六十二日目(日) 俺の人生が夢幻泡影だった件
センター試験の休み時間は五十分と長め。ただし試験が始まる前の説明に約十五分、答案の回収に十分弱かかるため、実際の休み時間は三十分足らずといったところだ。
昼休憩だけは通常よりも三十分多く時間が取られており、受験生達はお弁当やサンドイッチで栄養を補給する。会場には別室になった友人と一緒に食べるための休憩室もあるようだが、大半は試験会場で食べていた。
『――――プルルルルルル……プルルルルルル――――』
しかしながら俺は数学Ⅰ・Aが終わるなり、昼食もとらずに教室を飛び出す。
本来なら次の教科に備えるべき休み時間で真っ先に取った行動は、親友への電話だった。
「もしもしっ? アキトかっ?」
『わかっている。どうやら大統領は――――』
「悪いけどそれどころじゃないんだ。冗談抜きでヤバい……数学が全然できなかった……」
『ちょま。まずは落ち着くお』
「とにかく話がしたいんだけど会えるか? お前どこにいる?」
『二号館の三階ですが――――』
「わかった。そっちに行く」
アキトが話している途中で一方的に通話を切るなり、階段を下りて一号館を出る。
会ったところで、どうなるというのか。
それでも、今の俺が頼れる相手はアキトしかいなかった。
アイツならきっと、このどうにもならない精神状態を何とかしてくれる。
もしかしたら今年の問題が、例年以上に難しかっただけかもしれない。
そんな淡い希望に掛けて、駆け足で二号館に向かった。
「はあっ、はあっ……」
一段飛ばしで階段を上がり三階に到着するが、親友の姿は見当たらない。
休憩時間は限られているため、合流するまでの僅かな時ですら焦りが増していく。
息を切らしながら携帯を取り出すと、震える手で再度電話を掛けた。
「もしもしっ? どこにいるんだよっ?」
『階段前で米倉氏を待っているのですが』
「はあっ? 階段って…………三階でいいんだよなっ?」
「恐らくは逆側かもしれないお」
今自分が通ってきた階段を見返すが、そこにアキトはいない。
緊急事態でも悠長に話す親友にイライラしつつも、早足で廊下を進んでいく。
反対側の階段前で待っていたアキトの姿を見つけたのは、実質一時間しかない休み時間が始まってから十分近く経過した頃だった。
「オッスオッス。とりあえず座って話すお」
言われるがまま、階段傍の開けたスペースにあった椅子へと腰を下ろす。
アキトは十秒でチャージできそうなゼリーを片手に、息を荒くする俺を見ながら眼鏡をクイっと上げた。
「米倉氏。お昼は大丈夫なので?」
「それどころじゃないんだって……マジでヤバいんだよ……」
「さいですか。一体何があったのか詳細キボンヌ」
「なあアキト。数学の第二問と第三問、解けたか? 今回の数学、難しかったか?」
「解けたかと言われたら解けはしましたが、難しさは何とも言えないお」
「マジか…………マジか…………」
何とも言えないということは、そこまで難しくは感じなかったのだろう。
月見野を受ける生徒レベルなら、普通に解けているに違いない。
僅かながらの希望が無に帰す。
「全然できなかった……第三問が丸々空白だし、第二問も後半が解けてなくて……」
「おk。とりあえずもちつけ」
「落ち着けって言われても……なあアキト……どうすりゃいい?」
「終わった以上は仕方ないですし、今は残りの教科に備えるべき希ガス」
「そうかもしれないけど、得意教科でこれは絶対ヤバいだろ?」
「昨日の教科はどうだったので?」
「自己採点はしてないけど、手応えがあったのは倫理くらいしかない。普段は数Ⅰ・Aの点があって合格ラインギリギリだから…………」
話せば話すほど、自分が崖っぷちに立たされているという現実が見えてくる。
これが苦手教科だったなら、まだダメージも少なかった。
得意教科である数学だったからこそ。
安定して高得点を取れていた科目だからこそ、精神面への影響は計り知れない。
天国から地獄へと突き落とされたかのような感覚。
どうしようもない、絶望的状況だった。
『ゆーびきーりげーんまーん、うそついたらはりせんぼんのーます♪ ゆびきった!』
アイツにどんな顔をして会えばいいというのか。
こんな結果では、国立なんて笑い話だ。
滑り止めすら危ういかもしれない。
浪人。
その二文字が頭をよぎる。
「ヨネクラシノキモチモワカリマスガ、イマハキリカエルベキカト」
わかってはいても、呆然とすることしかできない。
アキトの言葉すら頭に入らなくなり、頭を抱えて蹲った。
消える。
消えていく。
合格も、希望も、自信も、夢も。
今まで一生懸命積み重ねてきたものの全てが、いとも簡単に崩れ落ちた。
「コウナッタラサイシュウシュダンヲツカウシカ…………オヤ……?」
夢幻泡影。
現実なんてこんなものなのかもしれない。
周りの連中は、俺なんかよりもずっと頑張ってきたんだ。
どうして。
どうしてこんなことになったのか。
どうしてもっと早くに気付かなかったのか。
自分が情けなくて、涙すら出そうになってくる。
いつだってそうだった。
気付いた時には既に手遅れで、後悔しかない。
人生なんてそんなものだろう。
所詮、俺はこの程度の人間だった。
ただそれだけのことだ…………。
「――――櫻……?」
…………聞こえる筈のない声がした。
頭を抱えていた手を離し、ゆっくりと顔を上げる。
そこには不思議そうな顔をしてこちらを見ている、幼馴染の少女がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます