百十九日目(月) 陶芸部の送別会が感動だった件

 ホームルームが終わったのはお昼頃。裏黒板のカウントダウンが明日に向けて『卒業まで残り1日』に書き換えられると、ここまできたかと実感が湧いてくる。

 そんな一ヶ月半振りの登校だったが、当然ながら真っ直ぐ家には帰らない。


「……ヨネ」

「おう。行くか」

「(コクコク)」


 こうして声を掛けられることに懐かしさを覚えつつ、俺は久し振りに冬雪&如月のコンビと一緒に昇降口を出ると、芸術棟を目指して中庭を歩いていく。

 元々寄っていくつもりではあったが、実は数日前に後輩達から三年全員に向けてお呼びが掛かっていた。何でも、ちょっとしたパーティーを開いてくれるらしい。


「美術部は何するんだ?」

「ぉ……お菓子とか……ゲームとか……」

「成程。普段の陶芸部か」

「……そんなことない」


 ハウスが違うと先輩を送ることができない予餞会に代わって、部活内での送別会は他でもやっている様子。一つ上の先輩がおらず、二つ上の先輩とも接する機会がなかった俺達は特に何もしてこなかったが、今になって思えば橘先輩達に卒業祝いのプレゼントくらいは用意しておくべきだったかもしれない。


「じゃあ、またな」

「……ルーも楽しんできて」

「(コクコク)」


 屋代生として陶芸部に行くのも、恐らくこれが最後になるだろう。

 三月中旬に入ったにも拘わらず冬並みに冷え込む中、芸術棟に入ると如月と分かれてから阿久津事件以来の三ヶ月振りになる陶芸室へ足を踏み入れた。


「あっ! 来た来たっ!」

「やあ」

「ネックもユッキーも、何だか久し振りねーっ!」


 ストーブが点いている暖かい部屋の中にいたのは、阿久津と夢野と火水木の三人。大机の上にはお菓子やジュースといったパーティーの準備が既にされている。

 ニュースで花粉の話題が出てくるようになり火水木が苦しみ出す頃だと思っていたが、今日の寒さでは飛散していないのかテンションは高め。相変わらず声が大きい少女とは久々に顔を合わせたが、あるべき居場所に戻ってきた気がして無意識に笑みがこぼれた。


「……久し振り」

「よう。後輩達は?」

「ボクが来た時には星華君がいたけれど、ここで待つように言われてね」

「私達をビックリさせるような、凄い物を作ってるんだって」

「凄い物ねえ……卒業証書を入れる筒を陶器で作ったとか?」

「どんな発想してんのよっ? 完全に鈍器じゃないそれ!」


 卓球にコスプレに闇鍋と、ありとあらゆる陶芸部の常識を覆してきた俺達を驚かせるとなったら、それくらいのレベルじゃないと厳しい気がする。

 期待に胸を膨らませつつ定位置だった席に腰を下ろし、お互いのハウスで行われた予餞会について話していると、現部長である早乙女が勝手口から姿を現した。


「あ、音穏先輩。それと……よ根暗先輩も、お疲れ様でぃす。全員揃いましたね」

「……トメも、久し振り」

「今日は呼んでくれてサンキューな」


 簡単な挨拶を済ませた早乙女は、両腕で丸を作り窯場の方に向けてサインを送る。

 すると少ししてから、軍手を付けて大きな皿を持ったテツがやってきた。


「ちわッス! 御無沙汰ッス!」

「へー。トールってば、ツナギ買ったの?」

「ツッキー先輩を見習って買ってみたんスけど、かなり便利ッスね。ただ前に着替えるのが面倒でツナギのまま校内を歩いてたら、清掃作業員と勘違いされたのか「お疲れ様です」って挨拶されたッス」

「何て言うか、相変わらずだなお前は」

「先輩方もお変わりないようで。全員揃うのって、滅茶苦茶に久し振りッスね!」


 確かにこうしてフルメンバーで集まるのは、後夜祭以来になるのか。

 ツナギの足の部分に乾いた粘土が付いている辺り、陶芸もそれなりにやっているんだろう。フリーダム全開な後輩は、持っていた大皿を机の上に置いた。


「今、ホープとイトセン先生が第二陣を持ってくるッスよ!」

「ホープ?」

「ノゾミちゃんのことッス! 名前だけじゃなくて陶芸の腕もホープッス!」

「……美味しそう」

「焼きたてホヤホヤッスからね!」


 トマトソースとチーズの香りが広がり、食欲がそそられる。

 大皿に乗っていたのはピーマン、サラミ、ウィンナー、コーンといった色とりどりの具材が生地の上に乗せられている、それはそれは美味しそうなピザだった。


「本当に良い匂い♪ でも、焼きたてって……?」

「ひょっとして、電気窯で焼いたのかい?」

「流石はツッキー先輩! 大正解ッス!」

「マジかよっ?」

「やってくれるじゃないトール! 化学部がビーカーでコーヒーを飲むなら、陶芸部が窯でピザを焼いても全然おかしくないわね! あーあー。こんなアイデアがあったなら、アタシ達の時にもやっておくんだったわー」

「……ここは陶芸部」

「その点も抜かりなしッスよユッキー先輩。大皿はメッチとホープの作品ッス」


 確かに自分達でピザを作るとなれば、間違いなく楽しかっただろう。

 陶器の大皿に、電気窯で焼いたピザ。他の部活では決してできない陶芸部ならではのパーティーではあるものの、明らかに方向性が違うのは言わずもがなだ。


「よいしょっと……お待たせしました」

「おお、皆さんお久し振りですねえ」


 そんな話をしていると、勝手口から望ちゃんと伊東先生が新たな大皿を手にして登場。挨拶を交わした後で机の上に置かれたもう一枚は、エビやイカが乗せられたシーフードピザだった。

 二枚の大皿も中々の大きさで、特に一年間でここまで成長した望ちゃんはまさに期待のホープ。冬雪が抜けた穴がどうなるか不安だったが、しっかりと埋めてくれそうだ。


「レディース・アーンド・ジェントルメーン! 本日はお集まりいただき感謝ッス! そんでもってまだ少し早いかもしれないッスけど、御卒業おめでとうございます!」

「「おめでとうございます!」」


 司会は部長の早乙女ではなく、副部長もとい盛り上げ役のテツが担当。火水木の十八番をしっかり受け継いだ開会の挨拶と共に、後輩達から拍手で祝福される。

 明日は音楽部の送別会と重なってしまい、卒業式当日は一年も二年も休み。そのため今日に決まったパーティーだが、二日前にして卒業おめでとうと言われると不思議な感じだ。


「それじゃあイトセン先生! 何か一言お願いするッス!」

「ごほん。えー、冬雪クン、阿久津クン、米倉クン、火水木クン、お姉さんの夢野クン。まずはこうして再び陶芸部に集まってくれたことに感謝します。お帰りなさい」

「……(コクリ)」

「そして皆さん、合格おめでとうございます。今年は全員が第一希望に無事合格できたと聞いて、先生も本当に嬉しいです。特に阿久津クンと米倉クンは国立ということで、他の先生からも陶芸部は凄いだなんて称賛されちゃいました。後輩の皆さんも、是非見習ってほしいですねえ」


「「「「…………」」」」


「何で四人してオレを見るんスかっ?」

「そりゃそうだろ」

「アンタが一番問題児じゃない」


 先生の言葉に小さく頷いた望ちゃんは問題ない様子だが、早乙女はチラリと視線を逸らす。憧れの阿久津を追って屋代まで来たものの、月見野は流石に難しそうか?


「一言と言われたのに、ついつい沢山話してしまいました。あまり長話もなんですし、今日はゆっくりと羽を伸ばしてください。先生からは以上ですねえ」

「あざっしたっ! そんじゃ乾杯といきましょう! 全員、飲み物はあるッスか?」

「オッケーよ!」

「ではでは、先輩達との再会と卒業を祝して…………乾杯ーっ!」


「「「「「「乾杯ー」」」」」」


 以前までは紙コップだったが、今日は人数分の陶器が用意済み。お互いに手にしていた飲み物を合わせると、ガラスとは異なる音が鳴った。


「熱ちちっ! ふもっ! ふまひッフ!」

「……美味しい」

「このピザは三人で作ったのかい?」

「はい! 作ったと言っても、用意した材料をそこの調理室で切った程度でぃすが」

「せっかくダイエット始めたのに、これじゃあカロリー過多になっちゃうわね」

「ふふ。それじゃあ食べ終わったら、バドミントンでもする?」

「しかし電気窯でピザを焼くなんて、誰が考えたんだ?」

「それは勿論、鉄先輩が」


 久し振りに顔を合わせる仲間達と楽しく話しながら、手作りピザを美味しくいただく。

 窯で焼いたとは思えないくらい程良い焼き具合で味も最高…………だったのだが、何だか妙に噛み切れない物が口の中に残り続けた。


「…………ん……? 何だこれ?」

「どうしたの?」

「いや、凄く美味しいんだけど、サラミの……皮っぽいのが、結構固くてさ」

「本当ね。これ、皮……?」

「す、すいません! 生焼けでしたら、食べなくて大丈夫ですから!」

「いいっていいって。窯でピザなんて初めてなんだし、失敗もあるさ」

「それならサラミだけ取って、そこのストーブで焼き直してみたらどうだい?」

「名案ッスね!」


 阿久津の提案により、ピザの上のサラミをアルミホイルの上に一時避難。一通り乗せ終えてから、ストーブの上に置いて焼き上がるのを待つ。


「先輩方は何のサークルに入るとか、もう決めてるんでぃすか?」

「……まだ」

「アタシもこれって決めてはないけど、やるとしたら英会話か軽音か……アニメ同好会も捨て難いけど、男ばっかりだったらパソコン部の二の舞なのよね。いっそ自分で新しいサークルを立ち上げるっていうのも有りだし、本当に悩んじゃうわ。ユメノンは?」

「私は保育補助のアルバイトの方に力を入れちゃうから、サークルには入らないかも」

「いやー、バイト良いッスよね! オレもファミレスで始めてからはコミュ力上がるわ、お金は貰えるわでウハウハッス! まあクソみたいな客も多いッスけどね」


 …………コミュ力に関しては、元々カンストしているのは気のせいだろうか。

 テツが働いているファミレスの話へと脱線し「バイトも捨て難いわね」と多趣味な火水木が喰いつく。ひとしきりバイト談議で盛り上がった後で、望ちゃんが話題を戻した。


「阿久津先輩はサークルですか? それともアルバイトですか?」

「アルバイトは今のところ考えていないけれど、サークルは陶芸を続ける予定だよ」

「月見野に陶芸サークルがあるんでぃすか?」

「オープンキャンバスの時に寄らなかったからどんな感じなのかは分からないけれど、調べてみた限りだと学園祭ではちゃんと販売もしているみたいだね」

「へー。それじゃあネック先輩も陶芸サークルっスか?」

「雰囲気次第だな」


 ここの陶芸部くらいフリーダムなら良いが、黙々と陶芸だけをこなすサークルだったり顧問の先生が厳しかったりしたら、バイトを優先しそうな気がする。

 シーフードピザを堪能しながらそんな話をしているうちに、そろそろ頃合いじゃないかとストーブの上に置かれているサラミの一つを箸で摘み上げた。


「……どう?」

「んー、まだ何とも…………あれ?」

「どうしたのよネック……って、それもしかして…………」


 アルミホイルごと移動させてよく見ると、サラミの皮の一端がペラリと捲れている。

 その部分を箸で掴み、引っ張ってみればあら不思議。ペリペリと綺麗にサラミの皮…………ではなく、その外側に付いていた何かが外れていった。


「ふむ。ビニールが付いたままだったみたいだね」

「くーーーろーーーがーーーねーーー?」

「サーセンっしたぁぁぁぁぁあああああっ!」


 まさかの事態に一同大爆笑。サラミのカットを担当したらしいテツは、罰として全てのサラミのビニールを剥がしていくが、本当にファミレスでバイトしてるのかと弄られ続けることになった。

 ピザを食べ終えた後は適度な運動とゲーム大会。大富豪やウノも久々だったが、クイズ大会や卓球やテレビゲームといった滅多にやらないようなことまで遊び尽くす。

 しかしながら楽しい時間というのは本当にあっという間に過ぎていき、日が長くなり始めているにも拘わらず気付いた時には外が真っ暗になっていた。


「それじゃあ最後に……メッチ! あれの用意は?」

「はいはい」

「?」


 お開きにしようと後片付けをしている途中で、テツが早乙女に意味深なことを言う。

 一体何かと思っていると、少女は鞄の中から五枚のポストカードを取り出した。


「ミナちゃん先輩、音穏先輩、蕾先輩、天海先輩、よ根暗先輩。どうぞ」


 それぞれ名前を呼ばれ一枚ずつ手渡されていったのは『あなたの代わりはどこにも居ないよ』という言葉と共に、丸っこい謎キャラクターが描かれたポストカードだ。

 そしてその裏側を見ると、そこには先生と後輩達からのメッセージが書かれていた。






 米倉先輩へ。


 いつまでも明るくいてください。

 そして周りのみんなを幸せにしてください。

 下級生達はいつも、米倉クンの思い出を語っています。

 本当に心に残る先輩でしたね。

 これからも、その人徳で頑張ってくれることを信じております。

 先生より。




 卒業おめでとうございます。

 二年間という短い間でしたが、お世話になりました。

 米倉先輩はテンションの高低差が激しい、凄い印象に残る先輩でした(汗)

 沢山笑わせてくれて、どうもありがとうございます。

 これからも明るく元気でいてください。色々と応援してますので……(笑)

 早乙女より。




 何から書いたら良いかわかりません。

 いっそ何も書かない方が良いんじゃねえかって思うくらい、部活の濃度を上げてくださったネック先輩には感謝してもしたらないッス。本気ッスよ?

 恐れながら盛り上げ役のポジションはオレが引き継ぐことになりそうなんで、今後の陶芸部にご期待ください! とりあえずネック先輩に最大級の感謝と応援を……。

 テツこと鉄より。




 御卒業おめでとうございます。

 米倉先輩には本当に、本当にお世話になりました。

 もう、お兄ちゃんのように思ってました!

 先輩がいるだけで場が和んで明るくなり、本当に楽しかったです。

 色々と遊んでいただいて、ありがとうございました。

 卒業してからも頑張ってください!

 望より。




「それとこっちは、ミズキ先輩に写真提供してもらった青春アルバムッス!」


 ポストカードを読んでいると、テツがどこからともなく五つのアルバムを持ってくる。表紙のカバーは青・白・桃・緑・黒と五色あり、俺には黒が手渡された。

 ペラリと中を開いてみれば、電動ろくろの前に座り成形している姿や、トランプやウノで遊ぶ日常。事あるごとにやったパーティーや合宿の数日間と、何から何まで懐かしい写真が後輩三人からの吹き出しコメント付きで収められていた。


「おお……いつの間にこんなに写真を撮って…………っ?」

「ひぐっ……ぐすっ……」


 火水木に尋ねようとしたものの、当の本人は後輩達からの寄せ書きとアルバムに感動して号泣中。コイツが花粉症以外で泣いてるなんて、初めて見たかもしれない。

 そんな火水木の隣では夢野も涙を流しており、更には文化祭の時に泣いていた冬雪も目元を潤ませてポケットからハンカチを取り出す。

 三年で泣いていないのは俺と阿久津の二人だけ。元副部長である幼馴染は三年間を振り返るようにゆっくりとアルバムを眺めながら、しんみりした表情を浮かべていた。


「じゃあイトセン先生。締めにいい感じの話をお願いします!」


 思い出いっぱいのプレゼントと共に祝ってくれた後輩達へ礼を言い、しまいには早乙女まで泣き始めてしまう中、いよいよ別れの時間がやってくる。

 伊東先生は優しく微笑むと、俺達五人を見つめてから静かに語り始めた。




 君達はこの先の人生で、強大な社会の流れに邪魔をされて臨んだ結果が出せない事が必ずあります。

 その時、社会に対して原因を求めてはいけません。

 社会を否定してはいけません。

 それは率直に言って時間の無駄です。


 そういう時は「世の中そんなもんだ」……と、悔しい気持ちをなんとかやり過ごしてください。

 やり過ごした後で考えるんです。

 社会の激流が自分を翻弄するならば、その中で自分はどうやって泳いでいくべきかを。

 いつも正面から立ち向かわなくていい。

 非難しても隠れてもいい。

 焦らず腐らず試行錯誤を繰り返せば、いつか必ず素晴らしい結果がついてきます。




「――――と、暗○教室に書いてありましたねえ」

「いい話だったのに、台無しじゃないッスかっ!」

「まあまあ、そう言わずに。先生が伝えたいことは、今の話とほとんど同じです。今までにも何度か、皆さんに話してきたことがあると思います」

「?」

「人生を楽しくするコツは、余裕を持って生きていくことです。たった一度きりなんですから、そのことを決して忘れずに自分が納得できる人生を歩んでください」

「「「「「はい!」」」」」


 こうして陶芸部の送別会は、感動と共に終わるのだった。
















 ――――――そして三年間に渡った俺の物語も、ついにフィナーレを迎える。

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