五十八日目(水) 俺といえば桜桃ジュースだった件

 あっという間に冬休みが過ぎ去り、最後の学期が始まって一週間の半分が終わろうとしている。登校日は実質三週間しかないことを考えれば、これで六分の一が終了だ。

 ヤーさんから文化祭の功績についてしっかり書かれた調査書も受け取り、センター試験まで三日前となった今日は直前説明会が行われていた。


「えー、くれぐれもマークミスはしないように。それと数学受験者は数学Ⅰ・Aと間違えて、数学Ⅰの問題を解かないように注意してください。一日目の分の自己採点も、二日目が終わるまでしない方が良いです」


 当日の持ち物や受験の際の諸注意は勿論だが、交通機関の遅れには充分気を付けて余裕を持つようにといった細かい忠告までしてくる先生達。毎年雪が降ると言われているセンター試験だが、今年の天気予報も雪だったりする。


「実際のところ、センターの日に雪が降る確率って高いのか?」

「気象庁の統計によると過去三十年間で一月に雪が降った確率は東京で3.8%ですが、センター試験当日に雪が降った確率は8.9%と二倍以上あるらしいお」

「マジでか」


 ふと疑問に思い説明会が終わった後でアキトに尋ねてみると、即座にスマホで調べたらしく衝撃の結果が返される。それだけ確率が上がってるとなれば、謎の勢力が俺達を滑らせようとしてるようにしか考えられないな。


「米倉氏。購買へのお付き合いキボンヌ」

「ん? 今日は弁当じゃないのか?」

「どう見ても忘れ物です、本当にありがとうございました」

「そりゃ死活問題だな」


 俺は昼食をコンビニで買っていたが、アキトの付き合いで教室を出ると購買に向かう。どうせなら久々に食後のおやつとしてラスクでも買おうかな。


「ううむ、どれにするか悩みますな」

「並んでる時に決めておけっての」

「フヒヒ、サーセン。米倉氏も何か食べたい物があれば拙者が奢るお」

「ん? いいのか?」

「付き合ってもらったお礼もとい、少し早い誕生日プレゼントですな」

「いやいや、早過ぎだろ」

「では塩の日ということで。世の中には桜塩なんてものもあるみたいですしおすし」

「そうなのか? まあ奢ってくれるなら遠慮なくお願いするけど」


 コンビニで買ったチョコスティックパンだけでは物足りないため、お言葉に甘えて焼きそばパンとラスクを購入。アキトが悩んだ末にカレーパンとカツサンドを買った後で、Cハウスへ戻ると昇降口横にある自販機へ向かった。


「米倉氏はいつものやつでおk?」

「ん? 飲み物も奢りなんて今日は随分と太っ腹だな。ガチャでレアでも引いたか?」

「あるあ……ねーよ」


 スマホを弄りながら答えた親友は俺の分である桜桃ジュースを買った後で「ど・れ・に・し・よ・う・か・な……」と自分の飲み物を天の神様の言う通りに選ぶ。

 もしかしたらセンター間近であるため、気を遣ってくれているのかもしれない。そう思いながら親友の厚意をありがたく受け取り、俺達は教室へと戻った。


「せーのっ!」

『米倉君、誕生日おめでとーっ!』


 完全に不意打ちだった。

 足を踏み入れるなり、女子達の黄色い声援で迎えられた俺は呆然とする。


『ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデーディア米倉くーん♪ ハッピバースデートゥーユー♪』

「――――」


 人は本当に驚くと、声が出せなくなるらしい。

 誕生日ソングと拍手で祝福されながら机を見ると、そこにはピラミッド状に積み重なっている桜桃ジュースの山。しかしながら俺の誕生日は一ヶ月後のバレンタインだ。

 ひょっとするとクラスメイト達は、とんでもない勘違いをしているのかもしれない。ただここで訂正したら、それはそれで恥ずかしい思いをさせてしまうことになる。

 どうしたものかと考えながらアキトの方を振り返ると、親友はグッと親指をあげた。


「米倉氏の誕生日まで一ヶ月前プラス三日前と少々早過ぎではありますが、家庭研修期間なりセンターなりを考慮すると祝えるタイミングは今くらいかと思いまして」

「え……? ってことは…………」

「どう見ても時間稼ぎ担当です、本当にありがとうございました」


 要するに勘違いではなく、俺の誕生日がバレンタインであることを理解した上での祝福。それもアキトが計画実行犯の一人だったと聞かされて思わずポカーンとする。


「さ、櫻君。おめでとう!」

「これだけあれば誕生日までは持つだろ……」

「米倉ーっ! 一気! 一気! 一気!」

「いや無理言うなよ! でも皆、マジでありがとうな」


 仲間達に礼を言いつつ、ピラミッドの上から順番に桜桃ジュースを取っていく。上から順に一本、四本、九本、十六本の四段……合計にして三十本だ。

 半分は家に持ち帰るため鞄に詰め込み、もう半分は学校での昼食用としてロッカーの上に並べる。知らない人が見たら目を疑うような光景ができあがった。


「拙者からはおまけにこれをドゾー」


 渡辺の時みたいに金銀の天使を探すようなイベントがないため、少しすると誕生日ムードは一段落。いつも通り昼食を食べ終えたところで、アキトが鞄を漁り始める。

 今度は一体何が出てくるのかと思いきや、差し出されたのはチェーンがついた銀色の十字架。それも前に話をしていた正十字だった。


「おおっ! サンキュー。ひょっとしてジャパネット店長か?」

「ノンノン。今回は拙者の自前ですしおすし」

「へー………………ん?」


 最初はアキトが探してきたという意味に捉えていたが、少ししてそれが違うと気付く。

 これといった装飾の類はない、一センチサイズのシンプルな正十字ネックレスを受け取ると、片面はぷっくらしており反対の面は平ら。そしてほんの僅かだが歪さを感じる。


「もしかしてお前これ、自分で作ったのか?」

「購入したら負けだと思ってる」

「これを手作りって……マジかよ? 流石に凄すぎるだろ……」

「まあ手作りと言っても、キットを使っただけですしおすし」

「物の価値を決めるのは気持ちだ、By店長ってか?」

「今回の場合は純銀製ですし、ぶっちゃけ気持ちだけじゃなくお金も掛かってますな」

「え……純銀って、いくらくらい掛かったんだ?」

「それは聞かないのがマナーな希ガス」

「お、おお。何て言うか、本当にサンキューな」


 それでも気になり後でこっそり火水木に聞いたところ、推定価格は恐らく一万円前後とのこと。高校生にとって一万円というのは、お年玉に匹敵するレベルの大金だ。

 特にこだわりもなく完全にノリで口にしただけだったのに、まさかこんな物凄い正十字が出てくるとは完全に予想外。とてもおまけとは呼べないプレゼントに改めて礼を言うと、失くさないように学生服のポケットへと入れた。

 一ヶ月早い誕生日祝いにテンションが上がりつつ帰宅した俺は、今日も机に向き合うと格言が書かれた湯島天神の鉛筆を手に取る。

 いよいよセンター試験間近になったため、最近はシャープペンじゃなく鉛筆を使用中。通常の鉛筆は断面が六角形だがこの鉛筆は四角形であり、その理由は転がりにくい他に『五を欠く=合格』だとか『四角=資格が取れる』なんて意味があるらしい。

 1ダース12本のうち、半分の6本には『一歩一歩進め』や『自信は努力から』といった格言付き。しかしこれらは本番で使えないため、鉛筆慣れのための練習用だ。


『人に頼るな 自分でなせば叶う……なんて言ってるけど、人に頼ることは悪くないわよ? 受験は自分との戦いだけど、辛い時はちゃんと家族に頼りなさい☆』


 そのうちの一本には、格言に続ける形で手書きの文章が追加されていたりする。一体いつの間に書いたのかは知らないが、これのせいで迂闊に削れなくなってしまった。

 全くもって困った姉だが、三年前は今の俺みたいに頑張ってたんだろうか。


「…………」


 同じ屋根の下で生活してたけど、辛そうな姿なんて微塵も見せなかった気がする。

 単に自分が高校受験中で気付かなかった可能性もあるが、受験勉強を通じて姉の隠れた偉大さを改めて感じながら、ラストスパートを掛けるのだった。




 ――――センター試験まで、残り三日。

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