百十四日目(水) 俺の受験のエンディングだった件

 暦は三月。窓の外で雀の鳴く声が聞こえてくる。

 時が経つのは早いもので、俺の未来を掛けた最終決戦から一週間が過ぎた。

 まだまだ気温は低く夜は冷え込むものの、晴れた日の昼間は程良い陽気に。家の前に寄せ集められていた僅かな雪も、気付けば全く見なくなっていた。


「起きなさい。起きなさい私の可愛い櫻や」


 仮にこれがRPGならば、今は世界各地を凱旋しているところだろう。

 しかしながら俺の目を覚ましたのは、冒険の始まりを告げる台詞だった。


「おはよう櫻。もう朝ですよ」

「…………」

「今日はとても大切な日。櫻が受験した月見野大学の合格発表日だったでしょ」

「………………今何時?」

「十時です。この日のためにお前を勇敢な男の子に育て上げたつもりです」

「……………………二時間後に起こ「ギガスラッシュ!」おぶふぇっ!」


 ごろんと寝返りを打って二度寝しようとしたところで、伝説の必殺技が炸裂。そんな技を覚えてるなら、もういっそ勇者の母親が冒険に出た方がいいんじゃないだろうか。

 渋々目を開けて上半身を起こすと、そこにいたのは育ての親ではなく胸の育った姉。両親は仕事で梅は学校のため、家にいるのは春休みの大学生くらいだ。


「痛ててて……この暇人め……」


 普段は起きるのが最も遅いだけに、こうして起こされるのは違和感しかない。

 受験という地獄から解放された俺は、今までの鬱憤を晴らすかの如くダラダラ三昧。溜まりに溜まっていた録画番組を片っ端から見て、ありとあらゆる動画を視聴し、夜更かししてゲームを遊び尽くすという、これ以上ない程に休日を満喫していた。


「どうかしたの櫻? 合格発表を見るのが辛いの?」

「発表の時間までソワソワして待つのが嫌なんだよ!」


 合格者の発表は十二時。月見野での掲示時間とネットでの公開時間は変わらないため、わざわざ現地に行く必要はなく阿久津から誘われることもなかった。

 そもそも俺の受験は終わったものの、アイツが目指す獣医学部には後期試験もある。きっとこの一週間も落ちた場合を考えて、ひたすら努力を積み重ねていたんだろう。


「大丈夫大丈夫。やることやってたら二時間なんてあっという間よ~」


 深々と溜息を吐いた後で着替えてから顔を洗い、姉貴と一緒に遅い朝食をとる。歯を磨き受験票を用意したところで、発表までは予想通り一時間以上も残っていた。

 適当に動画でも見て時間を潰そうとしたところで、諸悪の根源である姉貴がチラシの束を持って登場。相変わらず下手糞な物真似と共に、その中の一枚を見せてくる。


「タッタラ~ン! 求~人~広~告~」

「そんなのが秘密道具だと、○び太君がニートになったみたいだな」

「あ~、せっかく櫻のために持ってきてあげたのにそんなこと言っていいの~? 大学生になったら必要経費も増えるし、今のうちに探しておいて損はないわよ~?」

「…………確かに。流石にスマホに変えたいしな」

「うんうん。素直でよろしい」


 一旦パソコンから離れると、姉貴が持ってきた求人広告を眺めていく。

 レストラン、コンビニ、ファストフード、アパレルショップ、漫画喫茶、ドラッグストア、ガソリンスタンドと店員だけでも多種多様だが、やりたいバイトは既に決めていた。


「お? お客さん、塾講師のアルバイトをお探しですかい? そいつは時給1200Gだ」

「家庭教師にするか悩み中だけど、とりあえずやるとしたら教える系だな」

「教える系となると、チューターもあるわよん」

「チューター?」

「一言で説明するなら、予備校とかにいるお助けマンね。授業はしないから事務作業が中心になっちゃうかもしれないけど、生徒の相談に乗ったり質問に答えたり――――」


 教育学部の友人から色々と話を聞いているらしい姉貴は、自身の豊富なバイト経験と合わせて俺が興味を持ちそうな情報について色々と教えてくれた。

 一言に塾講師と言っても、個別塾や集団塾では大きく違うこと。

 更に集団塾なら、大人数と少人数での違いもあること。

 家庭教師は、大学によって給料が変わるかもしれないこと。

 そんな話をしている途中で、姉貴はふと思い出したように質問をしてくる。


「そういえば櫻って、何の先生を目指すんだっけ?」

「一応、今のところは中学の数学」

「どうして中学校にしたの? 先生なら小学校でも高校でもいいじゃない」


 小・中・高のどれにするかは、出願する際に色々と考えた。小学校ならいざという時に父親に相談できるし、伊東先生みたいな高校教師になりたいとも思う。

 そんな中で決め手になったのは、本当に些細な理由だった。


「…………俺みたいに不貞腐れてる奴を、何とかしてやりたいから……かな」


 苦い思い出しかない中学時代だが、世の中に中学時代を楽しんだ人は沢山いる。

 そう考えると一人で燻ぶっていたあの時間が、勿体なかったと思うばかりだ。

 もっとも入る大学によっては小・中・高いずれの資格も取れるため、課程を進めていくうちに考えが変わる可能性は充分にある。


「うんうん。泣ける話ね~」

「本当にそう思ってるのか?」

「…………目薬目薬っと」

「いや泣き真似とかしなくていいからっ!」


 姉貴と話しながら求人広告を眺めていると、気付いた時には発表時刻の五分前。いい具合に時間が潰せたところで、パソコンの前でページが更新されるまで待機する。

 最近は個人情報保護の関係かIDや受験番号を打ち込んで個人で見るタイプも増えてきたが、月見野の発表はリンクを開くと受験番号一覧が掲示されるものだ。


「ね~櫻。どこか行きたいところある?」

「何だよ突然」

「もし落ちてたら、桃姉さんが気晴らしに車でビューンと連れてってあげよっかな~って」


 父さんが出勤に使ってるんじゃないかと思いつつ庭を見ると、どうやら今日は電車で行ったらしい。週半ばで飲み会があるとは考えにくいため、もしかしたら姉貴が頼んだのかもしれない。


「…………そうだな。その時は宜しく頼む」

「はいは~い」


 少しずつ時間が近づく中、自分の受験票を見直す。

 俺の受験番号は131318。語呂合わせで『いーさいーさいーや』だと言っていたら、母さんに「そんな投げやりじゃなくて『いざいざ一発』でしょ」と訂正された。

 姉貴後ろで見守る中、時計を見てはページの更新を繰り返す。

 既に合否は決まっており結果を確認するだけの筈なのに、ドキドキが止まらなかった。


「!」


 十二時を過ぎてから一分ほど経ったところで、更新したページにリンクが現れる。

 やや重くなっているのか表示が遅い中、俺は教育学部のリンクをクリックした。




 111004 111005 111008 111013 111018

 111020 111021 111022 111024 111025

 111029 111030 111031 111035 111040

 111042 111046 111048 111052 111053

 111054 111064 111072 111074 111078

 111085 111086 111087 111088 111089

 111091 111092 111105 111107 111108

 111110 111113 111114 111117 111120




 並んでいる受験番号に目を通しながら、更に鼓動が速くなっていく。

 11で始まる番号からは視線を移した。

 12で始まる番号も飛ばす。

 131318。

 その数字がありそうな位置に辿り着くと、慎重に受験番号を確認していった。











 131125 131126 131133 131134 131143

 131147 131148 131153 131158 131161

 131164 131169 131170 131177 131183

 131185 131190 131194 131195 131201

 131210 131217 131222 131230 131237

 131242 131244 131252 131259 131266

 131269 131275 131284 131289 131290

 131294 131297 131302 131303 131305

 131314 131318 131322 131323 131324

 131326 131335 131343 131346 131348

 131349 131351 131359 131361 131366

 131369 131372 131374 131375 131376

 131377 131379 131380 131381 131391

 131393 131394 131395 131398 131399

 131400 131405 131408 131413 131414
















「どうだった?」
















「………………………………あった……」


 見間違いじゃない。

 131318。

 そこにはしっかりと、俺の受験番号が記されていた。


「あった…………あった!」


 壊れた機械のように、何度も繰り返す。

 決して夢なんかじゃない。

 くるりと振り返ると、姉貴がニコっと微笑んだ。


「あった?」

「あった!」

「あったあった?」

「うぉぉぉぉぉおおおおおっしゃぁぁぁぁぁあああああ!」


 椅子から勢い良く立ち上がると、雄叫びを上げずにはいられなかった。

 やった。

 やったんだ。

 俺が月見野に受かったんだ。


「Fooooooooooooooo~☆」


 ピョンピョン跳びはねていた姉貴が、大きく両手を上げる。

 幾度となくガッツポーズを繰り返していた俺は、力いっぱいハイタッチを交わした。


「報告報告っと~」


 スマホを取り出した姉貴が、両親や梅にメッセージやメールを送っていく。

 未だに信じられず震えが止まらない中、大事なことを思い出し我に返った。


「そうだっ! 阿久津はっ?」

「水無月ちゃんの受験番号、知ってるの?」

「ああっ!」


 慌てて椅子に座り直すとマウスを操作して、教育学部からページを切り替える。

 アイツの受験番号は『水無月無理なく合格』で覚えた372659。もっともその語呂合わせは俺が阿久津に内緒で勝手に考えたものであり、当の本人は知る由もない。

 獣医学部のリンクをクリックすると、少しして合格者の受験番号一覧が表示された。











 372403 372405 372408 372415 372417

 372420 372427 372432 372441 372446

 372451 372452 372456 372462 372468

 372472 372476 372477 372481 372482

 372492 372494 372503 372508 372513

 372521 372523 372529 372535 372538

 372541 372544 372548 372556 372557

 372565 372574 372580 372581 372590

 372600 372602 372603 372609 372613

 372619 372620 372621 372625 372631

 372641 372646 372653 372657 372666

 372671 372672 372673 372674 372677

 372680 372683 372687 372695 372699

 372700 372701 372703 372705 372708

 372711 372715 372722 372723 372724
















「水無月ちゃん、受かってた?」
















「………………ない……」


 何度も見直すが、そこに阿久津の番号はない。

 何で?

 どうして?

 あれだけセンターで点数を取っていたんだ。

 あの阿久津が、落ちる筈がない。

 とてもじゃないが、信じられなかった。


「そっか……でも獣医学部は、まだ後期もあるんでしょ?」

「…………あるけど…………でも……」

「気持ちはわかるけど、櫻が落ち込んでどうするの?」

「!」


 確かにその通りだ。

 阿久津が受けたショックは、俺なんかとは比べ物にならないだろう。

 推薦入試で落ちた時には、何も言ってやれなかった。

 今の自分がやるべきこと…………。


「俺、ちょっと阿久津の所に行って――――」

『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』


 椅子から立ち上がった瞬間、俺の携帯が震え出す。

 まさかと思って画面を確認すると、阿久津からの電話だった。


「水無月ちゃん?」

「ああ」


 俺が阿久津の受験番号を知っていたように、阿久津も俺の受験番号を知っている。

 向こうも自分の合否だけでなく、こちらの合否を確認したに違いない。


「…………もしもし?」

『やあ。合格おめでとう!』


 スピーカー越しに聞こえてきた声は、落ちたと感じさせないくらい元気な声だった。

 恐らくは俺に心配を掛けないように、気丈に振る舞っているんだろう。普段の淡々とした話し方よりも明るくなっており、無理をしてるのがわかりやすいくらい伝わってくる。

 俺も経験があるからわかるが、こういう時は頭が真っ白になるもの。周囲の人間が何を言ったところで、頭に入れる余裕すらない状態だ。

 それでもまだ、後期試験という可能性は残っている。

 センター試験の時に教えてもらったことを、今度は俺が伝える番だった。


「サンキュー。まだ後期があるんだから、お前だって諦めるなよ?」


 掛けるべき言葉が思いつかず、まずは励まして様子を窺う。

 アイツから電話してきたということは、今は顔を見られたくないのかもしれない。


「…………」


 チラリと姉貴を見る。

 阿久津をドライブに連れてってもらうよう頼んでみるか。

 そんな考えを巡らせていると、幼馴染の少女は受話器越しに言葉を返す。






『……………………は? キミは一体何を言っているんだい?』






「…………へ?」

『まるでボクが不合格だったみたいな言い草だけれど、何か勘違いをしていないかい?』

「えっ? だって…………」


 見間違えたのかと思いつつ、淡々と答える少女と話しながら改めてサイトを見直す。

 しかしながらどれだけ探したところで、阿久津の受験番号は見当たらなかった。


「お前の番号って、372659だよな?」

『成程。理解できたかな』

「え?」

『微妙に間違っているよ。ボクの番号は372695だね』

「はい?」

『聞こえなかったかい? 372695……569×655の答えだよ』






 × 『み』『な』『づ』き『む』りなく『ご』うか『く』 → 372659

 ○ 『み』『な』『づ』き『む』りな『く』『ご』うかく → 372695






「…………ってことは……?」

『キミと同じで、ボクも月見野に無事合格したということさ』

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」











「いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」






 ――――米倉櫻……月見野大学教育学部、合格。


 ――――阿久津水無月……月見野大学獣医学部、合格。

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