一日目(火) 俺の仲間達の近況だった件②
「こ、この英文なんだけど……」
「これは分詞構文ですな」
どうやら俺の席は、友人によって絶賛使用中らしい。
アキトに質問しているのは澄んだ高めの声の青少年、
葵もまた公募推薦が受験のスタートであり、三日前に試験を終えたばかり。結果待ちをしている今でも、落ちた場合に備えてしっかりセンター試験の勉強をしていた。
「ingが一文の中に三回以上出てきた時は、大体分詞構文が入ってる希ガス」
そしてそんな俺達のサポートをしてくれているアキトは、一ヶ月前に推薦の試験を終えて葵同様に結果待ち。しかしながら受けたのは公募推薦ではなく、ほぼ100%受かると言われている指定校推薦だ。
評定平均が4.3以上ある成績優秀者であれば当然とも言える選択であり、九月の段階で行われていた校内選考を通過した時点でほぼ合格は確定。来週頃には結果が学校に発送されるらしい。
「そ、そっか。ありがとう! あ、お帰り櫻君」
「新しい椅子があるな。着席!」
「えっ? わっ? さ、櫻君。重い……」
「ダンディーに向かって重いとは失礼な!」
「えぇっ?」
「米倉氏が座る直前にシャープペンでカンチョーの準備をしないとは、相生氏もまだまだですな」
「えぇぇっ?」
そんな冗談を言っていると五限開始の予鈴が鳴ったため、俺達は準備をすると教室を移動する。文系科目が多い葵はAハウスやBハウスでの授業が多く、理系科目が多い俺やアキトはDハウスやFハウスでの授業が中心だ。
「そういや、火水木の結果もそろそろじゃなかったか?」
「
「マジか! 良かったな! えっと、観光学部だっけ?」
「そうだった希ガス。ぶっちゃけ拙者も把握してないでござる」
「観光って言うと、やっぱりCAとかバスガイドとかのイメージだけどな」
「まあ天海氏はオカリナ吹いたりドラム叩いたりと多芸ですしおすし、何になってもおかしくないかと。寧ろ本当は冬の聖戦に参加したいが故に、早目に入試が終わる指定校を選んだ可能性がワンチャンあるくらいだお」
「それは流石に…………否定できないな」
アキトの双子の妹であるムチムチ系腐女子もまた、成績優秀者ではないものの内申において高い数値を取っていたため分相応な大学への指定校推薦。受験生としては無難な選択だろう。
しかし火水木も合格したとなれば、これで陶芸部の三年メンバーは冬雪に続いて三人目の合格者。そして残りは俺を入れて二人ということになる。
「ではまた後で」
「おう」
俺が受けている授業の大半はアキトと同じだが、この時間の科目は別々の教室。Dハウスへ向かう親友に別れを告げ、俺は一人でFハウスへと向かう。
広い渡り廊下であるモールをのんびり歩いていると、見知った女子生徒の姿を発見。向こうもこちらに気づいたらしく、パァッと明るい表情を浮かべつつ駆け寄ってきた。
「はよざっす♪」
「おっす」
セミショートの髪をポニーテールに結び、前髪は桜の花びらを模したヘアピンで留めている美少女。透き通るように綺麗な声は、妹発案のアホらしい挨拶には勿体ないくらいだ。
保育士を目指し定期的に幼稚園のボランティアへ行っている少女は、一ヶ月ほど前に専門学校のAO入試があり、陶芸部の中で誰よりも早く合格を決めていた。
「米倉君と会うの、何だか久し振りな気がするね」
「そうだな」
ハウスが違うと同じ中学の知人ですら一度も会わないのが屋代学園。火水木にも同じことが言えるが、陶芸部を引退したことでFハウスにいる夢野と会う機会はめっきりと減っている。
毎日のようにメールを送りあっていた時期もあったが、夢野の受験が近づいてきた際に邪魔にならないよう俺が控えて以来は停滞。無事に合格が決まった後に報告のメールは届いたが、何通かやり取りを交わした程度で終わっていた。
「米倉君、ひょっとして元気ない?」
「ん? 冬雪にも同じようなこと言われたんだが、元気がないように見えるか?」
「うん。前に会った時は、もっと生き生きしてたから」
「そう言われても、別に普通なんだけどな」
「本当にー? 普通なら、ちょっと手を出してみて」
「手?」
言われるがまま、夢野の前に両手を差し出す。
すると少女は俺の掌に自分の両手を重ね、ギュッと握りしめた。
「元気注入ー♪」
人肌の温もりと、女子特有の柔らかい感触が伝わってくる。
モールには他の生徒も歩いているため若干視線が気になるものの、天使のような微笑みを見せられると羞恥心は吹き飛び、その可愛さにドキッとさせられた。
「これで普通以上になったかな?」
「そうだな。元気100倍だ」
「ふふ。良かった。それじゃあ、頑張ってね」
「ああ。サンキュー」
笑顔で手を振る夢野に別れを告げると、Fハウスの階段を上がり三階の第一物理実験室へ。この時間は絶賛苦戦中の物理について、模試レベルの問題を解く物理演習の授業だ。
C―3の生徒で受講しているのは俺一人だけだが、知り合いがいない訳ではない。実験室の座席の関係から横並びに座っていった結果、俺の真後ろの席には幼馴染の少女がいた。
「よう」
「やあ」
参考書を読んでいた
彼女もまた俺同様に国立である月見野大学を目指しており、今週末の土曜日が公募推薦による試験日。その内容は小論文と、口頭試問による面接だった。
アキト同様に評定平均が4.3以上ある成績優秀者の阿久津だが、国立には指定校推薦がない。ただその高い数値は、公募推薦の選考において充分な加点要素になるだろう。
「調子はどうだい?」
「元気はあるぞ」
「そうかい。それは何よりだね」
冬雪や夢野と同じことを言われるかと思いきや、そんなことはないらしい。
阿久津が静かに答える中、先生がドアを開けて入ってくる。同じ授業と言っても席の位置関係から開始前後に少し話す程度であり、それ以外の交流は皆無だ。
「えー、このばねに働いている力は重力と張力、それから――――」
宿題だった問題の解説を聞き、黒板に書かれた図を丁寧にノートへ写していく。
月見野の獣医学部は公募推薦があるものの、教育学部には推薦枠がない。そのため次から次へと仲間達が試験を終えていく中、俺のスタートは一月中旬にあるセンター試験だ。
…………まだ二ヶ月ある。
この時の俺は、悠長にそんなことを考えていた。
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