四十一日目(日) 陶芸部が安泰だった件
十一時から一時の時間帯はペシャ猫の当番。トンネルを抜けてきた客がダイオードの灯る森を見渡し始めた頃に音声を再生し、行き止まりであることを示すように壁をライトで照らしてからドアが回転した後に再度照らす。
昨日より音声を短くしてもらった結果、人の流れは滞りなく進んでおり問題ないとのこと。ペシャ猫裏の待機スペースが少々窮屈で暑苦しかったが、今まで何人も頑張ってきた当番で俺が根を上げる訳にはいかない。
「わぁー」
そんな熱い戦い……ではなく暑い戦いを密かに繰り広げる中、梅か夢野から話を聞いたのか望ちゃんが友達と一緒にトンネルを抜けてやってきた。
今までやっていた階段前や出口の当番と違い、ペシャ猫担当は完全な裏方。声は掛ける訳にもいかないため、黙って音声を再生させるとライトで照らしつつ見守ることにする。
『――――このオレ様が魔法を掛けて道を作ってやろう。ほぅら、見てみなァ――――』
「きゃっ? わっ、すごーいっ!」
この当番の面白味は何と言っても客の反応。トランプ兵のように脅かす楽しみではなく、メインとも言える回転ドアを目の当たりにした時の褒め言葉が嬉しかった。
いきなり回り出した壁に驚いた望ちゃんは感嘆の声を上げた後で、友達と盛り上がりながらドアの先へ。そのワクワクな姿を見るだけで、こっちまでウキウキしてくる。
「きゃーっ!」
…………まあそんな幸せの裏側で、最後のお化け屋敷ゾーンから悲鳴が聞こえてくると若干の申し訳なさも感じたりする訳だが……ゴメンな望ちゃん。
そうこうしているうちに、あっという間に二時間が経っていたらしい。客の代わりにトンネルを抜けてやってきたのは、交代役である如月だった。
「ん? もう交代か?」
「(コクコク)」
「了解だ。よっこいしょっと」
仕事の注意点を伝えてから教室を出ると、外が随分と眩しく感じる。
二日目も相変わらず大好評らしく、入口の方を見れば長い列が。そしてそれを捌いているのは、不思議の国の少女の衣装を身に付けた冬雪だった。
「……ヨネ。お疲れ」
「おう。似合ってるぞ。冬雪が着ると可愛いな」
「……そんなことない」
素直に褒めたつもりだったが、冬雪はプイッとそっぽを向いてしまう。
しかしコスプレなんて以前なら間違いなく嫌がってやらなかっただろうに……もしかしたらハロウィンパーティーで耐性が付いたのかもしれないな。
「悪いけどちょっと出掛けてくる。何かあったら連絡くれればすぐ戻るから」
「……(コクリ)」
本来は当番が入っていたものの、渡辺に代わってもらったため今の時間はフリー。火水木のバンドは既に終わってしまっているため、一切手伝うことができなかった陶器市へと向かった。
「あれ? ネック先輩じゃないッスか! お疲れッス!」
「よう。順調みたいだな」
店番をしていたのはテツと早乙女の二年生コンビ。今年も売れ行きは問題ないらしく、並んでいるお客さんの会計と梱包を二人が必死に捌いている。
「手伝うから回してくれ」
「あざッス!」
早乙女の梱包は決して遅くないが、一人で五点も六点も買うお客さんがいると流石に追いつかないため、俺は少女の隣に立ちテツから商品を受け取ると梱包を手伝う。
そんなピークも十分ちょっとが経過したところで無事に終了。長机の上に新たな作品を補充している途中で、ふと展示品が置いてある中央の机に視線を向けた。
『作:米倉櫻』
鮮やかな緑色をした大皿の傍に、仰々しく書かれている自分の名前。初めてろくろを挽いた時の不器用っぷりからは考えられないほど、俺なりに頑張った作品だと思う。
書道も、ポスターも、人権標語ですら賞を貰ったことなんてない俺からすれば、こんな風に自分の作った作品が展示されるのは初めての経験。いざこうして目の前にしてみると、何だか不思議な気分になってくる。
「どうしたんスか? ボーっとして」
「いや…………悪かったな。全然手伝えなくて」
今年の店番は均等の割り振りではなく、俺達三年を気遣ってくれたのかテツと早乙女と望ちゃんの三人が多め。次いで冬雪と阿久津がちょくちょく入っており、夢野や火水木は一回、そして俺に至ってはクラスのせいで一度も入っていなかったりする。
「根暗先輩がいなくても、星華達だけで問題ないでぃす」
「相変わらず辛口だなお前は」
「本当ッスよね。こんな偉そうなこと言っておきながら、結構やらかしてるんスよコイツ」
「なっ? どこがでぃすかっ?」
「どこがって、お釣りを間違えたり、お客さんに質問されて慌てふためいたり――――」
「お、お釣りはちょっとうっかり見間違えただけでぃす! それにさっきの質問は鉄だってわからなかったじゃないでぃすか!」
「その質問ってのは?」
「陶芸に詳しいっぽい人が来てたんスけど、ちょっと専門的なことを言われて何を言ってるのかよくわかんなかったんスよね。質問内容すら覚えてないッス」
「あー、成程な。でも陶芸の専門知識となると多分わかるのは先生と冬雪くらいだろうし、それは流石に仕方ないと思うぞ…………と、いらっしゃいませー」
例え陶芸に関する知識に詳しくなくても、テツも早乙女も……そしてまだ一年足らずの望ちゃんも、既に陶芸部を名乗るだけの腕は充分につけている。
作品が売れているという事実が何よりの証明であり、人数的な心配は少しあるものの文化祭で販売する陶芸市の存続はひとまず安泰といったところか。
「そういやミズキ先輩のバンド、凄かったッスよ!」
「ん? 見に行ったのか?」
「オレにユッキー先輩、それにツッキー先輩とメッチの四人で見に行ったッス! いやー、マジで激アツでした! やっぱモテる男は軽音ッスかねー」
「確かに俺も一年前に見た時は、こう胸に響く感じだったからその気持ちはわかるけど、だからって軽音に目覚めて陶芸部を辞めるなんて言わないでくれよ?」
「辞めはしないッスけど、掛け持ちでワンチャンありかなって思ったッスね」
「何をやってもモテない奴が、バンドをやったところで猫に小判でぃす」
「あぁー?」
「はいはい、そこまでそこまで」
心なしか早乙女の毒舌の矛先がテツに多くなった気がする。喧嘩するほど仲が良いとは言うものの、俺が顔を出していなかった影響もあるのかもしれない。
犬猿の仲の二人をなだめつつ、まだ目を通していなかった出入り口に置いてあるノートを確認。今年も昨年同様、作品を褒め称える言葉や要望が書き綴られている。
『ビバ陶芸☆ 望先生の次回作にご期待ください!』
『fantastic!』
その中で明らかに浮いているコメントが二つ。恐らくは望ちゃんが店番をしている時にやってきて、新たな交流を増やすと共に余計なことをまた色々と話したに違いない。
本当に困り者な姉の足跡に苦笑いを浮かべつつ、俺は他のメッセージを読んだ後で黙ってノートを閉じる。店番を確認すると望ちゃんと一緒にいたのは夢野だが、やっぱりコンビニでバイトをしていると外国人の来訪とかにも慣れていたりするんだろうか。
「今年は先輩達って来てないのか?」
「星華は見てないでぃすね」
「先輩って、嵐先輩ッスか?」
「いや、あの人じゃなくて――――」
仮に来ていたら去年同様ノートにメッセージを書き残していくだろうし、どうやら今年は来ていない様子。橘先輩も窯番の日に陶芸室へ顔を出しには来なかったし、大学も二年生くらいになると高校の部活のことなんて忘れてしまうのかもしれない。
『約束だよ』
…………もしもアイツと同じ大学に行けなかったら、会えることもなくなるんだろうか。
中央に置かれている展示品を眺めながら、俺はふとそんなことを考えるのだった。
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