四十一日目(日) クラスが一つになる時だった件

「おっ?」


 何かしらのハプニングに備えて、普段よりもかなり早目の時間に登校した文化祭二日目。普段なら必ずいる筈の親友が、今日は珍しく見当たらない。

 ひとまず一通り見て回るべく、C―3を逆走して電気を点けてから鞄を置く。その後で教室を出てからポロポロと落ちていた外装の花紙を貼り直していると、丁度良く昇降口を抜けたアキトが階段を上がってくるのが見えた。


「おっす」

「ちょまっ? 三年目の夏にして拙者の登校神話が崩壊とか、あるあ……ねーよ」

「毎日こんな時間に登校してたのか?」

「今日は若干遅れましたが、米倉氏はいつ来たので?」

「ついさっきだ」

「どう見てもトイレが原因です、本当にありがとうございました」

「そういや聞いたことなかったけど、何でいつも一番に来てたんだ?」

「ぶっちゃけると元々はオタ要素で減点されていた拙者の印象を補填するために、謎キャラを演じてた訳ですな。不思議であればあるほど、魅力は増すかと思われ」

「そこまでしてオタを貫き通す意味はあったのかよ?」

「これは拙者のアイデンティティですしおすし。まあ登校神話の件に関しましては、米倉氏ならノーカンですな。今日も拙者が一番だったと言うことで」

「んじゃ、そうすっか…………ようアキト。お前一人か?」

「オッスオッス。見ての通りですな」


 手摺りによりかかっていた俺が教室へ足を踏み入れつつ冗談半分で挨拶を仕切り直すと、中にいたアキトがニヤリとしながら答える。わざわざ一番に登校なんてしなくても、コイツの凄さは一年の一学期が過ぎた頃には充分知れ渡ってたと思うけどな。


「しかし米倉氏、今日はまた随分と早い登校だお」

「昨日の帰りの時点では問題なかったけど、今朝何かあったらマズイだろ?」

「それにしてもこの米倉氏、リーダーである」

「んなことないっての」


 そんなくだらないやり取りを交わした後で、俺は順路を通って各教室の様子をチェック。C―2側に問題がないことを確認してからトンネルを抜けて、C―3側についたところで思わず呆然とする。


「…………アキト、ちょっと手伝ってくれるか?」

「どうしたので?」

「ペシャ猫のところの窓側の壁が剥がれかかってるから、机を持ってきてくれ」

「おk把握」


 最初に教室へ入った時に心なしか妙に明るい気もしたが、まさか壁がこんなことになっていたとは全くもって気付かなかった。やっぱり今日も早く来ておいて正解だったな。

 控室②に置いていた余りの机を持ってきてもらうと、それを足場にして補修を開始。アキトに壁を支えてもらいつつ、剥がれていた部分を丁寧に固定し直していく。


「お、おはよう櫻君。アキト君」

「早目に来て正解だったみたいだな……」

「葵? それに渡辺も、こんなに早くに来てどうしたんだ?」

「な、なんか目が覚めちゃったから、風船を膨らませておこうと思って」

「昨日が大盛況だったから、どこか壊れたりしてないか確認しておこうと思ってな……」

「どうやら考えることは同じらしいですな」


 準備が終わってなかった昨日と違って、今日は招集をかけていない。それにも拘わらず早い時間に登校してきた葵と渡辺は、作業中だった俺達に手を貸してくれた。

 アキトと二人では一苦労だった修理も、四人だとスムーズに進んでいく。無事に壁を修復し終えた後は俺の気付かなかった細かい箇所を直し、昨日アキト達がやっていたお化け屋敷ゾーンの壁から腕を出すための穴を増やしておいた。


「そうだ櫻……。お前の当番、一つ俺が代わるぞ……」

「ん? どうしたんだよいきなり」

「当番表を見て気付いたけど、功労者のお前が二日間フルで入ってどうするんだよ……」

「別にこれくらい平気だっての。それに渡辺だって昨日も今日も二回ずつの合計四回で多い方だし、俺の代わりに入ったら今日なんてフルタイムになるだろ?」

「昨日あらかた回ったし、どうせ暇でやることもないから気にするな……。それにラストの時間なら他の連中も仕事に慣れて、そうそう問題も起きないだろうしな……」

「そういうことなら……サンキュー」


 別に身体の疲れもなく気にしていなかったものの、何だかんだで任せきりだった陶器市の方も気になるため、渡辺の厚意に甘えて最後の時間の当番を代わってもらった。

 アキトが各種ダイオードやフラッシュ関係のチェックに入り、俺達が今日の分の風船を膨らませていると、続々と登校してきたクラスメイト達もまた何も言わずに自然と作業へ加わっていく。


「私達部活の用事が無くなったんだけど、何か手伝える当番とかあるかな?」

「それなら混んでる時に入口が大変そうだったから、サポートしてくれると助かるよ」


 大好評だった影響もあってか、自ら積極的に手伝いを申し出るクラスメイトも現れ始めたため、昨日の様子を見た限り一人で担当する場所が厳しそうだった仕事のサポートや控室②から腕を出して脅かす役を頼んでおいた。

 最初は参加率が二割程度しかなくバラバラだったクラスが、気付けば一つになり始めているように感じる。そして米倉櫻という人間が、今だけは輝いている気がした。


「すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、拙者たちのほうに」

「今日の風力は0だけどな」

「扇風機……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、拙者たちのほうに」

「えぇっ?」

「そのボケのためだけに、そんな小道具まで用意したのか……?」

「いやいや、元々は脅かすのに使えないかと思って持ってきただけですな」


 単三電池二本で動く、100均で売ってそうな手持ちミニ扇風機を掲げつつ答えるアキトだが、どうやら俺と同じような一体感を感じていたらしい。

 修復作業が無事に終わったところで、ヤーさんによるペシャ猫の声の修正版も到着。仲間達と一緒になって聞き、相変わらずの謎ボイスに思いきり笑った。


「よし! それじゃあ皆、今日も頑張っていこう!」

『おーっ!』


 そして時刻が九時を迎えると、文化祭二日目の公開がスタート。俺の仕事は昨日の最後にも担当した出口当番から始まるため最初のうちは楽できるかと思ったものの、昨日の評判もあってか屋代の生徒を中心としてあっという間に列ができ始める。

 二日目の今日は入口担当の女子が、元ネタである不思議の国の少女のコスプレまでしていた。一体どこで手に入れてきたのやら……いや、仕入先は考えるまでもないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る