四十日目(土) 午前五時の登校だった件
いよいよ今日は文化祭当日。早朝の作業があるにも拘らず睡眠というよりは仮眠に近い状態で、俺は午前三時半に鳴った目覚ましを止めると身体を起こす。
親に迷惑はかけまいと可能な限り物音を立てないように心がけていたが、顔を洗ったり電子レンジを使ったりしているうちに結局母上を起こしてしまった。
「それじゃ、行ってきます」
そしてまだ外が薄暗い四時半に家を出発。自転車を漕いでいると丁度空が白み始めていき、夜明けの登校という前代未聞の体験にテンションが上がってくる。
屋代に到着すると駐輪場はガランとしており、その光景にも新鮮さを感じずにはいられない。そのまま昇降口に向かうと靴を履き替え、Cハウスへと足を踏み入れた。
「おー」
どこの教室もシーンとしていて消灯している様子は放課後でも見掛けるが、階段を上がってみると必要最低限しか電気が点けられておらずハウスとハウスを繋ぐモールまで真っ暗。これは屋代では滅多に見られない気がする。
職員室は明るいもののガランとしており、中にいる先生はヤーさんだけしか見当たらない。そんな不思議な光景を横目で眺めながら、唯一電気が点いているC―3の教室へと向かった。
「やっぱりアキトだったか」
「オッスオッス」
こんな変則時間でも一番に登校していたのは予想通りの親友。本来なら電車通学であるためこの時間には間に合わない筈のアキトだが、昨日は屋代の目と鼻の先にある店長宅に泊めてもらったらしい。
キーホルダーの販売やコスプレ衣装の貸し出しに始まり、ついには人材派遣に留まらず寝床の提供までサービスするとは、もう何でもありとしか言いようがないな。
「他は?」
「まだ拙者達だけですな」
「了解だ。お前も本来なら始発組だったのに、徹夜組にさせて悪かったな」
「問題ないですしおすし……ってかぶっちゃけると、ガチで徹夜だったりする件」
「マジかよっ? 店長の家で寝たんじゃないのかっ?」
「下準備が中々終わらず、気付けば時間になってたでござる」
「おいおい、大丈夫なのかそれ? 今日お前、フラッシュ当番とか入ってるだろ?」
「眠ったら負けだと思ってる。米倉氏こそ当番が二日間フルで入っているのでは?」
「俺は一応寝たし、それくらい何とでもなるっての」
「流石は米倉氏、マジぱねぇっす。そういえばオカマ衣装ですが、無事に手配できたのでそこに置いておいたお」
「了解だ。サンキューな」
お化け屋敷ゾーンに用意したスタッフ休憩用の広い空きスペース、控室②に置かれていた衣装を確認した後で、改めて二つの教室を見回り残っている作業を確認する。
「そっちは人手が必要か?」
「この程度、拙者一人だけで充分だお」
「それ死亡フラグだろ」
「フヒヒ、サーセン」
アキトが徹夜で準備してきたダイオードを取りつけていく中、俺も一人でできる作業を開始。少しすると渡辺や但馬、太田黒といった面々が登校し、新川達イケメングループもやってくる。
最終的には葵達電車組も始発で到着。家が遠いため流石に厳しいと連絡があった数人を除いて、男子のほぼ全員が集合するという胸熱な展開になった。
「悪いな。こんな朝早くから」
「気にすんなっての。そもそも俺達、夏休み中は全然協力できなかったしな」
「そーーそーー。遠慮すんなってーー」
「つーか朝の学校でワクワクじゃね?」
「それな!」
早朝から手伝ってくれた仲間達に感謝しつつ、残っていた小さな壁を協力して設置。思っていた以上に道を塞ぎ通行の邪魔になってしまわないか不安なC―2とC―3を繋ぐトンネルも固定が完了し、作業はいよいよ仕上げに入っていく。
七時を回った辺りになると、無事に終わるか気に掛けてくれていた女子も現れ始める。その頃には既に内装は準備完了しており、花紙を折ったり風船を膨らませたりと細々した作業が中心になっていた。
「アキト、ガムテープ知らないか?」
「ガムテープとは、かの有名なトーマス・エジソンが発明した粘着テープの一種ですな。日本では1923年にアメリカから製造機械と原料が輸入されて製造が始まっているお」
「オーケーわかった。そいつをこっちに渡せ」
「米倉氏が落としたのは金のガムテープでござるか? それとも銀のガムテープでござるか? はたまた立ち入り禁止用の危険表示ガムテープでござるか?」
「どれも普通に売られてそうだな」
「頭の良い米倉氏には、普通のガムテープを差し上げましょう」
「ああ。そういやその泉の女神の絵本が、病院に置いてあったから読んだんだけどさ」
「さいですか」
「この木こりの落とし方だと、女神の頭に斧が刺さるんじゃないかって角度だったわ」
「ブッフォ!」
もしかしたらあの物語の真相は傷を負った女神が木こりへ復讐するため、ド○クエのボスみたいに両手に金と銀の斧を構えて現れたんじゃないかと思ってしまったくらいである。まあこんなアホみたいなことを考えているのは、多分俺だけだと思いたい。
完成間近になったことで余裕も出てきて、くだらない雑談も増え始める。そしてついに午前八時を迎えたところで、最終確認が終了した。
「よし。これで一通り大丈夫そうだな」
「ってことは?」
「ああ! 完成だ!」
「いよっしゃーっ!」
まだ祭りが始まる前だというのに、既に終わったかのような大きな歓声が上がる。
残った時間で各種当番を務める生徒を集めて仕事の説明をすると、ピッタリ開会式の時間に。俺達は意気揚々と体育館へ向かうのだった。
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