七十四日目(金) 俺の登校日が残り三日だった件
波乱万丈だったセンター試験が終わって約二週間が過ぎると、最後の定期テストという名の消化試合が終了。大半の科目がノー勉に近かったものの、結果はそこそこだった。
二つあったカウントダウンのうち一つが消えた裏黒板には『卒業まで残り47日』と書いてあるものの、来週の月曜からは家庭研修期間に入るため休日。残された登校日は今日を除くと、もう卒業式前の三日間だけしかない。
「米倉氏。何を見ているので?」
「いや、一年前が懐かしいなーって思って」
「確かに良い旅行でしたが、飛行機だけは二度と御免だお」
ホール一階にある二年の教室を見下ろすと、生徒は誰一人おらずガランとしている。それもその筈、テツや早乙女といった二年生は修学旅行を絶賛満喫中だった。
一年前に自分達も同じ経験をしているとはいえ、いざこうして三年になってみると本当に懐かしく羨ましい。民泊で世話になったオッチャン一家は元気だろうか。
聞いた話によれば、今年のCハウスの行き先は沖縄ではなく京都・大阪とのこと。かつてゴーヤコンドームを欲した後輩は、ちゃんと学を修める旅行をしてるのか不安である。
「よねくらくーん。ひみずきくーん。これ、返すの遅くなってごめんねー」
「ん? ああ、サンキュー」
「編集作業、お疲れ様でござる」
不意に声を掛けられるなり、俺とアキトに写真が一枚ずつ手渡される。これ以上ないくらい満面の笑みを見せて写っているのは、幼稚園時代の自分自身だ。
写真を貸していた理由は、俺も二年前に如月と携わったことがある編集委員の生徒会誌作成。今年はクラスメイトの幼い頃という企画になったらしい。
センター試験が終わるなり昔の写真を持ってくるように頼まれ、どれにしようかアルバムを眺めて厳選した一枚だったが、渡した時の反応は凄まじいものだった。
『えーっ? これ、米倉君なのっ? メッチャ可愛いくないっ?』
『見せて見せてー。わっ? 本当だー』
『嘘? 信じられないんだけど』
渡した写真に女子達が群がり、未だかつてないレベルで褒め始める。誕生日の時のお祝いムードとは異なった、ワーワーキャーキャー言われるスター気分を味わえた。
その評価は葵や渡辺や新川(しんかわ)といったイケメン達の幼年期に負けず劣らずであり、見た時の反応で判断するなら勝利したと言っても過言ではないレベル。あの梅でさえ可愛いと言うくらいだし、自分でも納得できる一枚である。
「ううむ、何度見てもピ○チュウがラ○チュウに進化した時の気分ですな」
「やかましいわ!」
実に的を射た感想だが、正直自分でもどうしてこうなったと思うばかりでしかない。
輝いていたのも僅かな時間で、所詮は過ぎ去りし過去の栄光。いくら幼い頃が可愛くても今が微妙なら意味はないと我に返り、段々と悲しくなっていった。
「アキト。ピ○チュウの鳴き声は?」
「ドゥッペレペ!」
「じゃあラ○チュウの鳴き声は?」
「ビャーリガージビジビ!」
「できるのかよっ?」
ちなみにアキトの写真はと言えば、双子らしく火水木とのツーショット……なのだが、正直に言って説明なしではどちらがどちらか判別がつかなかったりする。
二人とも丸っこい感じであり、髪の長さも同じくらい。今でこそ眼鏡くらいしか共通点のない火水木兄妹だが、小さい頃は何だかんだで似ていたようだ。
「冬雪ちゃん達も、遅くなってごめんねー」
「……大丈夫」
「(コクコク)」
冬雪の写真も見せてもらったものの、今の姿をそのまま小さくした感じで全体的に大人しそうな雰囲気のまま。髪型もショートボブであり、座敷童っぽさは相変わらずだ。
如月は残念ながら恥ずかしそうに首を振り、最後まで見せようとしてくれなかった。生徒会誌が完成すれば白黒とはいえ、嫌でも見られることになるんだけどな。
そんなこんなで仲間達の幼い頃の姿が見ることができたのは良かったが、個人的には今年こそランキングをやってほしかった感がある。一年の頃は完全な敗北だったものの、今なら文化祭での功績も含めてそこそこ良い順位が取れたんじゃないだろうか。
「そ、それじゃあまた一ヶ月後に!」
「おう! 頑張ろうな!」
ホームルームが終わり放課後になると、葵は手を振りつつ一足先に去っていく。
センター試験以降は、クラス内の触れてはいけない空気が一層増した様子。誰も試験の結果について語ることはなく、暗黙の了解といった感じだった。
そのため葵の自己採点がどうだったのかも迂闊には聞けず知らないまま。まあ仮に悪かった場合は、アキトが何かしらサポートしてくれているだろう。
そもそも俺は俺で、人の心配をするほどの余裕もない。
「一時はどうなるかと思いましたが、米倉氏はすっかり立て直しましたな」
「まあな。お前には世話になったよ」
「いやいや。拙者は何もしてないですしおすし」
「そんなことないっての」
いつもより自転車が少ない駐輪場に着くと、久し振りに親友と二人で語り合う。コイツに色々と相談に乗ってもらった日々も、今となっては懐かしい。
毎日が同じ繰り返しで退屈に感じた時もあった高校生活だが、気付けばあっという間の三年間だった気がする。
「しかし阿久津氏は一体どんな魔法を使ったので?」
「それは本人に聞いてくれ」
「どう見ても二人の秘密です、本当にありがとうございました」
「俺より良い点を取ったお前に教えることなどないわっ!」
「フヒヒ、サーセン」
政経→61点
国語→132点
英語→170点
リス→24点
数Ⅰ→85点
数Ⅱ→55点
生物→92点
化学→80点
合計→699点
「俺もお前みたいになりたいもんだな」
「いい方法があるお。まず一回死んで――」
「生まれ変わりかよっ?」
「もしかしたら異世界に行けるかもしれないですしおすし」
「そんなのないっての」
センターまで勉強を続けるとは言っても、合格していれば多少なりモチベーションは下がるもの。そんな親友の自己採点の結果は、まさかの俺以上の点数だった。
数Ⅰ・Aでのミスさえなければいい勝負ができたが、やはり目に入るのは英語の点差。阿久津も高得点だったことを考えると、英語という教科は勉強すればするほど身に着くものだと実によくわかる。
「そういや、最終手段って何だったんだ?」
「はて、何のことですかな?」
「俺が頭を抱えてた時に言ってただろ? こうなったら最終手段を使うしかないみたいな」
「今となっては必要ないことですし、企業秘密ということで」
「火水木文具は企業なのか?」
「あるあ……ねーよ。では火水木の秘密期でござる」
くだらないギャグはスルーしつつ、秘密と言うなら深い詮索はしないでおく。
私立や国立の受験の時にはアキトもいないし、いつまでも甘えてはいられない。別に頼ることは悪くないと言っても、もう少し俺自身がしっかりしないと駄目だ。
「何はともあれ、勝負はこれからですな」
「ああ」
センター試験の結果を踏まえた出願も終わり、二週間後には滑り止めの私立が二つ。そして一ヶ月後には本命である月見野の二次試験が待っている。
私立二校の受験科目は国・数・英であり、月見野の二次試験も数学だけ。理社の勉強からは解放されて負担が減った一方で、三科目を掘り下げる必要があった。
「それじゃあ、そろそろ行くわ。付き合ってくれてサンキューな」
「何かあった時は、いつでも相談に乗るお」
頼れる親友と握手を交わした後で、俺は自転車に跨りペダルを漕いで帰路につく。
仲間と励まし合って戦う期間は終わりを迎え、ここから先は孤独な死闘の始まりだった。
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