二十一日目(月) 俺の幼馴染の合格発表日だった件

 暦はいよいよ十二月へ。朝の天気予報では雪がチラつくなんて言っていたが空模様は曇りのままであり、午後になってもみぞれどころか雨すら降る気配もない。

 最近はモチベーションを維持しながら勉強ができている俺は、いつになく連絡事項が多いヤーさんの話を聞き流しながら机の下で携帯の画面をジッと見つめていた。

 月見野大学、獣医学部。

 その公募推薦の合格発表日が、他ならぬ今日だったからだ。


「…………」


 こちらから連絡を取ることは一切なく、ただひたすらに待ち続けた。

 授業が終わる度に携帯を確認していたが、未だにメールが送られてくる気配はない。

 文明の利器によってネットで合否が確認できる今の時代。休み時間に喜びの声を上げるクラスメイトもいるくらいだし、まだ結果を見ていないということはないだろう。

 それに明日には物理演習の授業があるため、必然的に顔を合わせることになる。ひょっとしたら阿久津はその時に話すつもりなのかもしれない。


「――――くれぐれも風邪を引かないように。以上」


 今日に限ってホームルームを長引かせたヤーさんを少し恨みつつ、挨拶が終わるなり教室を出るとサテラーへと向かう……が、その目的は普段と異なり自習ではなかった。

 月曜日。

 それは阿久津の予備校が休みの日でもある。

 今は期末直前であり、流石にここ数日はテストに備えての勉強が中心。恐らく俺に限らずアイツも同じことを考えているだろうし、来ているかどうかはわからない。

 それでも今日のうちに、阿久津の口から結果を聞きたかった。

 早足でモールを進むとFハウスの階段を一段飛ばしで上がり、自習室に足を踏み入れる。


「!」


 期末テスト直前ということもあって生徒は少なく、阿久津の姿を探しつつ奥へ進むと流水のように綺麗な長髪は意外にも早く見つかった。

 本人確認のため横から覗き込んだ後で、画面に映っている講師をボーっと眺めている少女の肩をトントン叩くと、振り返った阿久津は俺を見るなり黙ってヘッドホンを外す。


「ちょっといいか?」


 この場で話すのは他の生徒に迷惑のため、俺は小声で告げつつ外に出ようとジェスチャー。それを見た阿久津はヘッドホンを机に置くと、俺の後に続いて廊下に出た。


「どうしたんだい?」

「あ、いや、聞いておきたいことがあってさ」

「聞いておきたいこと?」

「その……今日、合格発表日だろ? それで……どうなったのかって思って」

「ああ、すまなかったね。物理演習で会った時に話そうと思っていたけれど、気にかけてくれていたのなら連絡しておくべきだったかな」


 阿久津は納得したような表情を浮かべる。

 そして軽く溜息を吐いてから、結果についてサラリと答えた。


「残念だけれど、不合格だったよ」

「そ、そうか……」

「正直、手応えもあまりなかったからね。駄目だろうと覚悟はできていたかな。まあこれでボクもキミと同じ一般受験。気持ちを切り替えて頑張っていくよ」


 阿久津は落ち込んでいる姿を見せず、普段通りに淡々と話す。

 覚悟はできていたと言ってもショックだろうし、単なる強がりかもしれない。

 落ちていた場合は、励ましの一言でも掛けるつもりだった。

 それでも今のコイツが俺に求めているのは、そんな言葉ではない気がした。


「そうだな。俺も頑張らないと! 邪魔して悪かった」

「気にする必要はないよ……と、今日はやっていかないのかい?」

「え? ああ、流石にテスト直前だからな」

「そうなるとキミはボクの合否を聞くためだけにここまで来たということになるけれど、 それくらいならメール一通で済んだ話じゃないか」

「確かにそうかもしれないけど、やっぱりこういうのって本人の口から聞くべきかなって思ってさ。それに万が一お前が落ち込んでたら、磨きに磨いた必殺の爆笑トークで励まそうと思ってたからな」

「ふむ。色々と気を遣わせていたようですまなかったね。もしものことがあった時は、キミの言うその爆笑トークとやらに期待しているよ」

「任せておけ。それじゃあな」


 俺は阿久津を残し、くるりと振り返る。

 そのまま廊下を歩き始めたところで、不意に少女が呼び止めた。


「櫻」

「ん? 何だ?」

「…………いや、やっぱり何でもないよ。ありがとう」


 例えその姿に普段の凛々しさがないように感じたとしても。

 ここ最近は不敵な笑みを見かけなくなったとしても。

 阿久津から言い出さない限り、俺に出来ることは何もないだろう。

 何故なら、それが幼馴染の少女が望んでいることなのだから。


「どう致しまして」


 そうとわかっているからこそ、俺は深く追求することなく去っていく。

 再び少女に背を向けた後で、一度止めた足を動かし前に進んでいくのだった。

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