三十八日目(木) 受験生のクリスマスイブイブイブが終業式だった件
睡眠に徹して土日を過ごした結果、月曜には無事に熱が下がり体調も回復。授業らしい授業もない微妙な三日間を終えると、思い出深い文化祭から始まった長いようで短かかった二学期も今日で終業式を迎えた。
返却された通知表の評定は4.18。惜しくも4.3には届かなかったもののクラス内の順位は三位であり、我ながら中々の数字を取れたと思う。
そして最後となる模試の結果も先日返ってきており、合計得点は631点。ついに最低ラインである七割の壁を、ギリギリではあるが超えることができた。
判定は変わらずCのままでありB判定には上げられなかったが、必要な点数は着実に減ってきている。前回の結果がマグレではない証明にもなって、少し自信もついてきた。
「そ、それじゃあ櫻君。良いお年を」
「問1。この場合における良いお年とはどういう意味か(5点)」
「えっ?」
「不正解だ。アキト、答えは?」
「②な希ガス」
「正解!」
「えぇっ?」
「甘いな葵。センターの選択肢はあいうえじゃなくて、①②③④だぞ?」
「ついでに言うならセンター全体の統計だと一昔前は③、最近だと②が多いので困った時は②か③がオススメだお。ただし国語の場合は五択問題で④が多いという統計もあるので、最後の選択肢の一つ前を選ぶというのも有りですな」
「そ、そうなんだ……」
「まあ冗談はさておき、お互い頑張ろうな」
「う、うん!」
「拙者も全力でサポートするでござる」
俺が手を差し出すと、葵とアキトがその上に手を重ねていく。
「二年後に!!! 屋代学園で!!!」
「えぇぇっ? に、二年後だと留年してるんじゃ……?」
「うるせェ!!! いこう!!!!」
「えぇぇぇっ?」
「そこは『ええ』じゃなく『おお』と答える場面な希ガス。冗談はさておきと言っておきながらどう見てもワンピネタです、本当にありがとうございました」
今年最後の挨拶もとい下らない雑談をした後で、友人達と分かれ駐輪場へ向かう。
自転車に跨った後で向かった先は帰り道ではなく、少し離れた位置にあるFハウスの駐輪場。その理由は夢野から『一緒に帰らない?』というメールが届いていたからだ。
前に俺の自転車の前で待ってくれていた時の真似をしようとしたが、夢野の自転車には傘スタンドのような目印はないため判断基準は色と形のみ。うろ覚えの記憶を辿りつつうろうろしながら探しているうちに、夢野本人が駐輪場へとやってくるのが見えた。
「あっ! ごめんね。待たせちゃった?」
「いや、今来たところだ」
「わざわざこっちまで来てくれてありがとうね。もう風邪は大丈夫そう?」
「ああ。完全復活、パーフェクト米倉櫻様だぜい!」
「本当に? 頭とかクラクラしてない?」
「クラクラだけにってか?」
「もう。そういう意味じゃなくて、真面目に!」
「悪い悪い。身体なら本当に大丈夫だよ」
「それならいいけど……米倉君も大事な時期なんだから、あんまり無茶したら駄目だよ?」
「わかってるって。アキトからも怪我には注意しろって言われてるしな」
「あ! 忘れないうちにこれ、ミズキから」
「ん、サンキュー」
先日電話で話していた、どう見ても新品にしか見えないくらい丁寧に扱われていた火水木お古の参考書を受け取ると、夢野と共に自転車を漕ぎ出し帰り道を走り始める。
梅が俺の容体について阿久津へメールを送っていた頃に、夢野も俺に雑談メールを送っていた様子。もっともそのメールに気付いたのは、熱が下がり始めた日曜日だった。
「水無ちゃんも大丈夫そう?」
「ああ。月曜に会った時は元気だったし、冬雪も問題ないって言ってたよ」
「そっか。望から話を聞いた時はビックリしちゃった」
「色々と心配かけて悪かったな」
「ううん。できることがないか色々考えてみたけど、私には何もできなかったから……」
過去に父親を亡くしている夢野は、阿久津の気持ちがよくわかるのかもしれない。
元気で問題ないと言っても俺と違い完全復活とまではいかない幼馴染の少女は、時折訪れる寂しさを梅や冬雪、早乙女との雑談で紛らわせているようだ。
そんな中で驚いたのは、親の敵の如く憎まれていた後輩少女から俺宛てに感謝のメールが届いたこと。いつになく礼儀正しい文章に違和感しかなかったため『似合わないぞ』と返したら、調子に乗るなとばかりに普段通りに罵られた。まあこれで良いんだろう。
「水無ちゃんも辛いだろうけど、今は頑張らないとね」
「センターまで残り一ヶ月を切ったしな」
「一ヶ月……センターもそうだけど、学校に来る日はもっと少ないなんて嘘みたい」
こうして夢野と一緒に帰る機会も、そう多くはないだろう。
ついこの前入学した気がするのに、もう卒業が見えていると思うと不思議な気分だ。
「コンビニに寄ってた毎日が懐かしく感じるな」
「ふふ。そうだね」
あのコンビニの制服を着ている夢野の姿は、実はもう拝めなかったりする。
卒業後は将来を見据えて保育補助のアルバイトを考えているらしい少女は、受験が終わった後もコンビニに戻ることはなかった。
「ねえ米倉君。今日も寄っていかない?」
「ん? ああ。いいぞ」
夢野と一緒に代山公園で自転車を止めると、のんびりジョギングコースを歩いていく。
小学校も終業式だったようで、公園内は前に来た時よりも子供達の数が多い。そして前方にはコートのポケット内で手を繋いでいるカップルもいた。
俺は当然の如く手袋を装備中だが、冬にデートする場合は持ってこない方が良いのかもしれない……なんてしょうもない考察をしながら、夢野とベンチに腰を下ろす。
「さてと、検診の時間です」
「お?」
「米倉君。最近の調子はどう?」
「はい先生! 成績も模試の結果も良かったし、最近は頑張ってます!」
「偉い偉い。それじゃあ何か辛いことは?」
「んー…………強いて挙げるとすれば、肩とか首が凝って少し辛い……とか?」
「うん。よろしい」
そう言うなり夢野は手袋を外して立ち上がると、俺の後ろに回り肩を揉み始める。
前に冬雪に揉んでもらったこともあるし、我ながら人間関係には本当に恵まれているなと思いながら、ナース姿も似合いそうな少女の厚意に甘えた。
「痛いところはないですかー?」
「あ~~~。気持ちいい」
「それでは、こちらは少しお預かりしますね」
肩が終わると今度は首のマッサージ。俺が巻いていたマフラーを外した少女は、柔らかい掌で首の後ろを優しく包みつつ筋肉をほぐしていく。
俺は目を瞑ると脱力して俯き気味になり、重い身体を夢野に委ねた。
「はーい。お疲れ様でしたー」
「だいぶ楽になったよ。ありが…………?」
少ししてマッサージは終わり、俺の首に再びマフラーが巻かれる。
しかしながら視界に入った色は、先程まで付けていた物とは異なっていた。
肌触りも違う。
温かそうなネズミ色に、ふわっとした毛糸の感触。
夢野の手によって丁寧に巻かれたのは、見たことのない長めのマフラーだった。
「メリークリスマス」
「え……? これって……」
「少し早いけど、クリスマスプレゼント♪」
「いいのか?」
「うん。私にできることって、これくらいしかないから」
「いやいや、充分凄いって。ありがとうな」
「どう致しまして。もう風邪なんて引いちゃ駄目だよ? それとこっちは梅ちゃんに」
手編みマフラーの温かみを感じながら、微笑む少女に礼を言う。明日が誕生日である妹の存在をすっかり忘れていたのは内緒だ。
充分なリラックス&リフレッシュができたところで、俺達は代山公園を後にすると普段通りコンビニ前で別れを告げる。
「米倉君。頑張ってね」
「ああ。夢野も、よいお年を」
「うん。よいお年を」
今年はクリスマスパーティーや部室の大掃除、大晦日の初詣で会うこともないだろう。
受験生にクリスマスはないと言っておきながら思わぬプレゼントを貰った俺は、改めて気合いを入れ直した後で自転車のペダルを漕ぎ出すのだった。
――――センター試験まで、残り三週間。
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