四十一日目(日) 陶芸部メンバーが全員集合だった件

「葵さん。三年連続で優勝という屋代学園の歴史に名前を残すような大快挙を成し遂げた訳ですが、今のお気持ちをどうぞ!」

「えっ? は、はい。えっと……実は一年生の時は全然出るつもりなんてなくて、クラスの友達に言われたのを断りきれないまま仕方なくエントリーしたんです」

「許せ葵!」

「正直、スマンカッタ」

「ち、中学の頃はこんなに女子扱いされたことなんてなかったから、僕はそんなことないって思ってたんですけど、それなのに何か優勝しちゃって本当にビックリでした」


 閉会式が終われば後夜祭の始まり。中庭では吹奏楽部やチア部といった様々な部活によるパフォーマンスが行われ、その後には女装した葵の出番がやってくる。

 今年もしっかりコンテストには出場しており、その結果はまさかの三年連続となる優勝。そのため俺は友人の雄姿をしっかり目に収めるべく、アキトと渡辺は勿論のこと但馬や太田黒といった非モテ軍団、更には新川達イケメン軍団も含めたC―3男子の大集団で応援に駆け付けていた。


「そ、それでもやっぱり恥ずかしかったから、去年は断ろうとしたんです。ただちょっと色々あって……その……吹っ切れたっていうか、何かもう開き直って参加してました。クラスの出し物もオカマ喫茶だったから、どうせやるならいいやって思って」

「いよっ! オカマ喫茶ご指名ナンバーワン!」

「葵ーっ! 俺だーっ! 結婚してくれーっ!」

「こ、今年は何かもう、ここまできたら出てみようかなって自分で決めて参加したんですけど、まさかまた優勝できるなんて思いもしませんでした。クラスの方でも優秀賞が取れたし、本当に嬉しいです。応援してくれてありがとうございます!」

『パチパチパチパチパチパチ』

「葵くーん!」

「かわいいよ~」


 少し離れた場所にはC―3の女子メンバーも割と来ており、俺達クラスメイトだけではなく音楽部の生徒達も葵の名前を呼んでいる。

 その中には夢野もいることに先程気付いたが、もしかしたら既に向こうはこちらに気付いているかもしれない。何せC―3メンバーの一部は未だにテンションが高いままで、いつになくギャーギャーと騒いでるからな。


「ありがとうございました。葵さんは音楽部ということで、昨年と一昨年は見事な歌声を披露されておりましたが、今年も一曲歌ってくださるということです。それでは皆様、歌姫の華麗なパフォーマンスをどうぞ!」


 前奏が流れ始めた後で、マイクを手にした葵が歌い始める。

 以前にカラオケで聴いたことのある友人の歌は相変わらず上手で、最初のフレーズを歌い終えただけでも「おぉー」と歓声が上がるほどだ。

 一体誰が最初に始めたのか、まるでサイリウムを振るかの如く挙げた手をゆっくりと左右に揺らしてリズムを取る生徒がちらほら出始めると徐々にその数は増えていき、サビに入った頃には一団となって左右に身体を動かしていた。


「いよっ! 葵ちゃんマジ天使! A・M・T!」

「そしていずれはATMになると」

「おいやめろ」

「あ・お・い! あ・お・い!」


 そして曲が終われば拍手喝采。当然のようにアンコールの大合唱となるが、進行上の都合もあってか残念ながら葵が再びステージに現れることはなかった。


「こりゃ打ち上げはカラオケも必要だな」

「確実に必須な希ガス」

「ん……? 今年の打ち上げは櫻が企画するのか……?」

「ああ。立つ鳥跡を濁さずって言うからな。まだ片付けも残ってるし、文化祭関係の仕事に関しては打ち上げまでしっかりやり遂げるつもりだ」

「それならボウリング行こうぜ! ボウリング!」

「いいなボウリング! 俺様のカーブが光るぜ!」

「では拙者も一票で」

「了解だ。後で女子にも聞く予定だけど、一応はボウリングやって飯食ってからカラオケって流れが候補だな。予約もしておくつもりだけど、来週の日曜とかでいいか?」

「応!」

「体育祭もこの調子で頼むぜ!」

「いやいや、体育祭は体育委員の仕事だろ? 流石に管轄外だっての」


 やや自惚れも入っているが、クラスメイトからの信頼を得た今なら何だってできるような気がする。体育祭の長縄だって、俺が朝練を呼びかけたら集まってくれるかもしれない。

 ただ今回の一件でリーダーの難しさは充分にわかったし、流石にここから先は受験勉強に集中するべきだろう。守らなきゃいけない約束もあるしな。


「ん……? 櫻、どこ行くんだ……?」

「ああ。花火は見る場所を決めてるんだ」


 仲間達と笑いあいながら後夜祭を楽しんでいると、中庭のステージを使った演目は終了。別の仲間達が待っている場所へ向かうべく、俺はゆっくりと立ち上がった。


「ちょっと待ていっ! まさか女とか言わないだろうなっ?」

「違うっての。部活のメンバーと一緒に見るんだよ」

「ふー、ビビらせやがって……って、陶芸部って要するに女じゃねえかっ!」

「何でそうなるっ?」


 まあ間違ってはいないものの、別に誰かと二人きりで見るわけじゃない。少なくとも女子グループの中に見当たらない冬雪は、一足先に行っているだろう。

 相変わらず女のことになるとギャーギャー五月蠅い但馬と太田黒の処理はアキトと渡辺に任せて、俺は芸術棟へと向かうと電気が灯っている部室へ足を踏み入れた。


「お?」


 置いてあった鞄を見ると去年は阿久津と冬雪の二つしかなかったのに、今年は驚きの七つ。先程まで中庭にいた夢野を含め、既に俺以外の全員が集まっていたらしい。

 長机の上に逆向きで置いてあった椅子の一つを手に取り勝手口から外へ出ると、まるで遅刻してきた生徒がドアを開けた瞬間の如く一斉に視線が集まった。


「おっ? 主役の到着ッスね」

「やっと来た! 遅いじゃないのネック!」

「悪い悪い……って、遅いって言われても別に招集とかしてないだろ?」

「そんな連絡なしでも、こうして集まるのが陶芸部でぃす!」


 いやいや、去年お前いなかったじゃん。

 思わずそんな言葉が口から洩れかけたが、苦笑いを浮かべつつ椅子に腰を下ろす。


「ふふ。これで全員集合だね」

「しかしよく全員集まったな。火水木が教えたのか?」

「確かにアタシが話はしたけど、ホッシーの言う通り連絡はしてないわよ」

「へー」

「米倉君。優秀賞、おめでとう! 凄く恰好良かったよ」

「サンキュー。まさか取れるとは思わなかったけどな」

「あのクオリティならアタシは取るだろうと思ってたけど、胴上げには驚いたわね」

「あれはマジでイカしてたッス! 胴上げなんてやったの、ネック先輩のクラスだけッスからね! でも何で男二人だったんスか?」

「一番頑張った二人だから行ってこいって、仲間達に言われたんだよ。胴上げには俺も正直驚いたけど…………なあ冬雪。あれって打ち合わせとかいつやったんだ?」

「……二人がステージに上がってる時に、シンが言い出した」

「シンって、新川か?」

「……(コクリ)」


 流石は陽キャと言ったところか。冬雪の布を勝手に使われた時は思わずイライラしてしまったが、結果的にはアキトの言っていたことが正しかったな。

 自分がどれだけ頑張っていようと、思い通りにいかないことなんて山ほどある。

 そして最初から見返りや結果を求めて行動するのは大きな間違いだ。


「校長先生が全員に賞状を渡し終わって全クラスで礼をする時に、櫻達だけ胴上げが終わったら一足先に戻っていたからいなかったのは面白かったかな」


 仲間達が褒め称える中、幼馴染の少女は普段通り不敵な笑みを浮かべる。

 今回の件で俺の評価も少しは上がるかと期待したが、やはり見返りは求めるべきじゃないらしい。阿久津が俺を恰好良いと思う日が来るのは、まだまだ先みたいだ。


「でも二クラスを繋げた出し物なんて他のハウスのどこにもありませんでしたし、滑り台とかトンネルとか回転ドアとか本当に凄かったです!」

「そんなに凄かったんでぃすか?」

「メッチも行きゃ良かったのになー。マジで勿体ねーの!」


 そういえばここにいるメンバーの大半……というか、早乙女以外は全員来てたんだな。

 不思議な国のC―3を部員達に称賛されて照れ臭くなってくる一方で、相変わらず犬猿の仲な後輩二人を見てふと疑問に思ったことを尋ねてみる。


「なあ冬雪。来年の部長はどっちに頼んだんだ?」

「……トメ」

「へー。早乙女か。まあバスケ部でも部長だった訳だし、大丈夫だと思うけど頑張ってな」

「当然でぃす。この馬鹿には任せられません」

「部長の座は逃しても、オレは副部長としてミズキ先輩のポジションをバッチリ引き継ぐんで任せてください! 陶芸部の伝統は未来永劫、代々語り継いでいくッスからね!」

「オッケー。トール、任せたわよ!」

「……伝統じゃない」

「まあボク達がOBやOGとして遊びに来た時も、陶芸部が今まで通りであってくれれば何よりかな。望君も大変だとは思うけれど、先輩二人の世話を宜しく頼むよ」

「はい!」

「ミナちゃん先輩っ?」

「どういうことッスかっ? メッチはともかく俺が世話って……ああ! そういう――」

「断じて違うっての!」


 最初から最後まで脳内ピンクな後輩に、盛大な突っ込みを入れておく。俺達が引退するとテツは両手に華となる訳だが、まあハーレムを築くことはないだろうな。

 そんなことを考えていると、不意にガラッと音を立てつつ勝手口が開く。ビニール袋を片手に現れたのは我らが陶芸部顧問、伊東先生だった。


「どうも皆さんおはようございます。文化祭、お疲れ様でした。全員揃って仲良く青春しているみたいですし、差し入れを持ってきましたよ」

「差し入れとか流石イトセン! あっ! アタシこれもーらい!」


 ビニール袋を受け取るなり、入っていた様々なアイスの中から真っ先に好物である大福的なアイスを手に取る火水木。続いて早乙女が二本の容器が繋がっているチューブ型アイスを阿久津と分け合う中、俺はモナカ的アイスを手に取ってから夢野に回す。


「残った物は冷凍庫に入れておきますので、後で自由に食べてください」

「ありがとうございます」


 そんな調子で全員に一つずつアイスが行き渡ると、糸目の教師はビニール袋を持って陶芸室の中へと戻っていく。ふと思ったが仮に伊東先生が異動とかになって顧問じゃなくなったら、卒業後に陶芸部へ遊びに行くのが難しくなるかもしれないんだよな。

 何気ない日常として過ごしてきた毎日も、終わりが来るのは突然のこと。陶芸部員として過ごす最後の時間の始まりを告げるように、大きな花火が夜空に上がった。


「おおっ! 本当にバッチリ見えるじゃないッスか!」

「綺麗ですね」

「たーまやー!」

「かーぎやー♪」


 次々と打ち上げられる花火を見て、火水木と夢野が景気良く声を上げる。

 花火大会に比べれば規模は小さいが、それでもこれはこれで良いと思う。陶芸部メンバー全員で一緒に見ているという賑やかさは、花火大会の時にはないものだった。

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