十日目(木) 十年後の自分への手紙だった件

 本日の天気は雨。天気予報の最高気温も一桁になり、いよいよ本格的な冬の始まりを感じさせられる。

 何かの役に立つかもしれないと、アキトと共に受験していた数検二級を二人揃って無事に合格する中で、風邪から復帰した親友にはもう一つ吉報が舞い降りていた。


「しかし流石だな」

「㌧クス」

「Congratulation……Congratulation……」

「黒服乙。ちなみにCongratulationだと単に『祝い』の意味であって、おめでとうの場合はCongratulationsですな。Thanksと同じで複数形にすることで感情の大きさを表すらしいお」

「制裁」

「ちょま!」


 指定校推薦の結果が届いたようで、アキトが無事に合格を決める。進路は家業である文房具店を引き継ぐことを見越しての経済学部。しかも成績優秀者だけあって普通の大学ではなく、ブランドのある名門私立だ。


「センターは受けるのか?」

「既にお金は支払い済みですしおすし、拙者の限界を試しに行くお。入学した後で楽するためにも、まだまだ勉強は続くでござる」

「アキト青年の大学生編にご期待くださいってか?」

「フヒヒ、サーセン」


 先生達は「合格が決まった後も勉強を続けるように」なんて口にしているが、もしも俺だったら間違いなく遊んでいるだろう……というよりも、屋代に合格した時は実際そうだった気がする。まあその結果として、一年の一学期はこれ以上ないくらいにボロボロだったけどな。

 アキトなら大学の勉強くらい簡単についていけそうだが、俺や葵のような受験組に気を遣ってくれているのかもしれない。


「米倉氏が必要とあれば、この伝説の参考書を一日につき飲み物一本で貸すお」

「ざわざわしそうなくらい暴利だな。葵にツケといてくれ」

「えっ? な、何の話?」

「これから毎日、俺達二人にジュース一本ずつ宜しくな」

「えぇっ?」

「ちゃっかり倍増されててワロタ」


 通りすがった葵を巻き添えにしつつ、アキトからも参考書を譲り受ける。


「何かこうしてると、仲間達から力を貰う主人公みたいな気分だな」

「それにしてもこの米倉氏、オラに元気を分けてくれ状態である」

「どっちかって言うと、力尽きたパーティーメンバーの形見を使って戦うイメージだ」

「おうふ。まさか殺されてるとは思わなかったでござる」


 仮に俺達三人で冒険するとしたら俺が敵の攻撃を受ける前衛職で、アキトは魔法を使う後衛職。そして葵が回復役といった感じで、上手い具合にバランスが取れてそうだ。


「他に必要なものがあれば協力するお」

「そうだな…………じゃあ十字架をくれ」

「ブッフォ。また随分と唐突ですな。何故に十字架なので?」

「特に理由はないけど、何かこう恰好良いだろ。スイスの国旗みたいなやつとかさ」

「正十字ですな。てっきり神に祈り始めるのかと思ったお」

「神は死んだってニーチェも言ってたからな」

「ではニーチェの考えた、強者をはねのけられない弱者の恨みのことを――――」

「『ルサンチマン』だな」

「人間の生きる目的や生きがいは失われ――――」

「『ニヒリズム』か?」

「お見事。これで独学とか、あるあ……ねーよ」

「覚えるだけなら、やろうと思えば何とでもなるからな」


 そう考えると中学時代の理社は勿論のこと、高校での日本史や世界史、生物や地学といった記憶系科目も点数を取れたことになるが……まあ過ぎた過去を気にしても仕方ないか。

 アキトが出してくる問題に答えていると、不意にクラスメイトの他愛ない会話が耳に入ってきた。


「――――昨日学校に通う日数を数えてみたら、残り35日しかなくてよー」


 高校生の年間授業日数は200日前後のため三年間で600日近くあった筈なのに、こうして仲間達と顔を合わせる機会が実質一ヶ月程度しか残っていないという事実に内心驚きを隠せない。


「…………!」


 カレンダーを眺めていると、丁度一ヶ月後はクリスマスイブだったことに今更気付く。

 昨年と一昨年は陶芸部でパーティーを楽しんだものの、受験生にクリスマスなんてものは皆無。今年は靴下に『時間』と書いた紙でも入れてみようかなんて考えていると、チャイムと共にヤーさんが現れロングホームルームが始まった。

 今日は一体何をするのかと思いきや、十年後の自分へ手紙を書けとのこと。何でも時期になったら自宅へ郵送されるらしく、一枚の便箋が配られていく。


「十年後ねえ……」


 いきなりそう言われても、何を書くべきか全く思いつかない。

 周囲でも仲間達が手をこまねいている中、一人スラスラと進んでいるアキトに声を掛ける。


「順調そうだな」

「悩んだら負けな希ガス。ほい」

「ん? 見ていいのか?」

「参考にしていいお」


『必殺、妖鬼百風無現剣! 未来の拙者に大ダメージ!』


「どんな書き出しだよっ?」

「いや人生なんて何が黒歴史になるかわからないですしおすし。いっそのこと記憶から消してそうな負の遺産のオンパレードを、ここに全て詰め込んでおこうかと思いまして」

「それ完全に不幸の手紙だろっ?」


 奇抜な発想をする親友は参考になりそうにないため、改めて自分の便箋と向き合う。

 この手の類は小学校や中学校の時もやったが、小学校の時は十年後のイメージが見当違いだったし、中学時代は面倒で『地球を救え』とか適当なことを書いただけだ。

 年齢にして二十七歳……自分がどんな風になっているかは見当もつかないが、未来の自分が恥ずかしい思いをしないよう真面目に考えた後でシャープペンを動かし始めた。






 十年後の米倉櫻へ。


 よう、未来の俺。元気にしてるか?

 この手紙を書いてる俺は今、センター試験まで二ヶ月足らず。月見野大学合格に向けて必死に受験勉強中……もとい、地獄みたいな毎日を送ってるところだ。

 無事に月見野には合格できたか?

 そして、良い先生になれたか?

 もしそうだとしたら本当に良かったな。違ったとしたら、もっと頑張ってくれよ。


 今でも梅や姉貴は相変わらずコントをしてるのか? 何かと面倒臭い姉妹だと思うかもしれないけど、大切な家族なんだから喧嘩しないで仲良くな。


 アキトや葵は元気か? 多分卒業した後も会ったりしてると思うけど、数少ない友達なんだから大事にしろよ。特にアキトには世話になった恩返しをするんだぞ。


 冬雪や如月のこと、ちゃんと覚えてるか? それに渡辺とか但馬とか太田黒とか、何だかんだでクラスメイトには恵まれた高校生活だったと思う。


 陶芸部の連中とは、まだ連絡を取ったりするのか? 多分火水木辺りが同窓会とか企画しそうだけど、あの楽しかった毎日を忘れたとは言わせないからな。




 …………そして彼女はできたか?




 高校生の俺はモテ期到来だったぞ。人生には三回のモテ期があるらしいけど、非モテな俺にとっては0が1になるようなもんだから、多分これが最後のモテ期だろうな。


 一回目は幼稚園の時のハーレム。

 二回目は小学校低学年の時の阿久津。

 三回目は高校一年の時に偶然コンビニで再会した夢野。


 もしも彼女がいるなら、言うまでもないだろうけど絶対、絶対、絶対に大切にしろよ?

 結婚は流石にしてないだろうけど、万が一してるなら本当におめでとう。

 逆にぼっちだった場合は……何ていうか、真っ当な人生を歩んでくれ。うん、ドンマイ。


 十年も経つと、昔のことなんてあんまり覚えてないだろ?

 俺は幼稚園の頃を忘れてたから、多分お前も高校生の頃を忘れてると思う。

 だからこの二年半で、皆に教えてもらったことを書いておくぞ。


 お前は別に駄目な人間じゃない。

 些細な一言や行動が、他人に大きな影響を与えることだってある。

 自分の知らないうちに、誰かを助けていることだってあるんだ。

 夢野にとってヒーローだったことを忘れてないか?

 阿久津から優しさが長所だって言われたことを覚えてるか?

 自分に自信を持て。

 そして余裕を持って生きろ。

 嫌なことがあったら、時には逃げたっていいんだ。

 苦手なことだって、辛いことだって、絶対に一人で溜めこんだりするな。

 困った時は家族に、友人に相談すればいい。

 特に親と兄妹は、お前が思ってる以上に頼れる存在かもしれないぞ。

 後は人間である以上、後悔するのは仕方ないことだ。

 後悔は別に悪いことじゃないけど、出来る限り悔いのない人生を送ってくれ。

 やらない後悔よりもやった後悔。挑戦する前から諦めたりするなよ?


 長くなったけど残りスペースが少ないし、そろそろ終わりにしよう。

 聞きたいことも言いたいことも沢山あるけど、まずは二十七歳を楽しんでな!




 十年前の米倉櫻より。

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