15. デール工場都市

 ミサイル接近とナビゲーターに警告され、綾加は泡を食って涼也に助けを求める。


「ミサイル! ミサイルです!」

「こっちの方が速い。心配なら、赤いボタンだ」

「赤!? どこ!」

「左のハンドル」


 ちょうど反重力ターボとは対称の位置に、彼の言うボタンは存在した。やはり色など確認していられないが。

 ミサイルの噴煙が空に長く伸び、数百の軌跡がバイクを後方から追う。高速弾を引き連れて走るフローターバイクは、上空から見ればほうき星のようだったろう。

 蜂の大群を思わせるジェットの噴出音に、綾加は恐怖を募らせた。赤いボタン、押すしかない。


「もう、どうにでもなれ!」


 硬めの発射ボタンが目一杯押し込まれ、シュパシュパと小気味よい連続した音と震動が、彼女のバイク後部から伝わった。

 撹乱フレア、一回で撒く防御用の煙弾は四十発。扇型に撃ち出された弾によって、バイクは白煙で出来た孔雀の羽根を後ろに生やす。

 熱源拡散、電子撹乱、視覚遮断――。妨害機能を満載した撹乱フレアが、ミサイルの追尾能力を狂わせた。

 あらぬ方向へと軌道を曲げる弾は、もっぱらビル壁へと激突する。次々と不本意な破壊が連鎖し、その爆風と熱が綾加にも届いた。


 後方からミサイルで追われようと、涼也の方は平然としたもの。バイクとの速度差を考えれば、追尾弾など無視して構わない。

 しかし、彼らの進行を邪魔しようと前方に展開した街防衛の要、帝都騎士団は、そのままでは衝突コースだ。

 迎撃に間に合った騎士は五台、鋭利な装飾の多い最高級のロボたちが、バリケード役を務める。跳び越すには、彼らの身長十五メートルはちょっと高い。


速度固定スピードロック進路固定コースロック


 両手を自由に動かせるようにバイクの挙動を固定して、またアバランチの銃口を前方へ向ける。射程の長さは、こちらが遥かに上である。

 ロボたちが武器を構える前に、彼のライフルが牙を剥いた。

 高エネルギープラズマ弾が、先程と寸分変わらぬ軌道を邁進して、有象無象を薙ぎ払って行く。展開されたシールドごと、騎士は弾に圧殺された。

 シエルクロス内では超硬度を誇る機体も粉々に砕け、瓦礫と混ざって影も形も残らない。


 首都中央で、もう一発。巨大な街を瞬く間に駆け抜ける。

 工場都市との間に広がる森林を穿つために、さらに二発。計五発のアバランチ弾をもって、ゴールへ続くバイク用の直線コースは完成した。


「あと少しだ。もう見えてる」

「あ……あのオレンジの」


 激しく炎上する大工場都市、デール。煉瓦と鉄鋼材のハイブリッドは、いかにもシエルクロスらしい混沌を示す。

 炎は夜空と街を朱色に照らし上げ、乱れた気流がデタラメな方向に火の粉を吹き散らしていた。


 シエルクロスのプレーヤーが操る機体は、各々が自費で購入した物である。ゲーム内通貨ではなく、リアルマネーで、だ。

 安価な土木作業用の“ワーカー”、汎用探索機“トレッカー”、戦闘特化機“ガーディアン”。何種類にも分かれた機体は、その性能で当然価格も異なる。


 ワーカーはロボットとも言い難く、単なる重機扱いで安い。ガーディアンは自律行動も可能な高機能で、現実のバイクと似た価格で売られる。

 オーダーメイドの特化機体となれば自動車が買える値段であり、これを持つことが、ゲーム内でのステータスシンボルであった。

 そのオーダーメイド機の制作と整備を受け持つ街が、この工場都市だ。

 自分では購入出来ない憧れの機体を見たいがために、デールを訪れるプレーヤーも多い。そんな高級ガーディアンが一斉に燃え上がる姿など、そう見る機会は無いだろう。

 貴重な体験に、プレーヤーたちは喜んでいるのか、悲しんでいるのか。


「街の消火システムがちゃんと働いてないのは、時間加速が原因か……」

「今回もアンカーで行きますか?」

「そうだな、十倍速の外から囲おう。左から回って、アンカーを撃ちまくってくれ」

「了解!」


 キャスターを取り出した涼也たちは、都市の外周に沿って左右に分かれた。

 火災を丸ごとカバーする、円形の電磁網を狙う。ケチな檻ではなく、街全体を捕らえるつもりだ。

 アンカー発動時に、ヤツは一瞬だけ姿を見せた。それがクサビ・・・を撃ち込むチャンスと彼は考えた。


 約百メートル毎に、地表に向かって電磁アンカーを放ちながら、二人は高速移動を続ける。

 正確さよりも、速さ。多少歪んでいようが、街が囲えればそれでいい。

 平地に建設された街は、真円に近い外周を持つ。このデールの都市形状も彼らの作業を助けた。

 約七十個のアンカー設置はスムーズに完了し、二人はスタート地点の反対側、街の北側で合流する。


拘束弓バインダーを用意、モンクラのバリスタを改造したやつだ」

「モンクラ……これかな、うわっ」


 現れた巨大なボウガンは、片手で持てるような代物ではない。扱いに困った綾加が、バイクの上でアワアワと武器を振り回す。


「ハンドルから手を離せ。ここからは口述制御オーラルドライブだ」

「え、大丈夫かなあ」

「直線移動なんだから、アクセルとブレーキを指示するだけさ」


 再び構えられたアバランチを見て、彼女も作戦手順を何となく理解した。

 プラズマ弾で、工場都市を貫通する道を作成。バイクで改変の中心へ向かい、アンカー起動。本体・・が見えたところで、すかさず二人がワイヤーの付いた拘束矢を射る。


「拘束矢はどういう効果が?」

「硬質ワイヤーに、データリンク機能を仕込んだ。こっちと一体化させる」

「じゃあ、アスタリスクが逃げたら――」

「俺たちも連れてってもらえるわけだ」


 改竄された場所へ適当に拘束矢を撃ったのでは、効果が薄い。ここが涼也の懸念材料だったが、核が狙えるなら確実にリンクが発揮できよう。

 ライフルのトリガーが絞られる。轟く破壊音――工場群の壁面に、デカい穴が空く。

 だが、早回しで崩壊した建物が、見る間にまた穴を埋めてしまった。

 鉄骨やブロックがバイクの進路を邪魔する。


「瓦礫が多いな……」


 もう一発。追撃で障害物を吹き飛ばすと、街中央への道が今度こそ開く。彼もアバランチを仕舞い、拘束弓バインダーに持ち替えて、矢先をハンドルの上に乗せた。


「進路固定……行こう」

「はいっ、進路固定!」


 ぬめりに突っ込むような、時間線を乗り越える奇妙な感触に包まれる。


“温度上昇中――火災発生源に注意せよ”


 アスタリスクが待つであろう中央へと、涼也たちはバイクを走らせた。

 溶ける機体、誘爆するガーディアン用の小型反応炉。街の被害の大半は、火の雪より反応炉の爆発によるものだった。

 プレーヤーたちはシステムが緊急ログアウトさせたらしく、人影は見えない。ライフルが作った貫通路は、真っ直ぐに高熱源へと導いてくれる。


「光量、三十パーセント削減カット


 目標地点、まばゆい光の塊は直視に耐えない。火の柱が既に完成しようとしていた。


「速度低下……九十」


 時速九十キロ、これでも涼也にしては慎重な選択だ。

 綾加はさっさと後方で減速済み。彼女が追いつくのを待たず、涼也はそのまま火の柱の横を突っ切る。

 何度も方向と速度の変更を告げられたフローターバイクは、百八十度のターンを決めた。

 二人のバイクが、熱源を挟んで向かい合う。多少軸をズラしたのは、同士討ちを避けるためだ。


「影が見えたら、何発でも撃ち込め。用意はいいか?」

「どうぞ!」


 彼女の返事が、作戦開始の合図となる。


「アンカー起動オン!」


 八十の頂点から、一斉に光のラインが発生した。目の細かい電磁の網が、デール工場都市を覆い尽くす。


 ――ギギ、ギギギッ!


 奇怪な悲鳴は、自身が電脳の化け物であることのアピールであろうか。

 光の粉が一点に集まり、火柱は輝度を増す。その中に生まれる黒い影。


「撃てっ!」


 二つの拘束弓から、ケーブル付きの矢が射られる。矢は影に到達すると、空中に静止した。


 ――ギッ!


 仮想の矢が電子データを射止める。

 着弾点が青白く明滅したかと思うと、矢は炎に包まれた。

 ケーブルを伝って、蛇のように火炎が這い進む。


次弾装填リロードっ」


 火の化け物に挑むバリスタの戦士、しかし、実際に行われているのはデータ接続の試行と拒絶だ。

 成功させる手段は、単純な飽和攻撃――つまりは、接続できるまで矢を撃ち続けるだけ。

 二発目、再び矢が火を射止める。しなったワイヤーは二本とも発火し、火は涼也たちの手元にも届く。


「つっ!」

あつっ、装備が燃えてます!」


 ――敵もタダではやられてくれないか。

 改変データを押し付けられ、二人の耐火装備が浸蝕されようとしていた。


「成功するかは、ナルの腕次第だ。体が焼けたらログアウトしろ!」

「は、はいっ」


 リロード、そして次弾を放つ。もっと、こんなものでは足りない。

 追撃がひたすらに繰り返され、火柱から何本も接続ケーブルが伸びる。

 涼也の、そして綾加のコートにも火が回るが、まだ体にダメージは無い。


“耐火シールドの機能が低下しています。一時退避してください”


「するかよ!」


 拘束弓から手を放して、涼也は腰の麻痺銃を抜く。


「食らえっ」


 ジジジと唸るVR麻痺銃パラライザーの弾が、火の影へ何発も撃ち込まれた。

 これで機能停止できる相手でないことは承知している。接続を拒否する作業を妨害できれば、それで充分だ。

 力を弱めた火柱が、ゆらゆらと揺れて火を散らす。蜃気楼を思わせる空間の歪みは、熱が原因か、データの不整合のせいなのか。


 ――トドメだ、これで連れて行ってもらうぞ。

 地面の拘束弓を拾い、涼也は火の本体へと駆け出した。ゼロ距離射撃で、気休めだろうが少しでも接続の障害を減らす。


「真崎さん!」


 彼の動きを真似して、綾加もバイクを降りて走り出した。

 暗く鎮火しようとする火柱へ、二人のバリスタの矢先が突き刺さる。


「どうだっ!」


 矢の射出、青く広がる接続光、アスタリスクの奇声――そして、空間の黒化。

 二人の捜査官は、電子信号の奔流へと引き摺り込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る