四十日目(土) 不思議な国のC―3が大人気だった件

 トランプ兵として客を脅かし続けた楽しい二時間も、気付けばあっという間に終了。一日目最後の当番は出口担当であり、俺はクラスメイトと交代する。

 出口での注意点はこれといってないらしく、当初の予定通り貸していたペンライトの回収を忘れないことのみ。三本ほど溜まってから控室①にいるフラッシュ担当へ渡し、そこから回転ドア役の手に戻る形だ。

 トランプ兵をやっていた時にその流れは見ていたため、これといって問題はなし。仮に問題があるとすればそれは出口ではなく、入口担当の方だろうか。


「それにしても……本当に凄いな……」

「あれ? 知らなかったのか?」

「ああ。行列ができてるってのは聞いてたけど、ここまでだとは思わなかった」


 教室前に並んでいた人の列を目の当たりにして、思わず驚かずにはいられない。C―2の入口から始まっている列は既にC―1前を通過し、階段付近にまで届く勢いだった。

 既に交代の時間は過ぎているにも拘わらず、入口担当は前任者と合わせての二人体制に。本人は別に大丈夫と言ってくれていたため、今はその言葉に甘えることにする。


「すんませーん! ちょっと通してくださーい!」


 大繁盛であることは嬉しいものの、ただでさえトンネルが道の邪魔になっていてC―4に迷惑を掛けているのに、C―1にまで浸食してしまい申し訳ないとしか言いようがない。これが広いホールの一階だったなら、一切問題なかったんだけどな。


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁ!」

「はい、お疲れ様です。ペンライトはこちらで預かりますので。ありがとうございました」


 トランプ兵に驚かされて飛び出すように教室から出てきた少女へ労いの言葉を駆けつつ、入口側の様子も確認しながら淡々と仕事を進めていく。

 そうしているうちに、見知った顔が列に並んでいるのを発見。今年は宝探しをやっていると聞いてはいたが、トレジャーハンターっぽいデザインのクラスTシャツを着ている火水木と夢野が楽しそうに話している姿が見えた。


「!」


 どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、二人して笑顔で手を振ってくる。

 俺も軽く手を挙げて応えると、順番が回ってきた少女達は教室の中へ。火水木の大きな悲鳴が外まで聞こえてこないかなんて考えながら接客を続けた。


「お疲れ様で……お?」

「やっほー」

「ふふ。遊びに来ちゃった」

「へー。女子は大体逃げながら出てくるんだけど、二人とも平気そうだな」

「あんなのでアタシを驚かそうなんて十年早いわよ」


 そういえばコイツ、肝試しとかお化け屋敷の類は余裕なんだっけ。ビビっている姿を見たことがあるのは、せいぜいGと遭遇した時くらいか。

 夢野も前に言っていた通り人が脅かす系は大丈夫らしく、騒ぐことなく出てきた二人はアトラクションを満喫した様子。楽しんでもらえたのか、ニッコリ笑顔を浮かべていた。


「あの行列だし言わなくても分かると思うけど、ネック達のクラスかなり評判になってるわよ? 流石は二クラスをくっつけただけあるわね」

「まあ、それなりに頑張ったからな」

「本当、凄く面白かった♪ 絵は綺麗だったし、滑り台とかトンネルとか楽しかったし、特にあの回るドア! 行き止まりだと思ったら動き出して、ビックリしちゃった!」

「そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとうな」

「でも米倉君、大丈夫? 今日は五時から作業してたって、ミズキから聞いたけど……」

「そうそう。兄貴からノブセンの所に泊まるって連絡着た時は驚いたわよ」

「ノブセン……? ああ、店長か。アキトは徹夜だって言ってたけど、俺は見ての通り問題なしだ。心配してくれてサンキューな」


 そのアキトもフラッシュ当番を問題なく終えた今は控室②にて休憩中。もっと落ち着いた場所の方が休めるにも拘わらず「緊急時のヘルプ要員ですな」と待機してくれている。


「ねえねえ米倉君。あのペシャ猫の声って誰の声なの?」

「ああ。あれ、うちの担任だよ」

「ちょっ? よくやってくれたわね」

「誰も希望者がいなかったから……と、お疲れ様でした」


 二人との話は盛り上がるものの、少しすると次の客が出てくる。

 その対応をしていると、仕事中である俺を気遣って少女達は話を切り上げた。


「それじゃあ、また後でね」

「他のメンバーにもオススメって伝えておくわ」

「サンキュー。来てくれてありがとな」


 アキトから聞いた限り火水木は今年もバンドをやるみたいだが、この調子だと残念ながら今年は見に行くことができなさそうだ。

 そんなことを考えながら、再び出口の仕事をこなしていく。すると一時間ほどが過ぎたところで、今度はテツとその友人と思わしき青年が出口からひょっこり現れた。


「あっ! ネック先輩じゃないッスか! ちわッス!」

「よう」

「んー? 透の知り合いー?」

「おうよ! 妹さんがクッソ可愛い陶芸部の先輩だ!」

「まだ言ってんのかお前は。あれのどこが良いんだよ?」

「いやいやマジで最高じゃないッスか! さっき梅ちゃんのクラスにも行ってきたッスけど、そりゃもうキラッキラに輝いてたッスよ! 眩しかったッス!」

「それ、油でテカってただけだろ?」

「違うッスよ! そうだ! 梅ちゃん誘ってもう一回来てもいいッスか?」

「梅ならもう来てたから、誘っても無駄だと思うぞ」

「マジッスか。いやー、残念だなー。でもネック先輩のクラス、マジで凄いッスね! これなら普通に賞とか取れるんじゃないッスか?」

「昨年の受賞者にそう言ってもらえると自信つくな。サンキュー」


 作っていた当初はここまで大がかりな企画になると思っておらず大して意識していなかったが、いざこうして完成し行列ができているとなると少し期待が膨らんでくる。

 相変わらずよからぬことを考えてばかりな後輩に別れを告げると仕事を再開。そしてそのまま何事もなく、一日目終了のアナウンスが流れ始めた。


「とりあえず無事に終わったね!」

「ああ。お疲れさん」


 最初はどうなることかと思ったが、ホッと胸を撫で下ろす。必死に客を捌いていた入口当番の女子と言葉を交わしていると、C―2での仕事を終えた仲間達がやってきた。


「おう櫻」

「お疲れ。そっちは何かハプニングとかはあったか?」

「あーー。ピコハンなんだけど、かなりボロボロになっちまってさーー」

「うおっ? こんなんで大丈夫だったのかっ?」


 オカマ姿の新川達が見せてきたのは、ガムテープが至る所に巻かれたボロボロのピコハン。ありとあらゆるパーツの外れた形跡があり、その必死さが窺える。

「最初は修理して頑張ってたんだけどな。追いかけっこだと厳しそうだったから、こっちで勝手に叩いてかぶってジャンケンポンに変えちまった。お前にも伝えようと思ったんだけど、忙しくて話す余裕なくてさ。本当に悪い!」


「いやいや、寧ろナイス対応だ! 助かったよ」

「良かったのか?」

「ああ! 明日もそれで頼む!」

「応! 任せておけ!」


 どうやら俺がC―2の階段前当番からC―3のトランプ兵へ移動した頃に、ピコハンの崩壊が始まっていたらしい。臨機応変な対応をしてくれた新川達には感謝しかない。

 そんな仲間達に礼を言いつつ、電気が点いて明るくなったお化け屋敷ゾーンへ。すると何か用事でもあったのか、俺を見るなり冬雪がやってくる。


「冬雪。ペシャ猫はどうだった?」

「……やっぱり声が長い。結構お客さんが詰まってた印象」

「了解だ。先生にお願いして、ショートカットバージョンを作ってもらうか」

「……ありがとう」

「こっちこそ、陶器市の件と合わせてサンキューな…………って、何だこの穴?」


 水分補給しに戻ろうとしたところで、控室②とお化け屋敷を隔てているダンボールの壁に何箇所か掌サイズの穴が空いていたことに気付く。

 壊れたと言うよりは、意図的に作られたような形。一体何かと思っていると、唐突に穴から腕がニョキっと勢いよく飛び出してきた。


「うぉあっ?」

「フヒヒ、サーセン」

「よねくら君、お疲れー。控室なんだけど、ちょっと改造しちゃったー」

「休憩が暇だったので、ここから手を出して驚かしていたでござる」

「そんなことやってたのかよっ?」


 てっきり仮眠でも取っていたのかと思いきや、トランプ兵で盛り上がっていた俺同様にアキトもテンションMAXだったらしい。一日目の前半に来た客はこれを知らないだろうから、二日目に来たら驚くこと間違いなしだろうし結構良いかもな。

 その他の面々にも話を聞いてみたが特に問題なし。各自一日目のラストを担当したメンバーには、二日目のスタートを担当するメンバーへ仕事内容を伝えておくよう指示しておく。

 やがて先生がやってきたところで、ペシャ猫の声のショートカット版を依頼。帰り際には100円ショップへ寄り、新たなピコハンを購入しておいた。

 こうして早朝から始まった長い長い一日目は終わり、文化祭は二日目に突入する。

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