神堂を攻撃すれば、奴は怒り狂うだろう。その憤怒が密接にリンクしたKに影響して、本気で暴走を始めるって寸法だ」


 ――では、このアスタリスクの猛烈な進攻は、俺たちが招いたってことじゃないか。

 涼也はこれまでの経緯を、多々良の立場から思い返す。

 坂本が警察に通報したのは昨朝。職員まで入れ替え、念入りに準備した実行日である。

 これを知った多々良は、慌てて彼を詰問したに違いない。おそらくそこで計画を聞かされ、所長を止めようとして殺害。

 職員がその後、多々良に従っていたところを見ると、計画は坂本個人の暴走かと思われる。


 やって来た転送捜査官を坂本に扮して誤魔化し、丸腰で彼らを共有現実に送り込む。武器を持たせられなかったのではなく、必要以上に神堂を刺激したくなかったからだ。

 多々良の関心が、殺人の偽装よりもKに向いていたため、稚拙な罠で済んで幸いだった。

 再度潜った涼也たちが重武装で神堂と対決したのは、システムを止めようとした多々良にとって逆風となったことだろう。停止どころか、直後、アスタリスクは浸蝕を活発化させた。

 この推移は、鹿坂の説明と合致する。


「気をつけた方がいい。神堂に感化されて、Kは激怒してるはず。楽な相手じゃないぞ」

機械マシンが激怒、ね。あれでセーブしてたとは」


 差し詰め、前回がノーマルレベルでプレイしたとすると、今度はハードレベルだ。

 装備の強化を頼もうと、中央管理室に歩き出した涼也は、部屋に飛び込んで来たナルとぶつかりそうになった。


「準備は出来た! マックスウェルが止まれば、いつでも接続できる」

「装備は前回と一緒か?」

「無茶言わないでくれよ。短時間じゃ、モンクラの装備を最大強化するので目一杯だ。通信と移動手段だけは、何とか仕込んだぜ」


 ――訂正しよう、これはエクストラハードだ。


「せめて……電磁アンカーは持たせてくれ。強化改変したやつを」

「強化って、元々、出力は最大設定だろ?」

「効果を変更しろ。鳴海はもう少し掛かるだろう、急げばやれる」

「へいへい。減刑じゃ割に合わないな、こりゃ」


 ナルを追い立てる号令のように、今までで最大の爆発音が響く。天井から落ちてきた細かな建材の粉が、涼也の首筋に降り懸かった。


 ――生温かい。

 建物が熱を持ち、気温が上がり始めたようだ。

 急ぐ理由が、また一つ増えようとしていた。





 山脇の呆れ声が、煤だらけでロビーへ戻ってきた綾加を迎える。


「馬鹿野郎! 高速追跡機がいくらするか知ってるのか!」

「緊急事態です。それより、ドローンを運ぶのを手伝ってください」

「まあいい……俺の金じゃねえ。おい、二人ほど、こいつに同行しろ!」


 慣れない仕事に辟易していた鑑識員が、運搬に名乗りを上げた。

 地に落ちた手近な自爆機を、一人一台拾い、腹に抱えて走る。

 爆破装置は重いものの、ドローン本体は軽量カーボン製なので苦労は無く、青いバリケードが火矢を防ぐ盾となってくれていた。


 外からロビーへ、そして殺菌室からエレベーターへと急ぎつつ、彼女はドローンの改造方法を検討する。

 三台の旧型ドローンに、飛行コースをプログラムするのは容易だ。腹に縛り付けられた爆発物、これが綾加の手に余る。

 そのままでは、Kの本体を破壊してしまう。威力を押さえなければいけないが――。

 ブツブツと問題点を挙げる独り言は、鑑識の一人が聞いていた。


「そんなに難しくないです。電池は並列に十二個繋がっていますから、一つにすれば爆発力は十二分の一です」

「爆弾に詳しいんですか?」

「ええ、作る方もできますよ! 転送課へ転課希望なんですが、試験に通らなくて」


 爆弾魔が活躍できるかはともかく、慢性人手不足の転送課としては、どんな人材でも有り難い。

 彼女は愛想笑いと激励を振り撒き、三台を五分で改造するように指示した。


 生体管理室に着いて早速、綾加は飛行ルート設定し、転送課志望者は爆弾の小型化に取り掛かる。

 ここで良いところを見せようと思ったのか、彼は無理難題を一分オーバーでクリアしてみせた。


「どうです、やるもんでしょ」

「うん、覚えとく。後は独りで出来るから、戻っていいよ」

「は、はい……。余った電池はどうします?」

「うーん、そのままも危ないわね」


 彼にはもう一仕事、余分な水素電池の処分を頼み、綾加はKへの扉へ向き直る。

 妨害器は一気に潰す。

 扉の解錠用と合わせて四機のドローンが、接続部へと移動を開始した。





 正面ゲートを突破しようとした敵は、およそ考えられる最も強引な手段を取って来た。

 地に落ちたドローンを抱え、男が高速追跡機インターセプターへ突撃する。自爆アタックで機体が誘爆し、待機センターを衝撃波が襲った。

 ロビーの山脇たちが、爆風から顔を庇う。


 瓦礫を吹き飛ばすため、自爆者の突撃はもう一度繰り返された。重なる爆発で隙間ができたゲートから、数人の男が侵入して玄関へ走り来る。

 ――神よ! 清めたまえ!


 ライフルは二丁、敵は四人。二人は途上で狙撃されて爆散したが、残る二人が玄関近くにまで到達する。防弾カバーも被らない男たちは、麻痺銃で蜂の巣にされたものの、やはり神への雄叫びを上げて自爆した。

 建物の正面ウインドウが、衝撃に耐えられず、ガラスの雨となって刑事たちへ降り注ぐ。

 内装を焼き、天井に広がる炎。着火剤塗れとなったロビーで、遂に火はスプリンクラーと拮抗し始めた。


「ホール入り口まで後退しろ! 玄関は放棄する!」


 山脇の命令で、皆は遮蔽物から出て後方へ走る。

 煙るロビーは、火災が建物内部にまで及ぼうという兆しだ。センターからの退却も、選択肢に浮かぶ。


「クソッ、消化器くらいじゃ焼け石に水か!」


 ――火にこだわり、神を叫ぶ者ども。あいつらは神堂に従う者なのだろう。教祖のいるこの場所を、なぜ攻撃する?


 歯を食いしばり、麻痺銃を玄関に向ける山脇の頭上を、ドローンが次々と飛んで行く。敵の旧型ではない、警察の制圧ドローンだ。


「山脇さん、ロビーはドローンが担当します!」

「……やっと増援か」


 遅いとばかりに、彼は幣良木へ振り返る。

 病院側から入った公安課長は、本部にあったドローンを残らず引き連れて来ていた。


「外の信者は、市警と機動隊が対抗してくれてる」

「あいつらは、神堂の?」

「拝火神統会は、蜂起の準備をしていたらしいです。神堂の死を以って、世界を火で浄化するとか」


 ――まだ死んでねえだろ。

 道理の通らない妄言に対する山脇の非難は、信者たちへ届くはずもなかった。

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