14. シエルクロス
アイランドコースは、小さな群島間を結ぶ橋と海中トンネルで構成された、カーブの多いトリッキーなステージだ。
水柱を高く上げ、バイクで接近した二人は、どこが火災現場か一目で理解した。
コースの中心よりやや右手、小高い島影を煙が包む。直径二キロの南洋樹林に覆われた島は、今まさに炎に炙られようとしていた。
異様なのは炎の勢いと、煙の流れ飛ぶスピードだ。
直近で見れば、はっきりと観察できる。
十倍速の共有現実による浸蝕。時計を早回ししたような速度で樹が崩れ、焦げ土が面積を広げて行く。
海からバイクで上陸した涼也は、水中に身を投じたような感覚に一瞬怯んだ。
バイクに急ブレーキが掛かり、体は鉛を括り付けたが如く重い。不自由な圧迫は、だが徐々に消え、海岸線から樹林に入る頃には元に戻った。
――時間の流れが、待機センターの基準に書き換えられた?
状況を外部から分析してもらうため、彼はナルを呼び出す。
「そっちからはどう見えてる、ナル?」
――ビー、ビビッ、ビーッ
ビープ音が返って来るだけで、交信は不可。
共有現実内では、折角の装備も無効化されてしまうとでもいうのか。いや、まだ大丈夫だと、涼也は思い直す。耐火性能は落ちていない。
フローターバイクは、島の奥地へと道無き道を駆け登る。
火の雪が降り注ごうと、下草が燃えようとも、フレイムスクワッドの装備は万全だ。煙は浄化されて呼吸も万全、唯一視界が悪いのが厄介なくらいか。外部への交信機能以外は、正常に働いている。
後ろについて来た綾加へ、山肌を左へ回り込むように、彼は左手を振って合図した。
「アンカーを打つ! 山のこちら側に二本頼む」
「はいっ」
涼也は右へ折れ、山の裏側を目指す。
電磁アンカー、この大型モンスター用のアイテムが、果してアスタリスクに効くのか。
島のマップを常時表示にして、綾加の様子を窺いながらアンカー射出に備える。
犯人逮捕には、この警察用に改変した電磁アンカーを何度も使用してきた。使い方については、彼女も熟知している。
上陸地点近くに一本目を打ち込んだ綾加は、そのまま四分の一周ほど島を回り、二本目を地面に放った。どちらも地図上には、赤い輝点で示される。
涼也も銃型のキャスターを取り出すと、まず一本を島の右側の地へ撃つ。
急いで裏に走り、二本目を設置すれば、やや
火の粉に
「アンカー、
対象を閉じ込める電撃の檻。アンカー同士を波打つ光が繋ぎ、四角形が島の真ん中を切り取った。
四角の対角線にも麻痺性のラインが引かれ、単なるプレーヤーならこの土地の上に釘付けにされる仕様だ。
ナルの推測が正しく、本体が侵入せずに世界の改変だけが行われているなら意味は無いが――。
何れにせよ、島の中央部は高度があるため、電撃の効果が最も大きい地平面からは距離がある。
アンカーの威力を高めるために、彼は追撃を狙って山頂に向かった。
焼ける木立の合間を縫い、反重力ジャンプも駆使して斜面を一気に駆け上がる。
“温度上昇中――火災発生源に注意せよ”
ナビゲーターの警告は、
岩肌だけの山頂まで、後十メートル。
バイクを降りた涼也は、アンカーキャスターを抱えて走る。
三角錐の大岩、その傍らの狭い平地がゴールだ。絶景の南海を背景にして、キャスターが真下に構えられた。
「
白銀に輝く杭が、登頂記念かのように地面に突き刺さる。と同時に、遅れて登ってきた綾加の声が届いた。
「真崎さん、上!」
まだ山のかなり下方にいる彼女でも、上空の異変は見逃しようがなかった。
火の雪が密度を増し、山の上に渦を巻いて集まろうとしている。重なり合う炎――空に輝く火の球。
目の奥に刺さる光量に、涼也は思わず片手で顔を庇った。
「まぶし過ぎる、これは……」
慌てて数歩跳び退き、山頂から距離を取る。
球ではない、生まれようとしているのは火の円柱、火柱だ。炎に巻かれ始めた銀色の杭へ、涼也が叫ぶ。
「センターアンカー、起動!」
四つの頂点から、今一度真ん中へ向かって紡がれる電撃線。火柱へ四本の光線が浴びせられた。
ギギッ……ギギギギッ!
怪音? それとも金切り声か?
奇妙で、そして不快な音を放ちつつ炎が揺れる。
「……お前が本体か」
火柱の中に浮かぶ黒い影。人型のような、地面から生えた手のような。
実体を結ぶかに見えたのは、ほんの刹那だった。
固まっていた火の粉は弾け飛び、また大量の雪となって空を舞う。周囲を明々と照らしていた火は、その後、急速に勢いを失っていった。
近寄って来た綾加へ、涼也は下に広がる海を指す。
「波が戻った」
「え?」
「時間が正常化したんだ。逃げられた」
――なら、また使えるな。
彼は外部への交信を試みた。
「ナル! アスタリスクに逃げられた。行き先が分からないか?」
『ああ、やっと通じた。火災探知は無反応――あれっ、なんだこれ』
「どうした?」
『データが多すぎて、回線が次から次へと
「アスタリスクが動いてるんだ。行き先は?」
『こんなのありえねー。回線を直接渡り歩いてるみたいだぞ』
「回線地図で見ろ。隣接するファイバー線に逃げ込んでるはず」
『線から線へって、ホントに魔法みたいだな……』
しばらくの間、ナルは追跡作業に没頭し、沈黙の時間が流れる。
バイクへ戻り、涼也たちが発進に備えた時、行き先の指示が出た。
『シエルクロスだと思う。どのエリアに出るかは分からない』
「それで充分だよ。急ぐぞ、鳴海」
「ここで苗字呼びですか。まだ気が早いですよ」
「期待してるんだよ」
アイランドコースのスタート地点近く、最寄りの転移スポットへ二人のバイクが猛スピードで発進した。
アレグザからダンジョンシティへ、仮想の東京を駆け回って転送スポットへ急行し、シエルクロスに到着する。
アクションゲーム“シエルクロス”では、機界と呼ばれるダークファンタジーの世界を二足歩行型の巨大ロボットに乗って駆け巡る。
ゲームの中央大陸最大の帝国、その首都の郊外に移動用の穴を開けておいた。
街の中心地が望める丘の上に立ち、二人は無数の照明が飾る夜景を眺める。
「綺麗ですね。現代都市と同じ文明度?」
「良くも悪くも、シエルクロスの世界観はグチャグチャだ。電気が通り、ロボで闘うが、剣と魔法も混在してる」
「何でもアリなんですね」
どれくらい待機しなければいけないのか、本当にこの世界にアスタリスクが出現するのか。そんな懸念は、フレイムスクワッドの警告音声が吹き飛ばしてくれた。
“火災発生を検出――大規模事案につき注意せよ”
「ほら、来たぞ。今回は相手もハナから飛ばしてやがる」
「北西、約百キロ先です。こちらも飛ばしましょう」
「へえ、言うようになったな」
マップによれば、現場は重工業エリア、デール工場都市。可燃物の多い地区だ、大方そこら中に引火しているのだろう。
「首都内に入ると、道が込み入ってますね。迂回しないと」
「そんな暇があるかよ。最短距離を直行する」
「え、どうやって?」
対艦プラズマライフル、アバランチK-29。
個人が持てる最大威力の武器は、対機械兵戦争をテーマにした“星海戦線”から拝借した。こんな小さなナリでも、防御シールドを張られなければ、敵の宙航偵察艦を一撃で沈められる。
アイテムボックスに収納できないのは単に準備が間に合わなかったからで、肩に掛けっぱなしなのは、別に涼也の趣味ではない。
「持ち歩きたいなんて、真崎さんも男の子なんですねえ」という綾加の感想に、彼は苦笑いで返していた。
肩に掛けていたそのライフルを、涼也は遥か彼方の工場都市に向けて構えた。
攻撃姿勢を見て、彼女が首を傾げる。
「ここでライフルの出番なんですね。でも、それでどうやって――」
耳を
発射された高圧プラズマは、数百メートル先で巨大な塊に成長し、勢いを増して機界の首都へ突き進んだ。
ビルを、警備ロボを薙ぎ倒し、街に大穴が貫通して行く。
直径十メートル近い直通トンネルが、涼也の手によって生み出された。
「何をしてるんですかっ!」
「道路工事」
これがやりたくて、彼はVRゲームばかりを追跡舞台に選んだ。コンサートや国際会議へ重砲攻撃を加えれば、面倒が飛躍的に増大する。
ゲーム内なら死傷者はログアウトするだけ、街も明日にはしれっと元通り。何より、街を攻撃されても、そこまでプレーヤーたちの動揺を招かない。
街全域に、警告サイレンがウォーンと高らかに響く。
多少問題があるとすると、こいつくらいだ。
「迎撃部隊が来る、さっさと突っ切るぞ」
「げ、迎撃!?」
バチバチと火煙を上げる即席の直線道路、その溝の中を涼也のバイクが走り出した。
障害物を排除した道筋なら、限界スピードを出せる。搭乗者は各種セーフガードで平気でも、マッハを余裕で超す速度が衝撃波を生み、周囲の瓦礫を高く舞い上がらせた。
街の守備隊は、八割方がプレーヤーの操作で動く。彼らはこの異常事態でも、焦らず慌てず、ゲームを楽しむのみ。
超速バイクに追い付ける機体は存在しないが、何も肉弾戦だけが迎撃方法でもない。
街中に侵入した二台のフローターバイクへ、空を覆わんばかりの数の高速ミサイルが発射された。
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