四十八日目(日) 高校生はRPGの船を手に入れる前だった件

「お兄ちゃん! あけましてうめでとう!」

「はいはい。うめでとう」


 本日は元旦だが、大晦日まで勉強尽くしだったためどうにも実感が沸かない。

 テレビの類は当然見る余裕なんてなく、この時期の特番も面白そうなものは片っ端から録画中。既に結構な量が溜まっているため、消されないか不安になってくる。

 正月らしい行事は朝食のおせち料理を堪能したくらいで、初詣も今年はパス。神に頼むよりもやるべきことは山ほどあるし、風邪を貰う可能性を考えたらリスクの方が大きい。

 もっとも両親はこの手の縁起を担ぐため、しっかり合格祈願のお守りを購入して帰宅。昼食は外食に決まったようで、新年早々に家族全員で回る寿司屋へと向かった。


「ほらほら櫻~。手を洗ってもいいのよ~?」

「アホか」


 お茶を淹れるための給湯装置の蛇口を見るなり定番のボケをするのは、大学も冬休みに入って帰省中の我らが姉上。イヤリング等のアクセサリーは付けておらず、髪色も黒に戻っておりすっかり落ち着いた雰囲気になっている。

 数ヶ月後には四年生になる姉貴だが、医学部の医学科は卒業まで六年間あるらしい。看護学科なら四年間だったものの、ようやく折り返しと言ったところだ。


「ほらほら梅~。アナゴがあるわよ~?」

「フ~グ田く~ん」

「じゃあ炙りアナゴはどうなるんだ?」

「えっと……フォゥグォゥ田くぉぅん」

「お? ゆず塩炙りアナゴなんてのもあるぞ」

「う…………フォオオオオオオオオオ……ゲホッ! エホッ!」


 新年を迎えてもアホな姉妹に苦笑いを浮かべつつ、タッチパネルで寿司を注文。回転寿司とは言ったものの、自然に流れてくるのを取らなくなったのはいつからだろうか。

 いくらやサーモンといった王道は勿論、カルビ寿司やエビ天寿司、コーンマヨ巻きといった邪道メニューも食べて英気を養い、帰宅後は再び自室へこもる。

 元旦くらい勉強を休んでも罰は当たらないかもしれないが、夏休みの分のツケがある俺の場合は遅れを取り戻すチャンスなんてこういう時間しかないだろう。


「よしっ!」


 最近やっているのは空のシャープペンに芯を一本だけ入れて、それが無くなるまで勉強を続けるという自分ルール。始めた当初はわざと長めに出して折るという卑怯な行為もしたが、最近はちゃんとノルマをこなすようになった。

 机の傍らには、計算用の裏紙として要らなくなったプリント類の束。受験が終わるまでにこれらを使い切るのが目標と、ゲーム感覚にすることでストレスを緩和させている。

 音楽に関しては聞く派と聞かない派で意見が分かれるようだが、俺はどちらかと言えば聞く派。もっとも勉強中は完全にバックミュージックと化しているため、聞くと言うよりは流しているだけに過ぎない。


「ふにゅううううううううううう!」


 …………というか、イヤホンをしていないと騒音被害が酷かったりする。

 どうやら梅と姉貴がゲームで盛り上がっているらしく、曲と曲の合間に奇声が聞こえてきた。あの仲良し姉妹が遊び出すと、火水木並に声がでかくなるんだよな。

 ゲームと言えば好きなシリーズの新作が発売されたため、やりたい欲はあるものの残り数ヶ月の辛抱。スマホ組はソシャゲ等の誘惑もあって大変そうだが、その点に関しては俺みたいにガラケーの場合だと一切問題なしである。

 高校受験の時は携帯ゲームにハマっていたため、これじゃ駄目だとダンボールへ入れてからガムテープを何重にも巻いて厳重に封印…………したものの、ハサミという文明の利器によって一瞬にして封印が解除されたなんてこともあったっけな。


「………………ふう……くう~~っ!」


 一区切りついたところで、水分を補給しに一階へ降りる。父上は正月番組を流しながらソファで眠っており、母上は夕飯の仕込み中。既に正月とは思えない雰囲気だ。


「お疲れ様。何か淹れる?」

「いや。大丈夫」


 本格的な休憩をしてしまうと再開も遅くなると学んだため、母親の何気ない心遣いに感謝しつつやる気が消えないうちに階段を上がる。

 するとゲーム大会が一段落ついたのか、丁度良く仲良し姉妹が和室から登場。そのまま自分の部屋へ戻っていく妹に対し、姉貴は俺を見るなり足を止めた。


「ちゃお~」

「おう……って、何で自然と部屋まで入ってきてるんだよ?」

「櫻、ちょっと太った?」

「やかましいわっ!」


 確かに自分でも少し気になっていたが、いざ指摘されると微妙に傷つく。最近は夜食を取ることが増えてきたし、休憩に飲んでいるアップルティーも原因の一つかもしれない。

 部屋を出ていくどころか居座るつもりなのか、部屋を見渡してからベッドに腰を下ろした姉貴は、ごろんと横になり大きく欠伸をした。


「ふぁ~。しかし櫻が大学受験なんて、あっという間ね~。それで、調子はどうなの?」

「模試は最後までC判定だったし、何とも言えないな」

「はえ~。頑張ってるじゃない」


 月見野から変えた方が良いんじゃないかと親に言われた時期もあったが、最近は可能性が出てきたためか何も言われなくなった気がする。もっとも単に俺が頑固で、何を言っても無駄だと呆れられただけかもしれないが。


「そんな頑張ってる弟に、桃姉さんから名言を一つ」

「迷言の間違いだろ」

「センター試験は失敗するものだと思いなさい」

「人がせっかく頑張ってるのに、何てことを言いやがるっ?」

「話は最後まで聞きなさいな。確かにセンターは大事だけど、所詮はスタートに過ぎないでしょ? 例えスタートで遅れても、ちゃんとゴールすれば問題ないじゃない」

「む……確かにそうかもしれないけど……」

「まあ受験なんて人生のほんの一部に過ぎないんだから、気楽にやりなさいな」

「現在進行形で頑張ってる受験生に対してそれかよ?」

「全員が合格するなんてハッピーエンドはないんだし、世の中には受験に失敗して自殺するような子もいるじゃない? 桃姉さん的には、櫻にはそんな風になって欲しくないな~って」

「ならないっての」

「それならいいけど、高校生なんてRPGで言えば船を手に入れる前までよ? 大学生になったら一気に世界が広がって、色々なことができちゃうんだから」


 知らないうちにパスポートを取っており、来月にはバイトで貯めた金でシンディさんと一緒に海外旅行へ行く予定らしい姉貴が言うと説得力があるな。

 人の布団をぐちゃぐちゃにしたお邪魔虫二号は「よっこいしょういち」とくだらない掛け声と共に起き上がるなり、机の隅に貼っていた二枚のプリクラを眺める。一枚は文化祭の打ち上げでクラスメイトと、もう一枚は合宿の際に陶芸部メンバーで撮ったものだ。


「高校生は楽しかった?」

「ああ」

「大学生も同じくらい楽しいわよ。まあベクトル的には違うけどね~」

「どういう風に違うんだ?」

「甘酸っぱい青春ができるのは高校生! 自由に特化してるのが大学生!」

「何だそりゃ?」

「いつか櫻にも分かる時がくるかもねん☆」


 伊東先生の青春教が、とうとうここまで広がっていたのだろうか。

 まるで大学生だと青春できないような言い方をした姉貴は、俺の肩をポンと叩いた。


「とにかく50%だろうと10%だろうと、可能性がある限り精一杯あがきなさい。命中率90%の技ってよく外れるし、10%って意外に高いのよね~」

「知らんがな」

「それじゃあ、お邪マンモス~」


 言いたいことだけ好き勝手に言った姉貴が部屋を出ていき、俺は大きく溜息を吐いた。




 ――――センター試験まで、残り二週間。

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