四日目(金) 代山公園が子供の頃の遊び場だった件
週末の放課後。今日はサテラーに行く気すら起きない。
そのため真っ直ぐ家に帰り、得意な数Ⅱ・Bへと学習予定を変更。最早気分転換すら勉強であることに溜息を吐きつつ、昇降口を抜けると駐輪場へ向かった。
「米倉君」
「…………えっ?」
ボーっとしながら自転車の籠に鞄を入れたところで、不意に声をかけられる。
いつの間にか隣にいたコート姿の少女を見て、俺は思わず目を丸くした。
「夢野っ?」
「ずーっとここにいたのに、気付かなかった?」
「え? あ、悪い……ちょっと考え事してて……」
誰かしら女子生徒がいる程度には思っていたが、ただ視界に入っているだけで認識は一切しておらず、しかもそれがまさか夢野だなんて思いもしなかった。
あまりにも突然の出来事に驚きつつ、頭の中は疑問でいっぱいになる。
「でも、何でここにいるんだ?」
「久し振りに米倉君と一緒に帰りたいなーって。駄目かな?」
「俺と? 別に良いけど、わざわざ待ってたのか?」
「うん♪」
自分の自転車をFハウスの駐輪場から運んできた少女は、無邪気な笑顔を見せた。
夢野が俺の自転車を見抜けたのは何度も一緒に帰っていたのもあるが、ハンドルの中心に傘スタンドを付けている自転車は数える程度しかないという至って単純な理由。例え何十台並んでいようと、一目瞭然だったりする。
「それならそうと連絡してくれりゃ良かったのに」
「ふふ。米倉君をビックリさせようと思って」
「まあ別の形でビックリさせられたけどな」
楽しそうに笑う少女と共にそれぞれの自転車へ跨ると、ペダルを漕いで校門を抜ける。
こうして夢野と二人で帰るのも数ヶ月振りだが、相変わらず二人乗りでもなければ並走でもない法律順守の縦並びだ。
「もし俺が残って勉強してたらどうしてたんだ?」
「うーん、その時は米倉君の勉強が終わるまで待ってたかな?」
「マジでか。サテラーに行かなくて正解だったな」
コートに手袋とバッチリ防寒している少女だが、今日はそこまで冷えていないため俺はマフラーのみ。しかしながら例え気温的に問題なく、夢野が気にしなくていいと言ったとしても、二時間も三時間も待たせるのは流石に心が痛む。
しかしまた今日になって、突然どうしたというのか。
如月みたいに試験前で不安だから気分転換したいとかなら納得もいくが、夢野は誰よりも先に受験を終えている。火水木関連の相談という可能性も考えてみたが、無事に合格したとなるとこれも違うだろう。
「ねえ米倉君。ちょっと寄っていかない?」
やはり何かしら用事があるのか、不意に夢野がそんなことを口にした。
赤信号をボーっと眺めていた俺は、少女の綺麗な指が示す先を見る。そこは一年の春に俺が阿久津に告白もどきをした、苦い思い出の場所でもある
「ああ、いいぞ」
青信号になると共に前を走り出すと、ハンドルを切って公園の駐輪場へ。幾度となく一緒に通ってきた帰路ではあるが、こうした寄り道は初めてかもしれない。
あの時は月明かりに満開の桜と良い景色だったが、今は11月中旬。木々の葉は既に落ち始めており、秋の終わりを感じさせるような物悲しい雰囲気だ。
「ちょっと前までは暖かかったのに、もうすっかり冬になっちゃったね」
「そうだな」
夢野は自転車から降りた後で、のんびりジョギングコースを歩き始める。
老人と子供がちらほらいる程度の公園を見渡しつつ、俺は黙って少女の後に続いた。
「元気いっぱいだね」
「多分南小の子だろうな」
ワーワーキャーキャー叫びながら、走り回っている子供達。鬼と思わしき子がタッチすると、逃げ回っていた子は凍りついたかの如くピタリと動きを止めた。
「氷鬼か。懐かしいな」
「米倉君も氷鬼派なんだね」
「ん? 違うのか?」
「私のところは電子レンジ鬼って呼んでたかな」
「何だそりゃ?」
「タッチすると動かなくなるのは同じなんだけど、助けてあげる時にはタッチじゃなくて股の下を潜るの。その時に固まってた子は「チーン!」って言うんだよ」
「へー。地域によって色々なんだな」
捕まりそうになるなり「タイム! 靴紐ほどけた!」なんて見苦しい言い訳をする子供を見て、いつの時代も変わらないなと思わず苦笑いする。
「米倉君も小さい頃、ここで遊んでたの?」
「まあな。友達とよく来てたよ」
「どんな遊びしてたの?」
「そう言われても、色々やったからな。氷鬼に色鬼に高鬼だろ? それにかくれんぼとかケイドロ、缶けりもやったし、遊具で遊んだり虫取りとかもしたよ」
子供連れと思わしき家族が「鬼さん♪ 鬼さん♪ 何色欲しいー?」と声を合わせて色鬼の掛け声を口にしていたり、長いローラー滑り台で楽しそうに遊んでいる姿を眺めつつ答える。
…………本当にあの頃は毎日が充実していて幸せだった。
高校生になった今じゃ「帰ったら公園に集合な」なんて、とても考えられない言葉だ。
「…………昔は良かったな」
「え?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ。今の時期は虫もいないなーってさ」
「うーん。確かに虫取りはできないけど、別の遊びができる季節だよね」
「別の遊びって?」
俺が尋ねると、夢野はジョギングコースから少し外れると木の下で屈みこむ。
そして何かを摘みあげるなり、自慢気にこちらへ見せてきた。
「ほら、どんぐり♪」
「ああ。そこら中に落ちてるな。こっちは帽子つきだ」
「きっと筍幼稚園の皆で、どんぐりゴマとかやじろべえとか作ったんだろうなー」
子供の頃に理由もなく拾っては家に持ち帰ったものの、気付けば無くなっていた記憶しかないどんぐり。まあ虫が出てくる可能性を考えれば処分されるのは仕方ないし、我が家ではシブリに出てくる某妖精が持っていったんだよなんて言われてたっけな。
「これからもボランティアは続けるのか?」
「うん。勉強になること、沢山あるから」
「…………そうか」
勉強という言葉を聞いて、ふと我に返り立ちあがる。
そして手にしていた帽子つきドングリを放り捨てると、夢野に対し作り笑いを見せた後で再びジョギングコースを進んでいくのだった。
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