九十二日目(火) 家庭研修期間は自分との戦いだった件

 家庭研修期間が始まってから早二週間。一年や二年の頃は二ヶ月も休めるなんて羨ましいと悠長なことを考えていたが、それが当てはまるのは既に合格が決まった奴だけだ。

 現に俺はこの二週間、これまで生きてきた十八年間の中で過去最高と断言できる程に勉強漬けの毎日を過ごしていた。正直、学校に行っていた時の方が楽だったくらいである。

 生活リズムを崩さないため七時に起床。朝食を取り八時前になった辺りから、授業のイメージで一時間勉強しては十分休憩の繰り返し。昼休憩は三十分、夜休憩は一時間だ。

 区切りが悪く勉強時間が一時間を超えることもあったが、それでも休憩時間は十分だけ。一日の勉強時間は十時間、時には十二時間に達するくらい自分に厳しく徹し続けた。


 トイレや入浴中でも参考書を手放さず。

 休憩時間は座禅を組んで瞑想したり、無意味にラジオ体操を始めたりする。

 時には気分転換に、図書館や喫茶店でも勉強した。

 全ては合格のため。

 口だけではない本気を出し、自分の限界に挑戦し続ける。


 当然イライラすることもあったが、最早モチベーションがどうとか言ってられる時期ではない。シャープペンの芯を一本だけ入れるゲーム形式も、今ではやらなくなった。

 仮に日記をつけていたとしたら、毎日が『勉強した』で埋め尽くされるだろう。それ以外に書くことなんて、過去問の点数と食事の献立くらいしか見当たらない。


「はよざ~っす! お兄ちゃん! 誕バレン生タイン日、うめでとう!」

「ん、サンキュー」


 そんな生活もようやく折り返し。受験終了となる月見野の二次試験まで残り二週間となった今日は、滑り止めである私立の試験日かつ俺の誕生日だった。

 相変わらずドタドタと騒々しく階段を下りてきた妹が、今年も黒い稲妻を片手に威勢よく登場。チョコはいくらあっても困らないし、ありがたく貰うことにする。

 バレンタインとは別に渡された誕生日プレゼントは鉛筆。俺もコイツが受験する年になった時には、メッセージを書いた鉛筆を贈ってやることにしよう。


「それじゃ、行ってきます」

「頑張ってらっしゃい」


 梅が家を出て少ししてから、母親に見送られつつ出発する。先週は寒波が凄かったものの少しずつ日は長くなり始めており、着実に春は近付いてきていた。

 今日の会場は少々遠く、電車で乗り換えを含めて一時間弱。更にそこから徒歩で二十分ほどの場所にある大学であり、普段が自転車である俺にとっては不慣れな通学時間だ。

 しかしながら四年間通う可能性がある訳だし、何より私立の受験一回につき35000円も掛かっていると考えると文句は言えない。出願の際に母上から「自分でやりなさい」と言われ受験料を振り込んだが、受け取った金額の重みを感じずにはいられなかった。

 センター試験と国立の受験は私立に比べれば半額くらいだが、全部合わせると十万以上。大学生になったらバイトして、少しくらい親孝行をするべきかもしれない。


『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』


 座れる場所はないものの満員というほどでもない、やや窮屈な電車で参考書を読みつつ揺られていると、ポケットの中で携帯が震え出す。

 どうやら気付かぬ内に届いていたメールもあったらしく、表示されていた新着は一件ではなく二件。送り主はセンター試験以来になる、夢野と阿久津からだった。




『誕生日おめでとう♪ 風邪とか引いてない? また無理してない? 毎日が勉強ばっかりで大変だと思うけど、後もう少しだよ! どんなに辛くても絶対に行きたいって気持ちがあれば、きっと合格できるから大丈夫。自分に自信を持って頑張ってね』


『キミも今日で十八歳か。できることが色々と増える年だけれど、その分だけ責任も生じるからね。キミが節度を持って羽目を外し過ぎないような大人になることを祈るよ』




 全くもって対照的な二人のメールを読んで、思わず苦笑いを浮かべる。

 誕生日を祝福し応援してくれる夢野とは裏腹に、阿久津はお祝いというよりも完全に保護者視点。もしかしたら受験疲れを考慮して、あえてこんな内容にしたのかもしれない。

 返事は試験が終わってから送ることにして、今は単語や文法の確認を優先。電車を乗り換えてから目的地の駅に到着すると、制服を着た受験生達の後に続き大学へ向かう。

 今回の私立は教育学部がなく、受験するのは文学部の教育学科だ。


「…………」


 この二週間で、英語と国語はみっちり鍛え直している。過去問も(採点しようにも配点がないため感覚ではあるが)比較的安定して解けていた。

 特に月見野の二次試験でも使う数学に至っては、センター試験での反省を踏まえ参考書一冊を丸々解き直し。昨年の問題では満点レベルの結果を出せている。

 現状においてできることは全てやった。

 そして何よりも、私立は滑り止めであり通過点でしかない。

 第一幕から一ヶ月の時を経て、受験の第二幕は開幕するのだった。

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