百十九日目(月) 仲間と親友と三送会だった件

 一ヶ月半振りの登校となった今日は、三年生送る会もとい予餞会。中学校の頃にもあった行事の一つだが、帰宅部だった俺には送る先輩も送られる後輩もおらず、大して印象に残っていなかったりする。

 規模が大きすぎる屋代の場合は、全体ではなくハウス毎にホールで行われる形式。そのため先輩や後輩が他ハウスにいると、同じ時間を共有することもできない。


「ヒューヒューっ!」

「いよっ! ヤーさん! 光ってるっ!」


 そしてその内容も三年生の希望者や先生達による歌やダンスや漫才などが中心であり、全体的に陽キャの身内ネタと言った感じだ。

 それ故に一年生や二年生にとって景品付きのビンゴ以外は退屈な時間でしかなく、俺達も見知らぬ生徒のパフォーマンス中は久し振りに顔を合わせた仲間達と雑談していた。


「完成キタコレ!」

「ん? 何がだ?」

「名付けて『お前は既にビンゴしている』カードですな」


 Cハウスの一、二年の間では喋り方がヤバいオタクとして認知され「アキトさん」と嘲笑交じりに呼ばれているらしい親友は、事前に配られたビンゴカードを見せてくる。

 一体何をしていたのかと思えば、まだビンゴは始まっていないにも拘わらず、あろうことか一番上の段の全てに穴が開けられていた。


「おいおい。お前、何やって…………ん?」


 穴が開いているにも拘わらず、5×5マスの数字は全て残っている。

 どういうことかと不思議に思ったが、理解するまでそんなに時間は掛からなかった。


「そういうくだらないこと、よく考えつくな」

「普通にビンゴしたら負けだと思ってる」


 アキトが穴を開けたのは一番上の段…………の更に上。カードに書かれた『B』『I』『N』『G』『O』の五文字に、数字部分と同じ指先の形の切り込みが入っていた。

 一年の時は折り曲げる方向を逆にして3Dビンゴカードとか言ってたし、二年の時は使い終わったカード数枚を重ねて1を一列に揃えてた気がする。本当に見ていて飽きない親友だ。


「そういえば卒業旅行ですが、今のところ二十八日と二十九日を予定中らしいお」

「へー。どこ行くんだ?」

「拙者もまだ詳しくは…………一泊二日で温泉宿に泊まり、ボートに乗ったり美術館に行ったり、うどんの手作り体験や自然共生型アウトドアパークで遊び尽くす、予算が三、四万円の計画ということくらいしか知らないお」

「わかりすぎだろっ! 何でそこまで知ってて場所を知らないんだよっ?」

「フヒヒ、サーセン」


 三年の文化祭で絆が一気に深まったC―3は、女子陣がクラス単位での卒業旅行を計画中とのこと。受験に集中していた俺は、参加人数も行き先も何一つとして知らない。

 ちなみに一足先に合格していたアキトがこの一ヶ月半の間に何をしていたのかと言うと、まさかの教習所通い。しかも驚いたことに、もう運転免許を取得したらしい。


「に、二十八日と二十九日……どうしよう……」

「ん? 葵、何か予定でもあるのか?」

「じ、実はその日に英語のクラス分け試験があって……」

「マジでか」

「やむを得ない事情で試験を休む生徒もいることを考えると、恐らくですが別日でも受けられる希ガス。現に拙者の大学にはあったので、相生氏も調べてみるといいお」

「う、うん!」


 葵は残念ながら第一志望の大学は不合格だったものの、第二志望には無事合格。進路は芸術学部の映像学科と変わらないし、きっと夢を叶えるだろう。

 新しく購入したらしい高性能カメラの最初の活躍の場は、ひょっとしたら卒業旅行かもしれない。宿泊先に卓球台があれば、いつぞやのリベンジもしたいところだ。


「温泉か……いいな……」

「お? 渡辺が乗り気なんて珍しいな」

「三、四万ってのはキツイが……まあ、最後くらいはな……」

「費用面に関しては、拙者も色々と手を打ってみるお」


 進学ではなく就職の道を選んだ渡辺は、バイト先のイタリアンレストランで働くことになったらしい。最終的に自分の店を持つのか、はたまた全く別の夢があるのか……寡黙な男の未来については謎ばかりだが、そのうち俺とアキトと葵の三人で店に行く予定だ。


『それでは、ビンゴ大会を始めます』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 各々が自分で選んだ道を進んでいく。

 誰一人として全く同じ道を歩むことはなく、その行き着く先も十人十色だ。






「おっ! 開いた開いた」

 自分が目指していた大学に合格できた者。




「ビ、ビンゴの景品って何なのかな?」

 第一志望には落ちてしまったものの、無事に合格することができた者。




「例年はネズミースカイのチケットらしいお」

 一年や二年の頃から努力を続けて、推薦入試で早々に合格を決めた者。




「おいっ! やっぱりそのカード返せっ!」

「不吉な数字しかないから交換しようって言い出したのはそっちだろっ?」

「おいおい。但馬も太田黒もビンゴなんかで興奮すんなっつーの」

「「このイケメンがっ!」」

 未だに戦いを続け、合否の結果を待っている者。

 受けた大学が全て不合格で、今からでも入れる大学を必死に探す者。

 今年の受験は諦め、来年に向けて浪人を決意した者。




「リーチ……」

 専門学校や大学には進学せず、就職して働き始める者。






 卒業後も連絡を取り合うような相手は、片手に収まる程度しかいないかもしれない。

 それでも高校三年間という時間を共有した思い出は残る。




 アキト……コイツは本当に心の底から尊敬できる親友だ。

 器がでかく人としてできており、物事に対して一方向からではなく色々な視点で考える。

 ムカつく先生がいても「あの先生は余裕がないだけ」と寛容で、授業が面倒だと言えば「この五十分にどれだけ学費を払ってるか」なんて話をされたのは今でも印象深い。

 悩みを相談した時のアドバイスも的確で、何から何まで世話になりっぱなしだった。

 過去に数回、アキトの助言に従ったものの失敗して八つ当たりをしたことがある。最終的に判断したのは俺なのに、今になって思えば傍迷惑な話だ。

 それでもアキトは、文句一つ言わなかった。

 文化祭の時も嫌な顔一つせず、最初から最後まで付き合ってくれた。

 今の俺の考え方は、アキトの劣化コピーみたいなものだ。

 自分の視点だけで物事を捉えず、色々な側面から見れば世界は変わる。

 恐らくそういった思考こそが、姉貴の言う成長したということなんだろう。

 親友と思ってるのは俺だけかもしれないが、コイツの隣に立っていたことは誇りだ。




 葵は付き合いがよく、そして何よりも優しい奴だった。

 入学当初のアキトは紛れもない変人であり、そんな奴に声を掛けてしまった俺の高校生活は、ぼっち街道まっしぐらでもおかしくなかった。

 そうならなかったのは、葵が手を差し伸べてくれたからに他ならない。

 一緒に昼飯を食べ、くだらない雑談に加わり、他の男子との仲介役になってくれた。

 もしも葵がいなかったら、クラスでの居場所はなかったと思う。そして夢野が屋代生だと知ることもなかっただろう。

 例え見た目が女々しくても、中身はそこらの男子より芯がある。

 一途に恋をして、振られた悲しみも表には出さず、悔しさをバネに夢を目指す。

 夢野に対して曖昧な態度を取っていた俺に対し、不平や不満があったかもしれない。

 それでも葵は何も言わず、今日まで優しく接し続けてくれた。




 俺とアキトと葵の仲良しトリオをカルテットに変えた男、渡辺。

 入学当初は話しかけても反応が悪く、何だコイツはと思っていた男、渡辺。

 イケメンの癖にクールで寡黙で孤高の男、渡辺と言葉を交わす機会が増え始めたのは、修学旅行の計画について決め始めた頃からだった。

 後になって話を聞けば、渡辺もクラスで最低限の居場所が欲しかったとのこと。そのため男子のグループの中で一番平和な俺達三人に加わったらしい。

 あまり自分から話すような性格でもないため未だに知らないことは多いが、意外と趣味は合うし悪い奴じゃない。もっと早くに仲良くなっておけば良かったと思うくらいだ。




 女子で世話になったのは、まず間違いなく冬雪だろう。

 クラスで話す機会は少なかったものの、陶芸部と合わせて行動を共にすることは多かった。もしかしたら一緒に過ごした時間は、アキトを差し置いてトップかもしれない。

 陶芸関係は勿論、三年になってからは評議委員としても色々手伝ってくれた。

 如月ともそれなりに仲良くなれた気がするし、俺の高校生活に異性との会話という充実した時間を与えてくれたことには感謝しかない。目の保養的な意味でも。




 他にも太田黒に但馬に新川と、挙げ始めたらキリがない。

 性格に難のある奴も多かったが、何だかんだで気さくな奴らだった。






「も、もう明後日が卒業式なんだね」

「こうして毎日顔を合わせるのも終わりか」


 結局ビンゴも当たらないまま予餞会は終了。俺とアキトと葵の三人はトイレに行ってから、自動販売機の前でノスタルジックな気分に浸っていた。

 この三年間の思い出について色々と話し合っていると、普段ならボケるか為になることを言う親友がやや神妙な面持ちで口を開く。


「…………米倉氏。相生氏。卒業する前に伝えておく、大事な話があるお」

「何だよ改まって?」

「実は二人に、ずっと隠してたことがあるでござる」

「えっ? か、隠してたこと?」











「拙者……いや、おれは本当はオタクじゃないんだ」











「「……………………」」


 思わず葵と顔を見合わせる。

 標準語で話し始めた親友は、そのまま言葉を続けた。


「色々と事情があって、オタクの振りをしていただけなんだ。理由は説明できないけど今となってはその必要もなくなったから、多分大学に入った後は普通になると思う」

「………………」

「だから米倉氏や相生氏が慣れ親しんだ、オタクの火水木「ぶふーーーっ」明釷……は…………?」


 多分アキト本人にとっては、至って真面目な話だったんだろう。

 しかしながら俺は耐え切れず、話している途中で思いっきり噴き出してしまった。


「くすっ……あはっ、あははっ!」


 隣にいた葵も、お腹を抱えて笑い始める。

 ポカーンとしている親友に対し、俺は腕を回して肩を抱いた。


「隠し事なんて言うから一体何かと思ったら、そんなことかよ? 薄々わかってたっての」

「何ですとっ?」

「そ、それにオタクだろうとオタクじゃなかろうと、アキト君はアキト君だよ!」

「そういうことだ。こんな当たり前のことにも気付かないなんて、さては偽物か?」

「………………あるあ……ねーよ」


 肩に回していた腕を放した後で、小さく笑った親友とガッチリ握手を交わす。

 葵とアキトも手を握り合う中、俺は真似るように口を開いた。


「…………アキト。葵。卒業する前に伝えておく、大事な話があるんだ」

「えぇっ? さ、櫻君もっ?」

「二番煎じ乙」

「まあそう言うなって。俺のは二人にも色々と迷惑掛けた、本当に大事な話だからさ」

「おk把握」

「そ、それってもしかして……?」

「ああ。俺さ――――――――」

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