四十一日目(日) 屋代学園が最高の高校だった件

「優秀賞、取れるかな?」

「取りたいよねー」


 二日間に渡った文化祭も、いよいよ終わりの時を迎える。正しくは約一ヶ月半に渡る文化祭と言うべきだろうが、改めて振り返ると本当にあっという間だった。

 一般公開が終わって少しすると全校生徒は体育館へ。これから始まるのは閉会式と表彰式だが、今年は俺達C―3もかなり力を入れただけあって、クラスメイト達もひょっとしたら受賞できるのではという期待を胸にソワソワしている。


「ようやく終わりましたな…………乙!」

「ああ。色々あったけど、本当にありがとうな。お前にはマジで感謝してる」

「いやはや、拙者がやったことは所詮サポートですしおすし」

「どこがだっての。アキトがいなかったら回転ドアもトンネルも、それにダイオードだのフラッシュとかだって全部できなかっただろ? 正直に言ってお前のお陰だよ」

「今日のお前が言うなスレはここですか? それを言うなら米倉氏こそ、ダンボール集めに始まり作業工程から当番表、教室なり備品の貸し出し許可とか、もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな状態だった希ガス」

「俺がやったことは替えが利く雑用であって、ぶっちゃけ誰でもできるだろ?」

「例え誰でもできる仕事だからと言って、誰かがやるとは限らないお」

「お? 何か名言っぽいなそれ」

「フヒヒ、サーセン」

「ふー。まあ色々あったけど、何はともあれようやく終わったって感じか」

「ですな」


 メガネをクイっと上げた親友と共に体育館へ移動しながら、俺は首をポキポキと鳴らした後で大きく息を吐く。賞を取れるか取れないかというワクワクドキドキよりも、とりあえず成功という形で務めを果たしたことに一安心だった。

 仮に賞が取れなかったとしても、俺の高校生活において記憶に残る良い思い出にはなっているし、こうして仲間と楽しむことができただけで充分な気がする。今年の夏のことを思い出し語り合いつつ、今は文化祭の余韻に浸っていた。

 やがて体育館に到着すると、全校生徒である約2500人近くが集まった空間は熱気に溢れている様子。未だに文化祭の興奮が収まっていない者も多いようで、閉会式の始まりを前にして今か今かとザワついている。


「只今より、屋代学園文化祭の閉会式を行います」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 少しして生徒会役員による司会がマイクを手に取り口を開くと、それだけでAハウスからFハウスまでの生徒達が一気に沸き上がった。

 文化祭の開会式と閉会式だけは、本当に式とは思えないくらいに盛り上がる。本来ならクラス毎に名前の順で並んでいる筈の列は適当でグダグダだし、このフィーバー具合は同じ年に一度のイベントでも体育祭では決して見ることができない勢いだ。

 今までは文化祭だろうと体育祭だろうと、そんなヒートアップしている連中を冷めた目で見ていた俺だが、ややテンションの上がっている今年は柄にもなくその勢いに乗る。


「――――続いて、HR審査の発表です」


 そしていよいよ、審判の時がやってきた。

 先程までは大して意識していなかったのものの、いざ発表が近づいてくると受賞したいという欲が湧いてきたのか、心臓の鼓動が少しずつ早く脈打ち始めてくる。


「Aハウスの優秀賞は…………」

『オォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ?』

「A―9の――――」

『キャアアアアアアアアアアアアアアア!』


 名前が呼ばれたクラスの生徒が、立ち上がるなり歓喜の声を上げた。

 今なら大声で叫んでまで喜ぶ気持ちはわかるし、そして自分のクラスが賞を取ったにも拘らず座ったまま拍手だけしている生徒の気持ちも充分に伝わってくる。

 吹奏楽部によるドラムロールの後でAハウスの優秀賞が発表されると、呼ばれたクラスは代表である評議委員と思わしき男女二人が壇上へと上がっていった。


「Bハウスの優秀賞は…………」

『オォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ?』

「B―1の――――」

『キャアアアアアアアアアアアアアアア!』


 仮に一昨日や昨年にC―3が受賞していたとしても、俺があんな風に叫ぶことはなかっただろう。その理由は単純で、準備に大して参加していなかったからだ。

 力を入れたなら情も動くが、そうでないなら感じるものはない。

 別に俺に限らず他のメンバーだって同じであり、昨年までは自分達の出し物に大して期待をしていなかったため喜ぶ生徒を拍手で称えるだけだった。


「頼む……頼むぞ……」

「C―3……C―3……C―3……」


 しかしながら今年は違う。

 Bハウスの結果発表に対して仲間達は拍手こそしたものの、お祝いモードは即解除。次に控えている俺達Cハウスの番が気になって仕方なく、真剣な表情を浮かべている。

 夏休み中に手伝ってくれた女子達は、両手を重ねて強く握り締め祈っていた。


「……………………」


 前に座っていたアキトと目が合うなり、親指をグッと上げられる。

 俺は祈ることなく、ただ黙って結果を待った。






「Cハウスの優秀賞は…………」






『オォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ?』






「C―3の――――」






 ――――瞬間、立ち上がる。

 俺だけじゃない。

 アキトも、祈っていた女子達も、いつになく真剣な表情を浮かべた男子連中も。

 クラス全員がまるでバネのように、一斉に大きく跳び上がっていた。


「――――不思議な国のC―3です」


 司会が口にしたのは、紛れもない俺達のクラス。

 ただしマイクによって発せられた声の後半部分が聞こえることはない。

 至福。

 感激。

 鼓舞。

 ありとあらゆるものが入り混じった咆哮によってかき消される。

 こんな気持ちになるのは屋代の合格発表の時以来……いや、あの時以上だろうか。

 思わずガッツポーズをした後で、右手を高々と挙げた。


「アキト!」

「米倉氏!」


 掌を掲げた親友に、勢いよくバチンとハイタッチを交わした。


「やったな……」

「ああ!」


 途中から参戦して色々と手伝ってくれた男、渡辺とは握り拳を合わせた。


「さ、櫻君ー」

「うおっと? 葵もサンキューな!」


 普段は落ち着いている葵も、この時ばかりは興奮していたらしい。

 ブレーキなしでタックルの如く駆け寄ってきた友人を受け止め、強く握手を交わした。


「うぇーい!」

「C―3最高ーっ!」


 但馬や太田黒、新川といった他の男子連中は雄叫びをあげる。

 女子達は歓喜のあまり抱き合い、大半はボロボロと涙を流して目元を真っ赤にしていた。


「やった! やったよー!」

「ぐすっ……うん……うん……」

「おべでどう……よでぐらぐん……ありがどう」

「ああ! 皆も、本当にありがとうな!」


 祝福と高揚はいつまでも止まらない。

 俺達が大いに盛り上がる中、司会は式を進行するため何度も同じ言葉を繰り返していた。


「代表の生徒は前にお願いします」

「おっしゃ! 櫻、行ってこい!」

「ああ!」

「ひみずき君、行ってきてくれるー?」

「ちょま。何故に拙者なので?」

「一番頑張ってたのは二人でしょー? それに冬雪ちゃんがお願いってー」

「冬雪氏が?」


 本来なら壇上に上がるべき評議委員の女子を見たアキトが、あまりの衝撃で目を丸くする。俺も最初は驚いたが、クラスでの冬雪しか知らないとなると尚更だろう。

 意外なことに普段は無表情に近い少女の目元は真っ赤。可愛いキャラ物のハンカチを片手に、初めて見せる涙を拭きながら代わってほしいとばかりに首を縦に振っていた。


「ほらー、立って立ってー」

「しかしここ一番の見せ場を、拙者が奪ってしまって良いので?」

「さ、櫻君のパートナーって言ったらアキト君だから大丈夫だよ!」

「そうだな……。もしも行くのが嫌なら、俺が代わってやってもいいぞ……」

「おい渡辺っ! 何恰好つけようとしてんだよっ? ここは最早C―3の代名詞でもあるオカマと化した俺が適役だろっ?」

「いっそのこと米倉も抜いて、俺達二人が行くってのはどうだ?」

「いやいや、それなら米倉氏と拙者が――――」

「「「「「どうぞどうぞ」」」」」

「繰り返します。代表の生徒は前にお願いします」

「ほら、早くしろってさ。アキト、行こうぜ?」

「フヒヒ、サーセン」


 アホみたいなコントをしていたパートナーと共に、クラスメイト達の間を抜けていく。

 あまりにテンションが上がっていたため肩を組んでみたものの「歩きにくいお」とあっさり却下。多少なり羞恥心があったのかもしれないが、未だに興奮が収まらない俺とは異なりアキトは既に割と落ち着いている感じだ。


「…………」


 もしかしたら如月も冬雪みたいに珍しい姿が見られるかもしれないと思ったが、長い前髪で隠れているせいで泣いているのかいまいちわからない。それでも拍手をしてくれているため、先程の一件については許されたようだ。

 階段を上がってステージに着くと、視界に広がるのは全校生徒である約2500人がこちらを見ている圧巻の光景。高校どころか中学ですら表彰されたことはない俺にとっては初めて見る景色であり、思わず目をキョロキョロさせてしまう。


「Dハウスの優秀賞は…………」

『オォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ?』


 俺達がステージに上がった後も発表は続き、Dハウス、Eハウス、Fハウスの審査結果が告げられていく。

 最終的に壇上に集まったのは、俺達以外のクラスは当然のように男女ペア。下にいる生徒達からすれば「何でCハウスだけ男子二人?」と思われていること間違いなしだろう。

 それでも火水木明釷が俺の親友であることには変わりはない。

 恥ずかしさなんて一切なくコイツと一緒にステージへ上がれたことを誇りにすら感じている中、校長先生の手によってAハウスから順番に賞状が渡されていった。


「最優秀賞。C―3。貴方のホームルームは第二十一回、屋代祭ホームルーム審査において優秀な成績をおさめましたのでここに賞します――――」


 俺が賞状を受け取り、アキトが楯を受け取る。

 そして他のクラスがやっていたように、仲間達へと見せるべく賞状を高々と掲げた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「「!?」」


 しかしながら、俺の視線の先にC―3のメンバーはいない。

 一体いつの間に移動していたのか、唐突に横から声が聞こえて振り向いてみると、体育館脇からステージ下へと走り込んできたのは他でもないクラスメイト達だった。

 いきなりの出来事に驚きを隠せない中、仲間達は俺達の足元に集まる。


「飛べ! 櫻! 明釷!」

「お…………おおっ!」


 テンションが最高潮に達していた俺は、後先考えずに躊躇なく飛びこんだ。

 背中を無数の腕によって支えられると、身体が持ち上げられていく。

 やや遅れてアキトも飛び込むと、俺達二人は仲間達の手によって宙へ投げ上げられた。


「わーっしょい! わーっしょい!」


 それが何度かに渡って続けられていく。

 つまりは、胴上げだった。

 恐らく人生において、こんな経験は二度と味わえないかもしれない。

 沢山の仲間に祝福され、幸せそうな声と共に身体が浮き上がる未知の感覚。

 俺は全てを預け、悦に入っていた。


「わーっしょしょしょ…………」


 数回行われた後に、俺とアキトの身体はゆっくりと下ろされる。

 そして揉みくちゃにされながらも、仲間達と共に元いた場所へと戻っていった。


『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!』

『返せ返せ!』

『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!』


 表彰が終わった後は毎年恒例のウェーブ。過去二年間は両手を上げる程度だったが、今年は体育館の床を踏み抜かんばかりに高々とジャンプする。

 校歌斉唱も、今日だけは喉が張り裂けんばかりに熱唱した。






 …………財閥や理事長の子も、誰もが知るアイドルも存在しない。制服は地味だし校長もオッサンな、大きい以外は至って普通の高校。

 そんな屋代学園だが、今は入学して本当に良かったと思っている。

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