三十日目(水) 1ON1と罰ゲームだった件

 ドリブルを始めた少女が、姿勢を低くして切り込む。

 以前に見たことがある動き。

 俺は脇の下を潜り抜けられないように、腰を低く落とし両手を広げた。


「っ」


 阿久津はくるりとターンするが、逆方向から抜かれないようにステップを踏む。

 攻め切れないと判断した阿久津が、一旦姿勢を上げるとドリブルを緩めた。

 その一瞬の隙に素早くボールへ手を伸ばす。


「!」


 当たった。

 しかし奪うまでには至らない。

 飛んでいきかけたボールを、阿久津が慌ててキャッチする。

 スティールはできなかったものの、これでもうドリブルはできなくなった。

 負けていない。

 いや、そう簡単に負ける訳にはいかない。

 三年間のブランクに加えて、慣れない低さのリングとあれば俺にも勝機はある。

 思わぬ事態に驚いた様子の少女は、不敵な笑みを浮かべた。


「やるじゃないか」

「まだまだこれからだ」


 阿久津はフェイクを入れつつシュートを打つが、ボールはリングに跳ね返る。

 俺は高々と跳び上がると、抱え込むようにしてキャッチした。


「ふう……次は俺の攻撃だな」

「そう簡単には入れさせないよ」


 位置につきパスが返された後で、俺の反撃が始まる。

 ディフェンスは根性で何とでもなるが、オフェンスはそうもいかない。

 それでも無策と言う訳ではなく、ちゃんと阿久津を待っている間に作戦は考えてきた。


『はえ? バスケ初心者でもできる技? う~ん、相手を抜くってなるとフロントチェンジかロールターンだけど、そもそもお兄ちゃん左手でドリブルできないでしょ?』


 左手でやるどころか、右手ですら相変わらず鞠つきみたいな緩いドリブルしかできない。

 だからこそ技術力の無さは、身長と腕の長さでカバーする。


『えっとね~、ドリブルはとにかく相手から遠い位置でやること! 身体を半分だけ相手に向けて、空いてる方の手でディフェンスをブロックする感じ?』


 梅先生の教えに従えばあら不思議。手鞠のような俺のドリブルでも、どこかそれっぽくなったような気が……いや、ボール見てないと無理だしやっぱり初心者だな。

 それでも梅梅ゼミで学んだことは無駄ではなく、阿久津からスティールされないままゴリゴリの力押しでじわりじわりと前進。シュートが狙える距離にまで近づいてきた。


『ファール? ただでさえ無理な相談なのに、お兄ちゃん何言ってんの? バスケで接触なんてよくあるしセーフセーフ。それにミナちゃんとくっつけるなら本望でしょ?』


 確かにお互いの肩が触れ合ったりしているものの、こういうフィジカルコンタクトは俗に言う世間一般の『くっつく』とは明らかに違う気がする。

 何はともあれここまで来ることができた俺は、先程の阿久津を真似てドリブルのリズムを変えると、大きく一歩を踏みこみ強引に抜くような素振りを見せた。


「っ?」


 守っていた少女が一歩退いた瞬間、ボールを手に取りシュートを放つ。

 外れた時に備えて素早くゴール下へ走り込みリバウンドの準備をしたが、運が良いことにボールはリングに当たらないままスパッという音を立てて綺麗に入った。


「よっしゃ!」

「ふむ。先に5ゴール決めた方の勝ちにしようか」

「お、いいぞ」


 阿久津も暑くなってきたのか、はたまた熱くなってきたのか。コートとブレザーを脱いだ少女は、ブラウスの袖を捲ると先程よりキレのあるドリブルを見せる。


「行くよっ!」


 負けず嫌いな幼馴染の掛け声と共に、本格的な1ON1が始まった。

 スカートが捲れることなんてお構いなしに、阿久津は先程よりも速くターンして高く跳び上がる。周囲が暗い上にタイツを履いていたため、見えたのはお馴染みの暗黒空間だけ……もっともそれをゆっくり拝んでいる余裕はなかった。

 本気を出してきた阿久津に対し、俺は必死に食らいつく。苦し紛れシュートもリングが低いと意外に入り、例え外れてもリバウンドまで諦めない。

 お互いにシュートを打っては攻守交替を繰り返し、戦いは五分五分のいい勝負。最初の一本以降は無得点だった前回と違い、善戦できている時点で充分満足だ。


「はあ、はあ、はあ……ふう。これで4対3だね」

「まだまだ……俺が入れれば……同点だろ……」

「5対5で並んだ場合は、サドンデスでいいかい?」

「おう」


 もっとも阿久津は阿久津で、俺以上に満たされていたのかもしれない。

 バスケをしている少女は、いつになく楽しそうだった。

 俺のシュートがリングに大きく弾かれてボールがコートの外に出ると、最後になるかもしれない阿久津の攻撃が始まる。

 ダム、ダム、と一定の間隔で鳴っていたドリブルのリズムが変わった。


「!」


 左右で行われるドリブルに揺さぶられながらも、抜かれないよう必死に食らいつく。

 少しずつゴールへと近づいてきた少女は、リングを確認しドリブルを止めようとした。


「――――っ?」


 ドリブルを止める……というフェイク。

 シュートが来ると錯覚した俺は、両手を大きく上に挙げた。

 瞬間、ボールを取ると見せかけた阿久津が華麗なドリブルで俺の横を抜ける。


『シュート・ヘジテイションって言うんだけど、ドリブルを止めてシュートを打つと見せかけて、実は打たずに突破~みたいなの。こういう目線でのフェイクなら、お兄ちゃんでもできるんじゃない?』


 ああこれ、梅梅ゼミでやったところだ。

 そう思い振り返った時には既に、少女は高々と跳んでいた。

 大きく腕を伸ばした、お手本のように綺麗なフォームから放たれるレイアップ。

 バックボードに当たったボールは、勝敗を決定づけるシュートになった。


「ボクの……勝ちだね……」

「ああ……ナイッシュー……」


 お互いに肩で息をしながらも、ゆっくりと呼吸を整えていく。

 気付けばクラブチームの練習は終わっており、校庭にいるのは俺達だけだった。


「さて、罰ゲームは何にしようかな」

「ちょっと待て。そんな話は聞いてないぞ?」

「そうだろうね。今ボクが決めたんだ」

「うぉい!」

「そう心配せずとも、飲み物一本で手を打とうじゃないか」

「まあ、それくらいなら」


 俺と阿久津は小さく笑い合った後で、それぞれ制服やコートを着直す。

 そして転がっていたボールを拾いあげると、のんびり歩きつつ南小を後にした。

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