四十日目(土) 最後の文化祭の始まりだった件

『それでは、只今より屋代学園文化祭を開催いたします』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 昨年も一昨年も傍観していただけの叫びだったが、今年はテンションが上がっていたこともありアキトと一緒になって叫ぶ。お互いに睡眠不足も相俟って、一種の深夜テンション状態なのかもしれない。

 今年も相変わらず校長が踊り、大きなくす玉が見事に割れ、応援部や吹奏楽部によるパフォーマンス満載な開会式が終了すると、気合い充分な仲間達と教室に戻った。


「ごめーん、よねくらくーん。最初の私の当番なんだけど、ちょっと用事ができて入れなくなっちゃったー。でもユーコが空いてるって言ってたから、交代でも大丈夫かなー?」

「ん? ああ、交換なら大丈夫だ。仕事内容については伝えておいてくれるか?」

「うん。良かったー。ありがとー」


 ギリギリになって当番を変えてほしいというケースもいくつかあったが、幸いにも担当箇所の交換だったり事前に代理人を手配してくれていたりと、言い出した面々も俺の事情を考えてくれていたため問題なし。確認後には当番表も修正しておく。

「仕事中にこうした方が良いと思ったり、何かしら気付いたことがあった時には各自交代する際に次の当番の人に伝えておいてくれ。対応できないような緊急事態の場合は、俺の番号にワン切りしてくれればすぐヘルプに行くから」


「応!」

「りょーかーい」


 ある者はオカマに変身し、そしてまたある者はトランプ兵に扮する。そして各々が自分の当番場所でスタンバイを始め、俺もまた最初の当番である滑り台の階段前で待機した。

 一日目は十時から十一時までが生徒公開の時間。一般客の開放は十一時以降のため、まずはこの一時間で仕事に慣れてもらいつつ問題がないか確認していく。


「何これ~?」

「え~? 凄くない~?」


 配置について数分後、早速最初の客である女子生徒二人がやってくる。

 最初のゾーンにある如月が描いてくれた絵を見てか、はたまたアキトが作り上げたドアを見てか、聞こえてきた感想を耳にして思わず口元が緩んでしまった。


「ここから先は階段になってますが、頭をぶつけないよう気を付けてください」

「「は~い」」


 頭上に注意をしながら階段を上った二人は、一人ずつ順番に滑り台を滑っていく。

 滑り台の向こうにはピコハンと風船を渡す双子Xのスタッフを配置しているが、女子が滑った際にスカートの中が見えてしまう可能性を配慮して、担当は全員女子にしておいた。勿論、昨年の夢野の一件を思い出したのは言うまでもない。


「……これをどうぞ。それともう一人の方はこれを腕に付けてください」

「え? あ、はい」

「何でピコピコハンマー? それに風船?」

「……この先にオカマがいるので、オカマを叩いて風船を割られないように守ってください」

「「オカマ~っ?」」


 今の双子X担当は冬雪であり、少女の手から渡されたアイテム及びオカマという謎ワードに困惑する女子生徒達。そりゃ原作にオカマは登場しないもんな。


「何でもない日ーっ!」

「万歳ーっ!」

「「…………?」」

「「うおおおおおおおおおおっ!」」

「「キャ~~~~~~~っ!」」


 お茶会スペースに女子生徒二人が入ったらしく、新川達によるオカマ二人組が出迎える……と思いきや、大きな悲鳴と共にドタバタ音が聞こえてきた。


「ウェーイっ!」

「キャ~っ! キャ~っ!」

「ウェイウェーイっ!」

「あっち行けっ! あっち行け~っ!」


 キャーキャー叫びながらも風船を割られないように、ピコッピコッとピコハンで撃退する音が耳に入る。それにしてもあのオカマ達、ノリノリだな。

 そんなやり取りを聞いていてふと気付いたが、終わらせ方について考えていなかった件。どうするのかと思っていると、大体三十秒ほど過ぎた辺りで急に静かになった。


「へ……何……?」

「何か動かなくなったけど……これ、先に行っていいのかな……?」


 どうやら新川達は、ある程度したらピタッと動きを止めることにしたらしい。唐突に襲いかかってきたと思えば、いきなり停止するオカマ達……マジで何なんだコイツら。

 最初は困っていた女子生徒二人だったが、双子Yにピコハンと風船を返すやり取りが聞こえたため、問題なく先に進んでくれた様子。仮に立ち止まる客がいた場合には、双子Xのスタッフが先に行って大丈夫だと指示を出すべきかもしれないな。

 やがて女子生徒二人がトンネルに入りC―2からC―3へ移動し始めた辺りのタイミングで、丁度よく新たな客がやってくる。入口担当には大体一分半置きと伝えていたが、この辺りは割と予想ピッタリだったかもしれない。


「天井が低くなってますので、頭の方お気を付け下さい」


 階段前の仕事はとても楽で、基本的には注意喚起のみ。何事もないまま一時間が過ぎると、一般公開が始まり他校の生徒や家族連れもやってくるようになる。






「こんちわーっ! いやー、メチャンコ凄いっすねーっ!」

「ありがとうございます」

「やっぱ屋代って広いですし、可愛い子とかも一杯いるんすかっ?」

「え? あー、そこそこ……ですかね?」

「馬鹿お前! 困ってんだろ? 変なこと聞いてないで行くぞ?」

「いや、大丈夫ですよ。あ、頭上には気を付けてくださいね」

「うぃーっ!」






「頭の方にお気を付け下さい。この先、滑り台になってます」

「滑り台ですか。ター坊、大丈夫か?」

「…………」

「あ、滑るのが駄目な場合は、こちらに裏道もありますよ」

「ター坊、どっちがいい?」

「…………こっち」

「すみません。それじゃあ裏道でもいいですか?」

「はい。どうぞ」






 こんな調子で案内を続けているうちに、あっという間に当番の時間である二時間が経過。交代しに来た仲間に仕事内容を伝えてから、俺は次の当番であるトランプ兵2に扮するべく、道中の確認がてらトンネルを抜けてC―3側へと移動する。

 トンネルを抜けた先は一面の森。正面にはペシャ猫が待ち構えており、音声に合わせて左側にある回転ドアが回ると木々の中から扉が現れる……という訳だ。


「こっちは大丈夫か?」

「ペシャ猫の声が長くて、ちょっとお客さんが詰まる時があるかも。トンネルを抜けて入ってきたくらいの早いタイミングで再生すれば何とかなるから、そう伝えておくね」

「オーケー。頼んだ」

「あとは……ちょっとここ、窮屈かも」

「それは悪いけど耐えてくれ」


 冗談めかして言われた要望に苦笑いを浮かべつつ答えると、回転ドアを抜けた先へ。四枚の絵が貼られた細い一本道を抜けた先は、真っ暗なお化け屋敷ゾーンだ。

 携帯のライトで周囲を照らしつつ先へ進み死んだ振りをしていた但馬を起こすと、ダンボール製のトランプ兵前掛けを受け取り装着する。


「やべーよ櫻。ここメッチャ面白いぞ!」

「マジか。何か注意点とかは?」

「わざわざ追いかけなくても、通り過ぎた後に立ち上がって大声上げるだけで大丈夫な感じだ。お客さん、メッチャビビって逃げていくからよ」

「了解だ」


 やたらウキウキしていた但馬と交代し配置に付く……もとい、ゴロリと横になった。

 この暗さだし早朝から準備をしていた睡眠不足の影響もあって、うっかり眠ってしまわないか正直不安だったが、それが取り越し苦労であることを俺は数分後に知ることになる。


「え? ちょっと待ってっ? 何でペンライト渡されるのっ?」

「…………ヤバくないこれ?」

「いやいや、私駄目なんだってっ! こういうのマジ無理だからっ!」

「お化け屋敷じゃないって言ってたのに、何でこうなるの……ほら! 何かいるし!」

「やだやだ怖い怖い怖い怖い怖い」

「…………動かない……ね」

「いやいやいやいや、絶対動くってっ! こういうの、絶対に動――――」

「ヴァアアアアアアアア!」

「「ギャアアアアアアアアっ!」」


 …………あ、確かに面白いわこれ。

 肝試し等でお化け役をした経験なんて今までに一度もなく、人を脅かすのはこれが初めてだったが、予想以上の快感に思わずニッコリ。眠くなるどころか逆に目が覚め、どんな反応をするかワクワクしながら客を待った。


『――――ただしここから先に行って何が起こっても、オレ様は知らないからなァ……』

「わっ? 凄~い!」

「ここから先は、これをどうぞー」

「はえ? ペンライト?」


 トランプ兵を始めてから少ししたところで、何やら聞き覚えのある間の抜けた声がした。どうやら聞き間違いではなかったらしく、その疑惑は確信へと変わる。


「え~、何々? 昔々、トランプの国はハートの女王の支配する国でした。しかしそんな女王に不満だった兵士達は、クーデターを起こしました。その戦いはとても悲惨なものでした。今でも息絶えた兵士達の亡霊が、この地にはうろついているそうです……だって!」

「ここから先、暗くなってるけど……お化け屋敷なのかな?」

「わ~っ! 本当だ~っ! しーぽん、こういうの苦手?」

「ちょっと……」

「大丈夫大丈夫~。さ~て、ヘビが出るか、蛇が出るか」

「梅ちゃん、それどっちもヘビだよ!?」


 もしかしなくても、マイシスターが友達を連れてやってきたらしい。わざわざ一本道に貼られた四枚の絵を音読したアホな妹は、ペンライトを片手にずいずいと近づいてくる。


「う~む……死後二日ってところか……」

「ヴァアアアアアアアア!」

「びゃーっ?」


 倒れていた俺をライトで照らすなりアホなことを抜かした妹は、友達と一緒に音速ダッシュで去っていった。高校生になっても相変わらずだなアイツは。

 家では部活で疲れ切っている姿しか見ていなかったため少し気になっていたが、妹に友達ができていたことにホッとしながら、俺はその後も客を脅かし続けるのだった。

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