20. クロノブレイク

 身を焦がすような熱気の中、涼也が指示を叫ぶ。


「クーラーシールドを全開にしろ、奴を追う!」


 耐火コート無しでも、あっさり焼け死にはしない。それでも防火性能が落ちているのは事実で、火柱の中に長居するのは自殺行為だ。

 バイクを出し、発進しようとする彼を、綾加が呼び止めた。


「私は監視所に戻ります! 交流館の二人も避難させないと。真崎さんは行ってください」

「丸焼けになりたいのか!」

「発令記録まで燃えたら、どうするんですか」


 火勢を増す監視所を、彼は一瞬振り返る。

 優先順位は低いが、今後を考えると記録は欲しい。身の潔白に奔走するのは、さっさと終わりにすべきだろう。

 綾加に向かって、ライフルが投げて寄越された。


「危なくなったら、それで火を吹き飛ばして逃げろ」

「了解、すぐに追い掛けます」


 建物へ駆け込む彼女を残して、涼也はアクセルを回す。

 神堂の向かったのは真西、娯楽エリア。バイクの速度なら、追いつくのに不足は無い。

 考えるべきは、どうやって神堂の改変能力に対抗するのか、である。こちらが浸蝕する力を、増大させればいいのだろうが……。


「神堂を追跡中だ。ナル、クロノインパクトは強化できるのか?」


 外部へメッセージを送り終わると、バイクの挙動を固定して、能力リストを表示させる。実際のところ、クロノインパクトを超える強化方法は既に見つけていた。

 リストの最下段、そこに赤く“臨界破クロノブレイク”の文字が光る。『危険:扱いに注意』という、ナルのコメント付きだ。能力は、クロノインパクトと同じく“ウィッチバレット”から採ったものと思われた。

 臨界破は自分ではなく、敵キャラクターが使う。プレーヤーを上回る強烈な加速能力を、一部のボスキャラは持っていた。

 但しその猛攻を凌げば、敵は一時行動不能になって、逆にこちらのチャンス。自らが使う際にも、何かデメリットがあっておかしくない。


 多数のビルがシルエットを描く娯楽エリアへ近づくと、神堂の乗るフローターも確認できた。滑稽にも、燃えたまま車を走らせているのだから、発見は容易だ。

 娯楽エリアに入って直ぐ、監視所で見た俯瞰映像では惨状を見逃していたのだと思い知る。流れ行く街路脇の光景に、涼也は顔をしかめた。


 焼け焦げた死体が、エリアを横断する大通りの片側に等間隔で並ぶ。

 十体は超える黒い亡骸なきがらは、昏睡者として報告された人数より明らかに多かった。遺体は建物に打ち付けられており、得体の知れない文字の殴り書きが、その壁面を埋め尽す。

 道路上に点在する焦げ跡は、彼らを焼いた跡かもしれない。路上の残骸は綺麗に片付けられ、遺体は街のデコレーションに使われた。

 これでは上空から見えないはずだ。


 涼也が数百メートルまで距離を詰めたところで、神堂の車はスピードを落とし、燃える煉瓦造りの建物の前で停車した。

 彼もバイクを降り、一度酒場らしき店の前に移動する。ここにも人間の燻製が、看板代わりに立たされていた。


 ――死体がログアウトで消えないのは何故だ?


 その理由は、張り付けられた遺体の陰に身を隠そうとした時に分かる。

 炭化した身体から放射する熱、そして、微かな空気の揺れ。涼也が感じたのは、未だ絶えていない被害者の呼吸音だった。

 これほど焼かれても、彼らは生きている。


 麻痺銃を抜き、虫の息を止めてやると、黒い生き人形は消え失せた。

 他の住人も消してやりたいが、まずは神堂が先だろう。遠くに立つ狂気の教祖へと、涼也は目を向けた。


 煉瓦の建物は、最初に火柱が上がっていた図書館のようだ。“旧弊を浄化する”そんな演説中の言葉が思い浮かぶ。

 娯楽エリアを、特にその中の図書館を焼くのに、神堂は執着したらしい。偏狭な教儀には、よくある手法である。

 人々から娯楽を奪い、極端な節制を強制する。古典的なマインドコントロールのお膳立てであり、それが十年以上も続けば、狂う者、死を賭して抗う者が出るのも当然だった。


 多少弱まっていた図書館の炎が、神堂が手をかざすだけで、またメラメラと燃え盛って火柱へ成長していく。

 その姿を苦々しく眺めること一分弱、おそらく最速で返答しただろうナルの声が届いた。


『ちょっと説明不足だったかな。クロノインパクトは、その世界で連続使用すると接続が不安定になる。まあ、ライフルもそうだけどね』


 そういう注意は先に言えと、涼也は首を振る。


『でさ、臨界破すると、さらに十倍加速くらい出来るってわけ。だけど、処理能力がパンクして、接続が切れると思う。使うならここぞという時の最終手段だね』


 接続不良でログアウトしたなら、また繋げばいい――とは行かないだろう。アスタリスク追跡からやり直すのは、時間が許してくれそうにない。

 涼也が物陰から踏み出そうとした時、もう一言、ナルの通信が続く。


『リストじゃ分かりづらいけど、回避も強化したから。モンクラの回転が使えるよ』


 これはいい知らせだ。ゴリ押し以外にも、敵への接近方法が増えた。

 ナルの腕の良さに頬を緩めつつ、彼は再度、突撃目標を見据える。神堂は未だ図書館の前、従者はその後方だ。


 ――そろそろ化け物には退場してもらおう。


 灰を踏み散らし、涼也は街路を全力で疾走した。

 こちらに振り向いた二人が、またかと言わんばかりに腕を上げる。従者が神堂の前に出て、涼也を先に迎えようと走り出した。

 教祖が生み出した火の壁が、道路幅一杯に広がり、その中から従者が飛び出して来る。アタッカー役のつもりらしいが、脇役に掛ける時間が惜しい。


「クーラーシールド、全開マックス


 耐火性能に期待して回避はせず、彼も従者へまともに突っ込んだ。

 抱き付いて焼き殺そうと両手を広げる男、その懐へ入った途端、熱風がチリチリと涼也の顔を舐める。


「アンカー射出イジェクト


 彼が握る射出器の先は、水平方向を指していた。狙うのは地面ではない、男の腹だ。

 グォンとくぐもった音と同時に、銀杭の先端が肉を貫通する。

 腹を串刺しされた従者は、衝撃によろめいて足をバタつかせた。


「じっとしてろ、射出イジェクト


 今度は斜め下へ、灰色の地面にもアンカーを打ち込む。

 ――正当防衛だ、昏睡しても恨むなよ。


「アンカー起動オン!」


 電撃と炎が、縒り合わせた糸のように絡み付く。

 従者の全身を這う、眩しい電光。拘束の網を塗り替えようと火が追いすがるものの、力は拮抗していた。

 汚いイルミネーションに、麻痺銃が構えられる。


「これも打ち消せたら、大したもんだ」


 世界を改変する力関係は、おおよそ理解した。

 アスタリスクが頭一つ抜けた異常な力を持ち、神堂も大概だ。その二人に比べると、付き従う連中は大したことはない。

 この男は監視所前で片付けた奴らよりは有能なのだろうが、直撃した電磁アンカーに苦悶の表情を浮かべる。反撃もせず、涼也を睨み返すだけで、身じろぎもできなかった。


 念入りに撃ち込まれた麻痺弾は、計三発。連射に耐え切れず、従者は炎を残して虚空に消えた。

 主を失ったアンカーが、ガランと地に落ちる。

 まず護衛は排除した。分厚い炎の壁に遮られて、神堂の姿は見えない。


『発令記録、入手しました! そっちへ向かいます』


 綾加は首尾よく任務を果たしたらしい。

 ここまで来るのに数分掛かるとすると、援軍には少々遅い。


「神堂は任せてくれ。それより、ライフルは使ったのか?」

『監視所、半壊しましたけど、マズかったですかね』

「別にいいだろ。そのライフルの最大出力で、西を撃って欲しいんだ。道に沿って、真西方向へ頼む」

『その後は?』

「先にログアウトしてくれていい」

『了解です。気をつけてくださいね』


 涼也の自信有りげな口調に、綾加は特に反論もせず指示を聞き入れた。

 正直に言えば、彼もライフルで神堂を捕らえられると確信はできない。自信があるのは、奴の改変力だ。プラズマ弾を食らっても、消し飛ぶようなヤワさではないだろう。


 彼が道の脇に退避すると、間髪入れずに高圧プラズマの膨大なエネルギーが、街路をえぐりながら直進して来た。

 ガーターレーンのように地面に溝を掘った弾は、炎と激突して直視できない程の閃光を放つ。

 焦げた被害者たちも、弾の圧力を受けて消し飛んでいった。これで、終わりの見えない拷問からは解放してやれる。


 この世界を破壊するプラズマと神堂の炎とが、改竄の成否を巡って主導権を争う。

 世界そのものに抵抗され、ライフルの軌跡にシエルクロスで見せた圧倒的な威力はないが――奴はどうなった?


 顔を背けていた涼也は、また直ぐに図書館前へ視線を戻す。

 攻撃は有効、もう本体への道に障害は無くなった。火の壁の真ん中が吹き飛び、彼を迎え入れようと大きく口を開く。

 神敵を発見した神堂が、駆け寄る涼也を睨んで恫喝した。


「神に逆らう愚か者が! 火を消そうなどと、烏滸おこがましいわ」

「クロノインパクト!」


 倍速で近付けど、涼也が神堂に掴み掛かるのは、再発火と同時であった。

 ゆったりと燃える炎が、涼也の身体にも伸長する。髪が焼き縮れ、皮膚を焦がす痛みが、炎の力の強さを物語っていた。


 ――時間差があっても、この威力とは。


 火傷くらい、VR内で気にする必要は無いが、これでは麻痺銃が通用しない。


「アンタこそ、手荒にやっても平気だよな……臨界破クロノブレイク!」


 二十倍速、もはや世界は静止画像のように動きを鈍らせる。

 ――腹は勘弁してやろう。数はサービスするが。


「アンカー射出」


 左右の足の甲へ一本ずつ、両腕へも同じく二本。全て密着射撃だ。

 計四本の電磁アンカーが、蟻の歩みで神堂の体にり込んでいく。


「アンカー起動!」


 電撃が生じた瞬間、涼也の視界がドロドロと溶け始めた。

 建物の輪郭は落書き線と化して崩れ、地面が荒れた海のように波を打つ。臨界破の影響――それとも、神堂の力に過干渉したからか。


 答えはともかく、時間切れは近い。

 麻痺銃に持ち替えた涼也は、狂った男の頭に銃口をピタリと当てた。

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