七日目(月) 銀の天使と金の天使だった件
土・日と休日を挟んだ月曜の昼休み。昨日の模試は手応えがあり、自己採点の結果もまずまず。そのため先週に比べて精神状態も落ち着いている。
しかしながらいつも一緒に飯を食べている親友は、珍しく風邪を引いてしまい欠席。今日は少々賑やかさに欠ける一日を過ごしていた。
色々と愚痴って迷惑を掛けた件の謝罪と合わせて容体確認のメールを送ったところ、幸いにもインフルエンザではないとのこと。推しキャラであるヨンヨンの画像付きで『花粉症の方がしんどいですな』と返信してくる辺り、思っている以上には元気そうだ。
「あっ……」
「三秒ルールだ。まだ食べられるぞ」
「えっ?」
寧ろ目の前でウィンナーを落とした友人の方が、アキトよりも辛いのかもしれない。
将来は映画関係の仕事に就きたいという大きな夢を持っている葵だが、先日受けた推薦入試の結果は不合格。勝負は俺と同じセンター試験以降へ持ち越しとなった。
一見普段と変わらない様子ではあるものの、落ちたとなれば焦りはあるだろう。それでも俺と違って表に出さない辺り、メンタルの強さを感じずにはいられない。
葵以外には
「へっくしょん! へっくしょん! あぁー、誰かに噂されてんな」
「も、もしかしてアキト君かな?」
「よし、逆探知してみるか」
「ど、どうやってするの?」
「知るかっ!」
「えぇっ?」
今のところ屋代では、他クラスでもインフルの波が来たという話は聞いていない。
生まれてこの方インフルになったことのない俺には無縁の話と言いたいが、流石に今年ばかりは油断できず、効果があるのか不明だが一応予防接種は受けておいた。
「そ、そうだ。櫻君。これ、前に話してたテキストだけど」
「む! ふっふー」
コンビニで買った安くて量のあるチョコチップスティックパンを食べていた途中、葵が鞄から使い古された数学の参考書を取り出す。
俺が姉貴から参考書を貰ったように葵も兄上から色々と譲り受けたらしいが、当の本人は数学を使わないため不要と言う話を聞いて、それなら欲しいと頼んだ一品だ。
「い、色々と書き込んであるし、大分古いけど……本当に良いの?」
「ノープロブレムだ。フリマアプリに『美少年使用済み』って書いて売ればいいんだろ?」
「えぇぇっ?」
「数学の問題はいくらあっても困らないし、今と変わらない単元もあるだろうからマジで助かるよ。できるだけ丁寧に使うけど、返す時にボロボロになってたら悪いな」
「か、返さなくて大丈夫だよ。遠慮なく使って」
「そうか。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ。サンキュー……と、来たな」
冗談を交えつつも厚意をありがたく受け取り、新たな武器を鞄に入れていたところで俺以上に噂されていた男が購買から帰還。こちらへ歩いてくる姿が見える。
普段ならそのまま俺達と一緒に飯を食べるクールな男は、教室に入るなり足を止めた。
「せーのっ!」
『渡辺君、誕生日おめでとーっ!』
教室内で女子陣による祝福の声が響き渡る。
そして先程まで行われていた打ち合わせ通り、少女達は手拍子と共に歌い始めた。
『ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデーディア渡辺くーん♪ ハッピバースデートゥーユー♪』
渡辺は呼び方が統一されていることもあり、難関である名前の部分もグダグダにならず。異常にハイリズムな誕生日ソングの中、当の本人は驚きのあまり珍しく呆然としている。
それもその筈。窓側の一番後ろという主人公的ポジションの男、渡辺の机の上には合計にして三十を超えるチョコ球の箱が塔のように積み上げられていた。
「ありがとう……いや、何かマジでありがとうな……」
最初は女子数人の小規模で行われていた風習だったが知らぬ間に大規模になっていき、今回は俺達にもチョコ球を買ってくるようにと女子陣から声が掛かった形だ。
クラスメイトの拍手に迎えられながら、渡辺は自分の席へと向かう。
「ナベ! 早く開けて天使探そうぜ!」
「そう言われても崩しにくいな……」
「いいからいいからー」
「カフェオレ味にホワイトミルク味……こんなのあったのか……?」
渡辺は積み上げられたタワーを躊躇いがちに崩すと、箱を丁寧に並べていく。
大半は基本であるピーナッツ味やいちご味やキャラメル味だが、一部のメンバーはバナナ味、スイートコーン味、パチパチ味、カフェモカ味なんてレア物を買ってきていた。
そして当然のように始まるのは天使探し。このチョコ球の箱の取り出し口には時折天使の絵柄が描かれており、金なら一枚、銀なら五枚集めると何が入っているのかわからない不思議な缶詰と交換してもらえる。
「お……出たぞ……」
「うおおおおおおおお!」
まるでユーチューバーみたいな開封実況が始まる中、最終的な結果は銀の天使が二枚のみ。銀なら俺も何度か見たことがあるが、金の天使って本当に存在するんだろうか。
いつになく楽しそうな渡辺を見ていると自分も……なんて考えたりするが、生憎と俺の誕生日はバレンタインでもある二月十四日。三年生は一月終了時点で家庭研修期間に入るため、残念ながら祝われることはなさそうだ。
渡辺から珍しい味のチョコ球を少し貰いつつ、盛り上がった昼休みは終了。五限、六限と授業を受けた後で、今日も放課後を迎えるなりサテラーに向かう。
Fハウスの階段が見えてきた辺りで、見慣れた後ろ姿を発見した俺は早足で進んだ。
「よう」
「やあ」
毎週の月曜日。
それは七月以前まで、陶芸部へ顔を出していた日でもある。
阿久津は相変わらず月曜以外は予備校へと通う毎日であり、部活を引退した今となっては授業以外で顔を合わせる数少ない曜日だったが、こうして会うのは久し振りだ。
「今日は随分と元気そうだね」
「そうか?」
「何かいいことでもあったのかい?」
「別にそんな訳じゃないけど、昨日の模試は手応えがあったぞ」
「それは何よりだね」
一昨日に推薦入試を終えた少女は、淡々と言葉を返してくる。
ほんの数日前までは酷い状態だった訳だが、コイツにそんな姿を見られなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。
「そういうお前こそ、調子はどうなんだ?」
「調子と言われてもね。良くも悪くもないし普通かな」
口では普通と答える阿久津ではあるものの、どことなく元気がないように見えた。
言葉には覇気がない……とでも言うべきか。
普段通りの受け答えだが、どことなく普通を装っているだけの薄っぺらな感じがする。
「そうか」
考えられる可能性としては、推薦入試の手応えだろう。
しかしながら過ぎたことに触れても結果は変わらないし、まだ不合格と決まった訳でもないため、阿久津と共に階段を上がり終えた俺は深く詮索せずに自習室へと入った。
空いていた席は三つ。いずれも散り散りの位置であり、隣同士なんて都合の良い席はない……というか仮に隣に座った場合でも、この静かな空間で話すことは一切ない。
お互いに「じゃあ」と手で示した後で、別々の席へ向かう。
「…………」
気にはなるものの、今は阿久津の心配をしている場合じゃない。
もしもアイツが合格したら、いよいよもってプレッシャーを感じるだろう。
俺はヘッドホンを装着して英語の授業を再生させると、黙々とノートをとり始めるのだった。
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