二日目(水) 現実は厳しいものだった件
本日の天気は快晴。夜空に浮かぶオリオン座がよく見える。
しかしながら俺の心には、これ以上ない暗雲が立ち込めていた。
「…………」
解き終えた時点で、手応えがいまいちだったことは自覚していた筈なのに。
自己採点をした段階で、点数が悪いことはわかっていた筈なのに。
俺はその現実から目を背け、まだ大丈夫……まだ大丈夫と自分に言い聞かせていた。
そして今、その結果を目の当たりにして呆然とする。
我が家に届いていたのは、先月の中旬と今月上旬に挑んだ模試の結果が二枚。その判定は一枚が合格可能性35%のD判定であり、もう一枚に至ってはあろうことか合格可能性20%以下……実質要検討であるE判定だった。
「………………」
C判定に上がるどころか、まさかのE判定への逆戻り。自分なりに頑張っていた筈なのに、滑り止めの私立がようやく合格可能性50%のC判定という現実を見せられて正直ショックを隠せない。
月見野の偏差値は大体56前後。国立大学の中では比較的レベルの低い方だが、それでも五教科七科目と試験の数が多い中でこの数値を取ることは難しかった。
大学入試の偏差値は高校入試の偏差値よりも10低くした値が目安と言われているため、高校受験時における屋代学園の偏差値が大体60だったのに対して月見野大学は実質66という数値。屋代ですらギリギリ合格だった上に、高校でも真面目に勉強していなかった俺にとっては間違いなく厳しい戦いである。
「……………………」
いつまでも呆然自失としてはいられない。
とりあえず良かった方の模試の結果を確認し、各科目を見直していく。
まずは国語。現代文だけなら今回は100点中80点とジャスト八割を取っているが、古文と漢文が加わると200点満点のうち125点しか取れていない。
また現代文においても評論文は解けることが多いが、小説文は波があり安定した点数が取れないのも悩みである。作者の気持ちなんてわかるかって話だ。
次は得意科目である数学。数Ⅰ・Aは安定して80点以上をキープしており、偏差値もほぼ毎回60オーバー。今回に至っては90点と、文句なしの結果だろう。
ただし数Ⅱ・Bは50点前後が多く、今回も53点と微妙な結果。平均点が低い教科のため偏差値は高めなものの、得意科目である以上はもっと稼ぐ必要がある。
そして苦手科目だった英語は、リスニング込みで133点。100点台だった頃からは成長して120~140点を取れるようになったものの、アキトみたいにレベルの高い大学を受ける生徒は160点近くを安定して取っているため、まだまだ先は長い。
後の三科目は理社であり、俺の選択は倫理と化学と物理。学校で現在進行形の倫理は、まだ学んでいない範囲もあるが独学で健闘し70点。そして何一つ理解していなかった化学も参考書で一から学び直した結果72点と、それぞれ悪くない点数や偏差値を取れている。
問題は物理。数Ⅱ・Bより高得点の59点を取っているが平均点はもっと高く、今回受けた模試の中では唯一偏差値が50を下回っており完全に足を引っ張っていた。
月見野に必要な点数の目安としては、最低でも900点の七割以上……要するに630点以上は取らないといけない。しかもこれはあくまで最低の中の最低ラインでしかなく、合格を考えるなら700点は欲しいところだ。
しかしながら今回の俺の合計点は僅か602点。ボーダーラインのC判定までは16点足りず、目標である700点に至っては丸々一教科分の100点近く足りていない。
「…………………………」
部屋の壁に掛けてあるカレンダーを確認する。
次の日曜にはまた模試が控えており、そして約一ヶ月後にあるセンター試験プレテストが最後の模試。二ヶ月後にはセンター試験本番だ。
…………まだ二ヶ月ある…………?
違うだろ。
もう二ヶ月しかないんだ。
現実の厳しさを目の当たりにして、ようやく焦りを感じ始める。
別に遊んでいたつもりなんてない。
それでも心のどこかで、何とかなるだろうと高を括っていた。
とにかくやらないと駄目だ。
『ショートコント。お見合い』
『お義父さん! どうか娘さんを僕にください!』
『君、仕事は何をやってるの?』
『はい。弁護士をやっております』
『そうかそうか。もしフリーターだなんて言われてたら、殴っていたところだったよ』
『えっ? 娘さんを殴るのはやめてあげてください!』
『何でだよっ! お前だよっ!』
「ぷふ~っ! あっははははははは!」
水分補給のため階段を下りてリビングへ向かうと、アホっぽい笑い声が耳に入る。
ソファでだらしなく寝転がりながらバラエティ番組を見ていたのは妹の
「おーい、シャンプーが無いぞー」
「はいはい」
そんな妹をスルーして喉を潤わせていると、風呂場から父上の助けを求める声がする。補充を怠った犯人は既に一番風呂に入り終えた後であり、ショートカットの髪をツヤツヤと光らせている妹で間違いないだろう。
茶碗を拭いていた母上が応じて脱衣所へ向かい、洗面台下にある収納棚をガサゴソと漁るものの、少ししてその捜索は打ち切られた。
「あら……? あったと思ったけど、切らしちゃってたのね。ねえ梅、ちょっとシャンプー買ってきてもらえる? それ、録画もしてるんでしょ?」
「え~? もうお風呂入っちゃったし、お兄ちゃん行ってきてよ~?」
「却下だ」
「そんなこと言わずに~。梅、部活で疲れてクッタクタなんだもん。HP1! カラータイマーピコンピコン! ばたんきゅ~! ひでぶ! あべし!」
「俺だって疲れてる」
「嘘だ~」
「………………」
コイツがマイペースなのはいつものことだ。
しかしながら今日はその我儘も、聞かされているこちらはイライラしてくる。
「櫻は受験で忙しいんだから、梅が行ってきて頂戴」
「え~? でもお兄ちゃん、今物凄く暇そうにしてるよ~?」
普段なら適当にあしらっている何気ない会話。
この梅の発言だって、癇に障りはするものの受け流せば良いだけの一言だと思う。
「あぁ?」
それでも今は違った。
心に余裕がなくピリピリしていた俺は、問答無用にテレビのスイッチを切る。
「あ~~~~~~っ!? 何するのっ?」
「こっちは暇じゃねえんだよ、馬鹿」
「む~。馬鹿じゃないもん!」
「馬鹿は馬鹿だろ? お前こそ勉強しろよ」
「櫻! 梅も、やめなさい!」
母親の声を無視して、俺はリビングの扉を閉めると階段を上がり部屋へ戻る。
センター試験まで残り二ヶ月。
運命の時は刻一刻と迫っていた。
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