四十一日目(日) 変えられるのは自分だけだった件

 その後もテツと色々駄弁っていたものの、三十分ほどが過ぎたところで客足もすっかり落ち着き、これといって手伝うことがなくなった俺は腰を上げた。


「悪い。クラスの方が気になるから、ちょっと行ってくるわ」

「うッス!」


 やはりクラスのことを考えるとどうにも落ち着かず、後輩二人に任せて陶器市を後にする。少々自惚れ過ぎかもしれないが、自分なしでも本当に大丈夫なのか不安だった。

 気付けば自然と足早になりつつCハウスへ帰還するが、どうやら要らぬ心配だった模様。相変わらず不思議な国のC―3は人気で、並んでいる列が途切れているようなことはない。


「……ヨネ? どうかした?」

「いや、暇だったから戻ってきた。陶器市の方は問題なしだ」

「……ありがとう」

「それはこっちの台詞だっての」


 何度見ても似合っているエプロンドレス姿の冬雪に礼を言うと、トンネル横を抜けてC―3側へ。出てくる客の頃合いを見計らって、出口から中に入り控室②へと向かった。


「うおっ?」

「しー」


 誰かしらいるだろうか程度の考えで足を踏み入れてみれば、そこにいたのは男女合わせて計五人。まさかこんなにも人がいるとは思わず、驚き声が出てしまう。


「あれー? よねくら君、わたなべ君と交代したんじゃなかったのー?」

「あ、ああ。特にやることもないから緊急事態に備えて待機するつもりだったんだけど……こんなに集まって、一体どうしたんだ?」

「そりゃ勿論…………お? 来たぞ」


 小声で話していたところで、どうやら客がやってきたらしい。休憩していた面々は壁に開けていた穴から様子を見るなり、客の通りかかったタイミングで腕を伸ばした。


「うぉあおっ?」

「何お前ビビってんっ……だよ?」

「お前だってビビってんじゃねーかっ!」


 壁の向こうで交わされた少年達のやり取りを聞いて、ニヤニヤするクラスメイト達。俺もトランプ兵をやった今だからこそわかるが、脅かすのって面白いんだよな。

 要するにここに集まったメンバーは休憩のためではなく、この穴から腕を出して脅かす役をやりたいがためのもの。道理で知らないうちに穴の数が更に増えてる訳だ。


「よねくら君もやるー? そこにカッターあるよー?」

「よし、やるか」


 ただ待っているのも退屈なため、俺は当然のように参加。携帯のライトで照らしながら、苦手なカッターでダンボールの壁に穴を開けていく。

 本来なら控室①がフラッシュ担当のいる仕事用、そして控室②は休憩用と割り切って用意したつもりだったが、結局こっちも仕事用みたいな状態になってるな。


「ぎゃあああああああああああああああああ!」


 腕を伸ばし客の驚く反応が聞こえてくると、思わず口元が緩んでしまう。自信満々で調子に乗っている男子や、カップルを相手にする時には特に気合いが入った。

 新川達が咄嗟に追いかけっこから叩いてかぶってジャンケンポンに切り替えたことと言い、この壁に穴を開けて腕を出すアイデアと言い、仲間達の発想には本当に驚かされる。


「腕を出す時は、ちょっと早目の方が良いかも」

「了解だ」


 こうしてクラスの女子達と普通に話す時がくるなんて、正直思いもしなかった。

 それこそ屋代に合格が決まり、入学するまでは華の高校生活を想像していた。しかしながらそんな夢みたいな話が現実に起こる訳もない。

 その結果、一昨年の文化祭において俺の居場所はどこにもなかった。

 それが去年になって、陶芸部という居場所ができた。

 そして今は、クラスの中に居場所がある。


『いい櫻? どんなに不満を言ったって、周りは変わってくれないの! 変えられるのは自分だけ。だからこそ櫻が変わらなきゃ駄目でしょ?』


 幼い頃、姉貴にこんなことを言われた気がする。あれは確かドッヂボールが弱くて逃げてばかりだった俺を、阿久津と一緒に鍛えようとした時だっただろうか。

 その姉貴も元々は母親に教わった言葉らしいが、確かにその通りかもしれない。

 ただ待っているだけじゃ、何一つ変わらない。

 変えられるのは自分だけ……そしてその努力を見てくれている人は必ずいる。


「みんな……ありがとうな」

「えー? よねくら君、何か言ったー?」

「いや、何でもない」

「うぃーす……って多っ!」

「しー」


 時間が経つと休憩するつもりでやってきたらしい新たな仲間が、俺と同じようなリアクションをした後で更に一人二人と加わっていく。控室②はそれなりのスペースがあるものの六人の時点で既に密度は高く、八人ともなると中々の密集地帯になっていた。

 それでもこうして仲間と一緒に何かをやるのは楽しい。

 そんな文化祭も残り三十分を切ったところで、思わぬハプニングが発生する。


「おい! マズいことになったぞ!」


 既に満員の控室②にやってきたのは、回転ドアの当番をしていた筈の太田黒だった。

 新たな客がトンネルを抜けてくればペシャ猫の声に合わせてドアを回さなければならないにも拘らず、持ち場を離れてやってきた友人は持っていたペンライトで俺達を照らす。


「どうしたんだ?」

「櫻っ? いたのか! ペシャ猫のところの壁が剥がれ始めてる!」

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