六十日目(金) 縁起物以上の贈り物だった件

 学校によっては会場準備の関係で休日だったり、午前だけで終わるところもあるらしいセンター試験前日。屋代では普段通り授業があるため、今日も自転車を漕いで登校する。

 試験本番に備えて数週間前から朝型生活へ切り替え中の俺が教室に入ると、相変わらず一番に到着していた親友の机の上には小さなタコが大量に並べられていた。


「おっす」

「おいっす米倉氏。支給品が届いたのでドゾー」

「置くとパスってか? 流石は文房具屋。受験ブームに乗って縁起物を用意してるんだな」

「タコには多幸という意味もあるらしいお。まあそれは消しゴムなので、使えば使うほど幸せが削れていくということになる訳ですが」

「いや駄目だろそれ」

「まあ使うとパスではなく、置くとパスですしおすし。所詮は売れ残……げんを担いでいるだけに過ぎないので、お守り代わりに家にでも置いとけばいい希ガス」

「今売れ残りって言い掛けなかったかっ?」

「残り物には福があると言いますし、受験で残るという言葉は縁起も良いかと」

「物は言いようだな。サンキュー」


 流石のアキトも誰が受験を控えているかは把握していないようで、クラスメイト全員分を持ってきた様子。くれると言うなら、ありがたく貰っておくとしよう。

 ちなみに勝負の際の縁起物と言えばカツ丼やトンカツが有名だが、油のせいで胃にとどまる時間が長く脳に血液が回りにくいため、試験前の食事としては不向きらしい。

 逆にお勧めなのは栄養豊富な大豆である納豆とのこと。情報提供者は「粘りに粘りなさい」と謎のネバネバダンスを披露した姉貴だが、俺が納豆を苦手だと知っての行動である。


「しかしオクトパスが置くとパスとか、誰が考えたのか知らないけど上手いこと言ったもんだ。この手の縁起物の始まりって何なんだろうな?」

「調べたところ『ウカール』らしいですな。そのせいか文房具業界以上にお菓子業界が力を入れているようで、先日コンビニに行ったらギャグのオンパレードだったお」

「どんなのがあったんだ?」

「定番の『きっと勝とう』や『きっちり通る』は勿論ですが、他にも『カナエルコーン』だの『入レルモン』だの『咲っぽろポテト』だの『ド通る』だの『いい予感』だの」

「そこまでいくともう何でもありだな」

「その辺りはまだマシな部類でして、個人的には『ココ勝ッツサブレ』『勝っぱえびせん』『勝チーズアーモンド』『勝ちの種』辺りの一文字シリーズは卑怯な希ガス」

「俺の場合だと米倉勝つらか?」

「どう見てもヅラです、本当にありがとうございました」


 前に但馬が『きっと勝とう』は『きっとカットされる』という意味にも捉えられるから縁起が良くないなんて女子に話していたが、今の時期では雑学じゃなく余計なお世話。その場は苦笑いで済まされ、本人がいなくなるなり文句を言われていた。

 その光景を見た時は、俺も阿久津に対してあんな感じに空気が読めてなかったんだろうなと中学時代を思い出し、人の振り見て我が振り直せと反省する。

 ただ縁起を担ぐことは悪くないものの、所詮はお守りと同じで効き目なんて精神面の気休め程度。最終的に物を言うのは、今まで積み重ねてきた努力だ。


「最後まで希望たっぷりな『突破』と、コアラは寝ていても木から落ちないからと商品名を変えずに売っていたマーチは粋だったので買いますた」

「へー。コアラの赤ちゃんが母親のウンコ食って育つのは知ってたけど、木から落ちないのは初耳だな」

「寧ろウンコの方が初耳な件」


 アキトの検索結果によればコアラは発汗機能がないため、体温を下げるために木に抱きついているとのこと。受験には絶対使わないであろう雑学のため、右から左へと聞き流す。

 縁起を担いだお菓子は色々とあるようだが、受験に最適なのはチョコレート一択。栄養バランスに優れており、脳のエネルギー源であるブドウ糖が豊富だそうだ。


「ところで米倉氏、その鉛筆には何が書いてあるので?」

「ん? ああ、姉貴の落書きだ」

「ほほう。少々見せていただいても?」


 筆箱の中からチラ見していた鉛筆をアキトに手渡す。

 親友がまじまじと眺めている間に、少しずつクラスメイト達が登校し始める。何人かはアキトの机に対して当然のように突っ込みを入れる中、葵が俺達の元へやってきた。


「お、おはよう。アキト君の机が凄いことになってるけど、どうしたの?」

「たこ焼きパーティー「侵略タコ息子」だ」お」

「し、侵略パーティー?」

「「ぶふっ」」


 二人同時に別々のボケをかました結果、予想を上回る第三の返答をされて噴き出す。侵略タコ息子というパワーワードが咄嗟に出てくるアキトは流石としか言いようがない。


「タコだけに置くとパスな縁起物でござる。相生氏もドゾー」

「あ、ありがとう。その何か沢山書いてある鉛筆も縁起物だったりするの?」

「これは拙者ではなく米倉氏のですな」

「へー…………」

「明日が本番だからな。カンニング用だ」

「…………物凄く優しいメッセージだね。これ、誰が書いてくれたの?」

「スルースキル……だと……?」

「えっ? あっ! ご、ごめんっ! 何か言ってたっ?」

「うんうん。そこまで成長したとは、父さんは嬉しいぞ」

「えぇっ?」


 姉貴のなんちゃって深イイ言葉に感銘を受けている様子の二人だが、書いた張本人が唐突にコントをやり出すような変人だという衝撃的事実は黙っておくことにしよう。

 葵から鉛筆を返してもらい筆箱に入れると、何を閃いたのかアキトがニヤリと笑った。


「米倉氏。相生氏。お二人の鉛筆を一本ずつ拙者に貸していただけますかな?」

「ん? 別にいいけど、何か熱いメッセージでも書いてくれるのか?」

「おk把握。とびっきり胸熱な名言を贈るお」

「さ、櫻君。もし良かったら僕達も書き合わない?」

「おっ? いいぞ!」


 二人に格言の書かれている鉛筆を一本ずつ渡し、葵からは別の格言が書かれた鉛筆を受け取ったところで、丁度ホームルーム開始五分前の予鈴が鳴った。

 葵が嬉しそうに自分の席へ戻り、アキトがクラスメイトにタコさん消しゴムを配り始める中、俺は手本にならない姉貴の鉛筆と睨めっこしながら何を書くか悩み始める。


「…………?」


 不意に視線を感じて、チラリと横を見た。

 最後の席替えで隣になった冬雪が、ジーっとこちらを見ていたことに気付く。


「……ヨネの鉛筆、まだ余ってる?」

「ん? ああ。残ってるけど、聞いてたのか?」

「……私とルーも書きたいから、二本欲しい」

「え?」

「(コクコク)」


 冬雪の後ろの席にいる如月の方を見れば、犬のように全力で首を縦に振っていた。相変わらず一挙手一投足が小動物染みてて、見てるだけで微笑ましくなるな。

 こうして姉貴の悪戯が思いがけない形で拡散。アキトに葵、そして冬雪と如月から応援メッセージの書かれた鉛筆を受け取るが、それだけでは終わらない。


「む……来たようですな」

「ん?」

「米倉氏と相生氏にお客さんだお」


 昼食を食べ終え古文単語を確認していた昼休みに、思わぬ客がC―3へやってくる。

 廊下へ視線を向けると、そこにいたのは夢野と火水木のF―2コンビ。俺と葵はアキトに言われるがまま、呼ぶように手を振っている少女達の元へ向かった。


「ヤッホー」

「二人とも、どうしたんだ?」

「ふふ。米倉君と葵君に渡す物があるの」

「わ、渡す物って?」

「じゃーん! これよ、これ!」


 二つ結びの眼鏡少女が意気揚々と取り出したのは二本の鉛筆。どうやら双子ネットワークによって情報が伝わり、手持ちの鉛筆にわざわざ書いてきてくれたようだ。

 火水木はびっしりとメッセージが書かれている鉛筆を、俺と葵に一本ずつ手渡す。その後で夢野も笑顔を見せながら、お釣りを手渡すかの如く俺達に鉛筆を握らせた。


「二人とも、頑張ってね♪」

「あ、ありがとう!」

「サンキューな」

「ネックもオイオイも、ビシッと合格して恰好良いところ見せなさいよ!」


 久々に会ったからか異様にテンションの高い火水木に背中をバンバンされつつも、新たに二本の応援メッセージ付き鉛筆を手に入れた俺達は気合いを入れる。




 ――――センター試験まで、残り一日。

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