三十九日目(金) ヤーさんがマフィアだった件
「随分と難しい顔をして、どうかしたのか?」
「実は予算オーバーで困ってまして」
「予算? あー、予算なら昨年の余りがあるから気にしないでいいぞ」
「えっ? 本当ですかっ?」
ヤーさんの思わぬ一言で、どうしようもないと思っていた問題がサラッと解決。おやつ休憩も充分に取ったため、早速渡辺に買い出しを頼んだ。
正直ラッキーだと思っていたが、後になって考えてみるとそんな埋蔵金が本当にあったのかは疑わしく、もしかしたら先生のポケットマネーだったのかもしれない。
「…………しまったな」
「どうかしたので?」
「窓が閉まらない」
「閉まったのか閉まらないのか紛らわしい言い方だお」
しかしながら一難去ってまた一難。俺達は新たな問題に見舞われる。
ダンボールを吊るすためにロープを張っていたが、その際に窓枠へ括りつけたロープが思った以上に太く窓が閉まらない。俺もアキトもいけると思っていただけに、これは正直予想外のハプニングだった。
ホール側の窓は閉めなくても問題ないが、外へ繋がる窓は防犯の関係から鍵を掛けられる状態にしなければならず、このままでは文化祭の規則違反になってしまう。
「力技でいける希ガス」
「そう思ったんだけどな。やってみ?」
「ふんぬらばっ! しゃーんなろーっ! 無駄無駄無駄ーっ! 妖鬼百風無現剣っ!」
「…………な?」
「これは無理ですな。仮に閉まったとしても、鍵の方が壊れそうだお」
「お得意の魔改造で何とかならないのか?」
「どう見ても不可能です、本当にありがとうございました」
「マジかよ。参ったな……どうする?」
昨日は人的問題だったが、今日は物理的な問題にばかり直面する。
机に貼りつける形式へ変えられる場所なら何とかなったかもしれないが、この25番の壁は唯一の両面仕様。つまり絶対に吊るす形式でなければいけない。
他にロープを張れるような場所はないし、吊るす以外に壁を立てる方法も思いつかず、どうしたものかとアキトと一緒に悩んでいたところで先生がやってきた。
「火水木ーっと。おお、いたいた」
「オッスオッス」
「お前宛てにラブレターだぞ」
他の先生から渡すよう頼まれたのか、アキトにプリントを差し出すヤーさん。そんな中で俺は先程の予算の件を思い出し、何かいいアイデアをくれることを期待して相談する。
「あの、先生。ちょっといいですか?」
「ん? どうかしたのか?」
「実は窓が閉まらなくて困ってまして」
「窓? あー、窓ならバレなきゃOKだから気にしないでいいぞ」
「えっ? いいんですかっ?」
「神降臨!」
またもヤーさんの思わぬ一言で、どうしようもないと思っていた問題がサラッと解決。いや今回は解決した訳じゃないが……まあOKと言ってるし気にしないでおこう。
とりあえず他の先生には気付かれないよう可能な限り隠蔽を施しつつ、その後も作業を続行。下校時刻である午後七時を過ぎると文化祭実行委員が何度か注意しに来たが、それでも未だに完成していないという危機的状況の俺達は残り続けた。
「お前らーっと。流石に時間が時間だしもう終わりにしろ。続きは明日の朝にやれ」
しかしながらそれも限界があり、九時を過ぎた辺りで先生達も登場。あと少しで帰ると何度も引き延ばしてきたものの、ついにはヤーさんからこれ以上は駄目だと告げられる。
ようやく九割程度まで完成したものの、先生が敵となった今回ばかりは絶体絶命。続きは明日と言われても、明日は明日で風船を膨らませたり各当番に仕事内容を説明しなければならないため、残り一割の準備をする時間はないだろう。
「あの、先生。学校って何時から開いてますか?」
「時間? あー、時間ならお前らに合わせるから気にしないでいいぞ」
「えっ? いいんですかっ?」
「言っておくが内緒だぞ? それと男で来れる奴は呼んでもいいが、女子は危ないから駄目だ。それをちゃんと守るなら、六時でも五時でも開けてやる」
「ありがとうございますっ! それじゃあ五時に、宜しくお願いしますっ!」
ヤーさんも俺達の頑張りに心を打たれた……というよりは、しつこさに白旗を挙げたのかもしれない。何にせよ五時スタートなら完成も見えてくる。
俺は慌てて残っているメンバーを集めると、今の先生の話を伝えた。
「マジか……凄えな……」
「マフィア降臨キタコレ!」
「おっしゃ! 任せろ!」
「俺も行けるぜ!」
「始発で行くからちょっと遅れるわ。それまではお前らに頼んだぜ!」
「この文化祭が終わったら俺、勉強するんだ」
「それじゃあ男子達ー、私達の分まで頑張ってねー」
午前五時の登校と聞いて、野郎共もヒートアップ。今いないメンバーにはアキトから伝えてもらうよう頼み、俺達は先程までの粘りから一転して速やかに解散する。
気付けば新川達とのわだかまりはなくなっており、今日に至っては遅くまで残って一緒に作業を手伝ってくれた。前にアキトが言っていた通り、何かと奮闘している俺を見てようやく少しは認めてくれたのかもしれない。
帰宅後は親に明日の朝が早いという事情を伝えてから、当番表における変更希望の修正作業や最終確認。前日の文化祭準備は日付が変わるまで続くのだった。
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