最終章:俺の彼女は120円だった件
初日(水) 米倉櫻の高校生活が青春だった件
高校生。
それは青春の時。
一人暮らしだとか、親が海外に出張中なんてことはなく。
異常な権力を持った生徒会や、明らかに変な部活動、ファンクラブができているような生徒なんて全く存在しない、屋上の閉鎖されている学校で。
食パンを咥えた転校生や、金髪美人な留学生との出会いもないまま。
三年という月日は、あっという間に過ぎ去っていく。
「…………」
C―3と書かれた教室の外に用意されている椅子に座り、俺こと
生徒総数は約2500人。一学年につき800人以上のマンモス校、
かろうじてあった定番イベントと言えば購買の争奪戦。四限終了のチャイムが鳴ると同時にダッシュするような奴は流石にいなかったものの、学食のない屋代において購買前の人だかりは日常茶飯事であり、登校中にコンビニで買っておく方が楽だったりする。
後は最近になって風紀委員が実在することを知ったくらいか。まあ何をしているのかは一切不明だし、ぶっちゃけ風紀委員というよりは空気委員と呼ばれてもおかしくないくらいに存在が希薄だと思う。
「あざましたーっと」
「お? お疲れさん」
「ヤーさんのホクロ毛が気になって仕方なかったお」
金持ちキャラやアイドル的存在はいなかったが、変な語尾の奴はここに一人。一昔前のオタ語を喋る親友、
「随分長かったけど、何を話してたんだ?」
「拙者の父上がレンチンの蕎麦を食べようとしたら容器の底が貼りついて、電子レンジに頭を突っ込みながら食べる羽目になった話をしてたでござる」
「何を話してんだっ?」
「フヒヒ、サーセン」
今は面談週間であり授業も短縮授業。一年や二年の頃は嬉しかったものの、三年生の今の時期になってくると喜びも少なかったりする。
一足先に二者面談を終えたアキトと一言二言交わしているうちに名前を呼ばれたため、俺は教室の中へ入ると担任が座っている向かいの席へ腰を下ろした。
美人教師やロリ教師といった萌え要素とは真逆の、大きなホクロとイカつい顔が特徴的な教師。学園祭準備で学校に寝泊まりなんてイベントは皆無だったが、午前五時の登校を許可してくれたヤーさんは、手元の紙と俺を交互に見てから口を開く。
「最近の調子はどうだ?」
「毎日が勉強ばっかりで疲れてます」
「受験生だからな。米倉の第一志望は
「はい」
「そうか。とりあえず先に渡しておくが、先月の模試の結果だ」
授業中にチョークを投げてきそうな顔立ちだが、当然ながらそんなことは一度もやったことのない担任は、持っていた紙を俺に差し出してくる。
第一志望である月見野の結果を見ると、そこに書かれていた判定は合格可能性35%であるD判定。八月頃に比べて要検討であるE判定を取る頻度は減ってきたが、50%のボーダーラインであるC判定は未だに一度も取ったことがなかった。
「…………」
「私立も教育学部が中心だが、将来は小中高どの教員を目指すんだ?」
「それはまだちょっと考え中で……一応小学校の理系か、中高の数学にするつもりです」
「成程な。まあ大学に入ってから学ぶことも多いだろう」
模試の結果も踏まえつつ、ヤーさんは俺の進路について色々尋ねてくる。
それと並行しつつ、教員としての知識や見解も述べていった。
小学校と中学校と高校の違いや、教育学部のある他の大学のこと。
教員において大切なのは大学よりも、生徒を想う気持ちであること。
そして今のままでは月見野は厳しいということ。
…………それでも、俺の決意が変わることはない。
「わかった。質問がなければ、面談はこれで終わりだ」
「特には……」
「そうか。まあ、まだ時間はある。頑張れよ」
「はい。ありがとうございました」
鞄を担いで教室を出ると、肺の中のモヤモヤした空気を一気に吐き出す。
教室の外に用意されていた椅子には、進学ではなく就職という驚くべき選択をした男、
「長かったな……」
「悪い悪い。ちょっとホクロ毛が気になってな」
「何だそりゃ……」
アキト譲りの冗談で誤魔化してから、渡辺に別れを告げて昇降口へ向かう。
わかってはいたが、世の中というのはそんなに甘くない。
それこそ何ちゃらゼミの漫画の如く勉強を頑張った分だけ成績が上がり、月見野へ無事合格なんてハッピーエンドの道のりは容易ではなかった。
「…………」
上履きから靴に履き替えて昇降口を出る。
少し前までの俺は、この放課後が楽しみで仕方なかった。
それこそ普通の高校生よりは、青春な毎日を過ごしていた気がする。
しかしながら今は違う。
陶芸部という夢のような空間を失った今、俺の高校生活は本来の姿へと戻っていた。
一年生の夏休み前を思い出す、退屈な毎日。
ゲームの時間が勉強の時間に変わった分だけ、あの頃よりも辛いかもしれない。
「………………はあ」
青春だった日常は戻らない。
中庭を通り過ぎて芸術棟へ向かっていた日々が、今はとてつもなく恋しかった。
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