六十日目(金) ゴールではなくスタートだった件
センター試験前日も授業があることには不満な生徒も多いようだが、リラックスして普段通り過ごせるという点では案外良かったのかもしれない。
クラスメイトからも充分に励まされた俺は、自転車に跨りペダルを漕ぎ出す。試験直前は新しい知識を身につけるより、当日の準備と簡単な復習だけにすべきだろう。
「おっ? よう」
「やあ」
家の前に到着したところで、門扉に手を掛けていた阿久津と鉢合わせした。こうして帰りに居合わせることは珍しく、三年間を通しても片手で数えられる程度かもしれない。
試験前日でも落ち着いた様子の少女は、自転車に鍵を掛ける俺を眺めながら口を開く。
「いよいよ明日だね」
「そうだな」
「お互いに全力を尽くそう」
「勿論だ」
顔を上げつつ答えると、阿久津が不敵な笑みを浮かべる。
普段ならそのまま別れの挨拶をするところだが、今日は大事な用事があった。
「なあ阿久津。本番で使わない格言付きの鉛筆あるだろ? あれ、貸してくれるか?」
「鉛筆? 別に構わないけれど、どうするつもりだい?」
「今日、クラスで応援メッセージを書き合ってさ。ほら、こんな感じで冬雪からとか」
「ふむ。そういうことならボクも一筆しようか」
実を言えば阿久津にも頼むため放課後を迎えるなりFハウスへと向かったが、時既に遅しで姿は見当たらず。流石に連絡を取ってまでお願いするのは迷惑だろうし、駄目なら駄目で諦めるつもりだった。
それだけにこうして家の前で会えたのは、本当にラッキーとしか言いようがない。
「サンキュー。それならこれに頼む」
俺は筆箱から鉛筆を取り出し、阿久津と鉛筆を交換する。
相変わらず勘が良いと言うべきか、よく見ていると言うべきか。幼馴染の少女は受け取った鉛筆をジーっと眺めた後で、鋭い質問をしてきた。
「キミの鉛筆は格言が書かれていない物だけれど良いのかい?」
「あー、実は自分から提案しておいてなんだけど、もう余りがなくてさ」
格言付きの鉛筆は全部で六本あり、今までに書かれたのは姉貴、アキト、葵、冬雪、如月の五本。最後の一本は現在使用中のため半分近くまで短くなっているし、そもそも使い掛けの鉛筆に書いてくれと頼むのもどうかという話だ。
「本番用の鉛筆が一本減るじゃないか。残念だけれど、これには書けないかな」
「いやいや。六本もあるんだし、一本くらいなら大丈夫だっての」
「その一本が必要になる時が来るかもしれないよ」
「いざとなったら買い足せば良いだけだろ?」
「それもどうかと思うけれどね。そこまでしてボクが書く必要も――――」
「あるっ!」
やや喰い気味に答えると、阿久津がキョトンとした表情を浮かべる。
手にしていた鉛筆を返そうとする幼馴染に対して、俺は言葉を続けた。
「お前は俺の応援メッセージなんて必要ないかもしれないけど、俺は欲しい!」
「…………はあ。キミのそういう躊躇いなく何でも言えるところが、時々羨ましくなるね」
「?」
「勘違いしているようだから言っておくけれど、ボクも…………」
「僕も……何だよ?」
「いいや。ボクも別に書かないとは言っていないよ」
「は?」
「キミの鉛筆には書けないと言っただけさ。とりあえずこれは返しておこうかな」
途中で言葉を詰まらせた阿久津は、俺に鉛筆を返却する。
そしてその後で自分の筆箱から、格言の書かれている鉛筆を新たに取り出した。
「こっちに書いて渡せば済む話だろう?」
「いいのか?」
「それこそ一本くらいなら問題ないさ。キミと違って、ボクのは沢山残っているからね」
そういうことならと、俺は腰を下ろして鉛筆にメッセージを書き始める。
自転車を漕ぎながら色々と妄想を膨らませていたため、文章はスラスラと出てきた。
お前が今まで頑張り続けてきたのは知ってるから、頑張れなんて言わない。
寧ろそれだけやってきたなら、絶対に受かるって俺が保証する!
プレッシャーなんて感じるな。いつも通り自分のペースでいけばいい。
こっちも約束を守れるように、全力で頑張るからな。
「よし。できたぞ」
「ありがとう。もう少し待っていてくれるかい?」
何を書くか悩んでいた様子の阿久津は、少しした後でペンを動かし始める。
そして激励の言葉を書き終えるなり、祈るようにジッと見つめた後で鉛筆を俺に差し出してきた。
「待たせたね」
「ん、サンキュー」
「さてと、それじゃあボクは失礼するよ」
「ああ。じゃあな」
自分の書いたメッセージを目の前で読まれるのが嫌なのか、阿久津は交換が終わるなり素早く去っていった。改めて振り返ると俺の書いた文章も結構アイタタタなところがあったし、この場で読まれなくて正解だったかもしれない。
試験を受ける会場は同じだが俺には俺の、阿久津には阿久津のペースがある。そのため一緒に行くような約束は一切しておらず、次に会う時はセンターが終わった後だろう。
帰宅後は明日の準備をしてから、夕飯に入浴を済ませて英単語や文法を軽く確認。そして小学生時代の如く、九時半を過ぎた辺りになって寝る準備を始めた。
「…………」
ベッドに入り瞼を閉じるが、全然眠れる気がしない。
いよいよ明日がセンター試験本番という実感が沸き始める。
寝るには流石に時間が早すぎるし、もう少し復習しておくべきだろうか。
『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』
「?」
そう思い上半身を起こしたところで、枕元の携帯が急に震え出す。
誰かと思い画面を見ると、夢野からのメールだった。
『お昼の時に顔が固くなってたけど、もしかして緊張してた?』
『別にそんなことないっての』
『あ! またすぐそうやって強がろうとしてる! 笑』
『まあ今は少し緊張し始めてるかもな』
『前日だもんね。でも、米倉君にとってセンター試験はゴールじゃないでしょ?』
「!」
『確かにそうだな。まだまだスタートだって考えたら、少し落ち着いてきた気がするよ』
『良かった。眠れなくなった時は、ホットミルクがオススメだって。後は腹式呼吸♪』
『サンキュー。試してみる』
『うん。それじゃあ、お休み♪』
『ああ。お休み』
例えスタートで出遅れたとしても、最後にゴールすればいい。
姉貴の言葉を思い出した俺は机の上の筆箱を手に取ると、仲間達から貰った七本の鉛筆に書かれているメッセージ一つ一つを読み直してからベッドに入るのだった。
悩んでいる暇に一つでもやりなよ。人にできて、君だけにできないことなんてあるもんか。一番いけないのは自分なんか駄目だと思いこむことだよ。
一つだけ教えておこう。君はこれからも何度も躓く。でもその度に立ち直る強さも持ってるんだよ――――引用、ドラえもん名言集より。諦めたらそこで試合終了だお。
いよいよ本番だけど、絶対に高得点取って志望校合格しようね。
今までの勉強が実を結ぶ時。僕達なら絶対にやれる筈だよ。
戦う相手は自分だけ。心は熱く、頭は冷静に、気負わず平常心で。
お互い、夢を叶えるために全力で頑張ろう!
努力は実力を生み、実力は自信を生み、自信は成功を生む。
ヨネの努力は裏切らないし、きっと結果に繋がると思う。
最後の最後まで諦めないで。ヨネなら合格できるって信じてる。
ミナもきっと待ってるから。
できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である(パブロ・ピカソ)
昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分。
不安になるのは頑張った証拠だから大丈夫。
周りのことは気にしないで、落ち着いて挑んできてください。
All your dreams can come true if you have the courage to pursue them.
If you can dream it, you can do it.
ネックには幸運の女神が微笑んでくれてるんだから、落ちたら承知しないわよ?
陶芸部の本気と無限の可能性、見せつけてやりなさい!
困った時は腹式呼吸! お腹を凹ませるイメージでゆっくり息を吐いた後で、お腹を膨らませるイメージで鼻から息を吸ってみて。
それを繰り返しながら、今までのことを思い出すの。きっと桜は咲いて春はくるよ。
明るくて楽しくて優しい米倉君の名前は、他でもない櫻なんだから。
ここまできたら、人事を尽くして天命を待つのみかな。
いくら考えたところで答えは前進あるのみ。人生に後退はないからね。
もしも足が止まった時は、お互いに助け合おう。
あの日の約束を忘れたとは言わせないよ。
――――センター試験まで、残り0日。
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