四十一日目(日) 俺が近所に住んでいる幼馴染だった件

「お疲れさ――――」

「はよざ~っす!」


 一時間ほどが経過すると、教室から出てきた客が聞き慣れた挨拶をしてくる。しかしながら発せられた声は、アホっぽい妹のものではない。

 唐突に現れたのは、相変わらずスタイルだけは良い残念美人。以前はコロコロと変えていた髪型も最近はショートウェーブが多くなってきている我が姉、米倉桃(よねくらもも)だった。


「姉貴? 来てたのか?」

「お休みで退屈だったし、梅にお呼ばれして来ちゃいました~。ブイっ☆」

「コンニチワ。オマエ、モモのオトウットさんです?」

「え? あ、どうも……」

「ノンノン。シンディ、お前じゃなくて貴方でしょ~?」

「Oh……ゴメンナサイ」


 姉貴の後ろから現れたのは、シンディと呼ばれた外人の女性。とりあえずカタコトながら日本語を話せるようだが、一体大学でどんな交友関係を結んでるんだこの姉は。


「ドウモ。いつも、モモを世話シテル、シンディです」

「あ、ご丁寧にどうも。いつも姉がお世話になってます」

「ちょっとちょっと~?」

「…………? Oh! チョットイイ気分~♪」

「ぶふっ」


 まさかの返しに思わず噴き出す。流石に姉貴もこれは予想外だったのか、盛大に笑いながら「違うでしょ~」と声を震わせつつ説明していた。

 ペンライトを回収しつつ話を聞けば、このシンディさんは姉貴の大学の留学生とのこと。後はまあ大体の想像通りで、文化祭の話をしたら是非行きたいとのことで一緒に来たらしい。


「モモ。Why~☆○×◆△□※?」

「あ~、確かに。ねえ櫻。どうして不思議な国なのにオカマがいたの?」

「元々はやりたい意見を集めて、それをまとめた結果が不思議な国になったんだよ」

「へ~。It seems that a girly is manners for Japanese high school students.(日本の高校生にとって、オカマはマナーみたいなものなんだって)」

「Wow!」

「嘘を教えるな嘘を!」

「でも櫻達のクラス、楽しかったわよ~? 二クラスがくっついてるってだけでもうビックリなのに、いきなり壁から手が出てきたから思わず握手しちゃった☆」

「何してんだよっ?」

「でも手の方もノリノリだったわよ? ジャンケンしたら乗ってくれて~」

「何やってんだアイツらっ?」


 まあ姉貴はこの手のお化け屋敷でキャーキャー言うようなタイプじゃないし、妥当な感想と言ったところか。相変わらず何を考えているかわからない姉だが、それでも楽しんでもらえたなら何よりだ。


「梅にはもう会ってきたのか?」

「勿論! 梅の所にも、水無月ちゃんの所にも寄って来たわよん」

「そうか。せっかく来たなら陶器市にも寄っていってくれ」

「ちゃ~んと吹奏楽部の演奏を聞いた後で行くつもりだったってば~。水無月ちゃんにも言われて櫻にも言われて、桃姉さんそんなに信用ない?」

「場所は大丈夫か?」

「二人して同じこと言わなくたっていいじゃないの~。もしかして打ち合わせ済み?」

「そんな訳あるかっての。去年に母さんが迷ってたんだよ」

「大丈夫大丈夫。それじゃ、桃桃~」

「じゃあな」

「アリガト、ゴザイマシタ」


 間違いなく流行らないし言いにくい姉貴の挨拶は華麗にスルー。そもそも「梅梅~」は一応バイバイ的な意味があるのに「桃桃~」って明らかに意味不明だし、ただのパクリだろ。

 能天気な姉達が去っていった後で、今日も淡々と仕事を続けていく。全体的な客層としては屋代の生徒、そして屋代を目指していると思われる中学生がメインだ。


「キャーっ!」


 不思議な国というメルヘン気分を味わいに来た筈が、最後はお化け屋敷になるという詐欺っぽい教室から涙目になって出てくる客達。一応子供が相手だった場合は色々と加減するように打ち合わせ済みのため、主に被害に遭うのは怖がりな女子が多い。

 二クラスを合併した催し物ということで教師間でも有名になっているのか、はたまたヤーさんのペシャ猫ボイスを聞きに来たのか、時には先生が来ることもあった。

 そして交代ギリギリの時間になったところで、また新たな客が教室から飛び出してくる。


「はぁ……はぁ……さ、櫻っ?」

「よう」

「や、やあ」


 やや息を切らしながら勢いよく出てきたのは、阿久津と見知らぬ女子生徒。実は俺は二人が入るところを見ていたが、当の阿久津は気付いていなかったらしい。

 出口で待っていた俺を見るなり、慌てて姿勢を正すと普段通りに振る舞う幼馴染。隣にいたクラスの友人と思わしき女子生徒にペコリと頭を下げられるが、教室の中で悲鳴を上げていたのが彼女なのか阿久津なのか気になるところだ。


「お疲れさん。ああ、ペンライトはこっちで預かるから」

「ありがとう。色々と楽しませてもらったよ。それにしても前評判通りの凄さだったね。これなら賞も充分に狙えるんじゃないのかい?」

「テツにも言われたけど、どうなんだろうな。そこまでは考えてなかったし……まあ例え賞が取れなくても、良い思い出はできたから充分だよ」

「そうかい。まあボクとしては、キミが努力した成果を見せてもらえて何よりかな」

「頑張るのはまだまだこれからだけどな」

「確かにね。それじゃあまた後で会おう」

「ああ」


 不敵な笑みを浮かべた後で、幼馴染の少女は友人と共に去っていく。

 その後ろ姿を見届けていると、女子生徒と阿久津の小さな会話が耳に入ってきた。


「何々? 水無月、知り合い? ひょっとして彼氏とか?」

「勘違いしないで欲しいけれど、彼はただの近所に住んでいる幼馴染だよ」


 どうやら二年前に比べて、少しは成長したらしい。

 デジャヴを感じさせる幼馴染の言葉を聞いて、俺は小さく笑うのだった。

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