六十一日目(土) 一日目の夜は二日目の準備だった件
最初が地歴・公民なのは正直ありがたい。暗記科目は覚えてさえいれば解けるし、覚えていなければ解けないだけというシンプルな試験だからだ。
俺にとって倫理はウォーミングアップに過ぎず、本番は昼休憩を挟んだ後の国語。現代文・古文・漢文という三つの壁は、頭を使って考えなければ超えられない。
そしてその先には、文系だろうと理系だろうと避けては通れない英語が控えている。
「解答やめ。鉛筆や消しゴムを置いて問題冊子を閉じて ください」
本日四度目になる試験官の合図を聞いて、俺は鉛筆を机に置いた。
答案に加えて、リスニング用のICプレーヤー及びイヤホンが回収されていく。
最初こそ固くなりがちなセンター試験だが、開始前に毎回同じようなアナウンスが繰り返されるため、一科目二科目と進んでいくにつれて徐々に緊張も緩和。英語の頃になると、だいぶ落ち着いて受けることができた。
「…………」
今日の手応えは全体的に悪くなかったと思う。
国語で解答欄のマークが3、3、3、3、3と3ばかり続いたり、妙に2が少なくて不安になったりしたものの、終わった試験はどう足掻いても変わらない。
自己採点したい気持ちに駆られるが、まだまだ試験は折り返しだ。
残りの教科である数学Ⅰ・AとⅡ・B、そして化学と物理に気持ちを切り替える中、午後六時半近くになったところで長い長いセンター試験の一日目が終了した。
「お疲れー」
「あの問題、確実に笑わせにきてたよな」
教室内で他の受験生達が話し出す中、俺は黙々と帰り支度を始める。教科間の休み時間においても、思っていた以上に携帯を弄ったり喋っている生徒は多かった。
ガラケーの電源を入れた後で校舎から出ると、すっかり暗くなっていた外は一面の銀世界。今は既に止んでいる雪が、足元に薄らと積もっていた。
『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』
「?」
校門を抜けたところで、不意にポケットの携帯が震え出したので確認する。誰かと思えば阿久津からで、メールの本文は『一緒に帰らないかい?』と短い一文だった。
アイツから誘ってくるなんて珍しいなと思いつつ、校門付近は学生が多いため『校門前の信号で待ってる』と返信。二、三分経ったところで、阿久津の姿を見つける。
「よう」
「やあ。お疲れ様」
「そっちもな。お前が誘うなんて珍しいけど、何かあったのか?」
「キミがマークミスをやらかしていないか心配でね」
「してないっての!」
「冗談だよ。単に話し相手が欲しかっただけさ」
「クラスに知り合いとかいなかったのか?」
「屋代の生徒ならいたけれど、知人は誰もいなかったかな。キミの方はいたのかい?」
「こっちは知人どころか、屋代生が俺一人だったよ。変人ならいたけどな」
「変人?」
「休み時間に英字新聞を読んでる奴とか、弁当の箸が無くて鉛筆で食べてる奴とか」
「ふむ。それくらいならキミも同類じゃないか」
「失礼なっ!」
肩をすくめつつ答える阿久津に思わず突っ込む。俺はそんなことしないぞ……多分。
他にも隣の席の奴が風邪気味だったため、リスニングの時に鼻息が荒くて少しだけ聞き取り辛かったが、時期が時期だしそれは流石に仕方ないだろう。
「そっちには変な奴とかいなかったのか?」
「せいぜい鼻血を出した子がいたくらいかな。あまり周りは見ていなかったよ」
「鼻血となるとチョコの食べ過ぎかもな」
「チョコレートと鼻血の関連性は曖昧らしいけれどね」
「じゃあ暖房の効き過ぎとか? 結構暑かったよな」
「キミの教室は暑かったのかい? ボクの教室は寒すぎるくらいだったよ」
「マジか。こっちは一号館の二階だったけど、そっちは何階だったんだ?」
「二号館の四階だね。女子のお手洗いは一階と三階にしかなかったから、休み時間に三階へ下りた時には既に行列ができていて面倒だったかな」
女子トイレが混むのはよくある光景だが、男子トイレまで並んでいたのは正直驚きだった。事前に情報をくれた橘先輩には、後でお礼のメールを送っておかないとな。
お互いに試験内容には触れないまま、雑談に花を咲かせているうちに駅へ到着。電車に乗って黒谷に戻ると、夜の雪道をのんびりと家まで歩いていった。
「明日には凍っていそうだね」
「そうだな」
「櫻。もし良かったら、明日も一緒に帰らないかい?」
「ん? ああ。大丈夫だ」
「ありがとう。それじゃあ残り一日、頑張ろう」
「おう。また明日な」
阿久津と挨拶を交わしてから家に入り、夕飯と入浴を済ませるとあっという間に九時前。必要最低限の勉強を済ませると、明日の準備をしながら夢野にメールを送った。
『今日は本当にありがとうな。お陰でリラックスできたし、今のところ順調だよ』
『良かった♪ 明日は米倉君の得意な理系科目だよね?』
『ああ。今日以上に冷えるみたいだし、駅での見送りは無くても大丈夫だからな?』
『えー? 私がやりたくてやってることだから、気にしなくてもいいのに』
『そこまでされたら、逆に夢野が風邪とか引かないか心配で気になるっての! 御利益のありそうなお守りもあるから安心してくれ。手作りなんてビックリしたよ』
『ふふ。どう致しまして。中は見ちゃ駄目だからね?』
『そう言われると気になるな。受験が終わったら見てもいいか?』
『だーめ! お守りの中身を見てはいけません! 笑』
『しかしそのお守りは今、俺の手の中にある……この意味がわかるな? (笑)』
『そういうことするなら、明日も見送りに行っちゃおっかなー?』
『すいませんでしたっ! 大事にしますっ!』
『うんうん。わかればよろしい♪』
『明日の準備もできたし、そろそろ寝ようと思うわ。お休み!』
『うん。お休み。明日も頑張ってね!』
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