三十九日目(金) 俺の担任がヤーさんだった件
「――――ということなんですけど、お願いできますか?」
「まあそういうことなら仕方ないな」
今日は文化祭前日。昨日のアンケートで決定したペシャ猫の声を頼むため、俺は朝一番に大きなホクロが目立つ我らがC―3の担任、通称ヤーさんに頭を下げていた。
ヤクザっぽい見た目とは裏腹にノリはいい英語教師に喋る内容を伝えつつ、ついでに昨日作成した当番表のコピーも依頼。ショートホームルームに合わせて全員へと配っておく。
「それじゃあ昨日の作業の続きから頼む。今日から参加の人は外装の手伝いをやってくれるか? とにかく全員、分からないことがあったら何でも遠慮なく言ってくれ!」
昨日同様に仲間達へ指示を出した後で、俺は文化祭実行委員の元へ向かう。
その理由はロープで吊るすのが厳しかった大きい壁を何とかするため。机が借りられなくても教卓なら借りられるかもしれないという、僅かな希望に掛けての行動だった。
「すいません。備品の貸し出しをお願いしたいんですけど……」
「ではこちらに必要な数をお願いします」
渡されたのは追加貸し出しの許可書。本来なら数字を記入するところだが、必要な数があまりにも膨大過ぎる俺は自分のクラスを書いた後で手を止めた。
「あの……机とかって余ってたりしませんよね」
「ありますよ」
「えっ? あるんですかっ? いくつまで借りられますっ?」
「確認しますので、少々お待ちください」
駄目元で聞いてみたつもりだったが、思わぬ返答に驚きを隠せない。
少しして戻ってきた実行委員は、改めて俺に質問をする。
「いくつ必要なんですか?」
「あればあるだけ助かります! 本当に山のように必要なんで!」
「そうですか。少々お待ち下さい」
実行委員は席を外すと、奥で待機していた先生へ相談しに行く。自分で言っておいてなんだが、どう考えてもイレギュラーな申請なんだろう。
やがて紙に記入された許可数は32。そんなに余っていたなら最初の申請の時点で貸してくれても良かったと思ったが、前日になった今だからこそ予備に余裕が出始めて申請が通ったのかもしれない。
思わぬ吉報に早足で教室へ戻ると、早速仲間を招集して学習室に置いてあった机を運び出す。当面の問題が一通り片付いたところで、更なる追い風が吹いてきた。
「……ただいま」
「冬雪! それに如月も、部活の方は終わったのか?」
「(コクコク)」
手頃な時間で昼休憩を挟んでいると、冬雪や如月といった部活側の準備が終わった文化部メンバーも合流。特に絵が描ける如月の存在は大きく、早速手伝いをお願いする。
「櫻ー。23番ってC―3側の最初の壁でいいんだよなー?」
「ああ!」
前後のロッカーの隙間に始まり、掃除用具入れの裏、挙句の果てには窓の下の窪みと、ありとあらゆる場所へ挟み込み密度120%のパンパンな状態で保存されていた約四十枚に渡る壁も、各々あるべき場所へセッティングされていき徐々に数が減ってきた。
「すげーー。ピッタリじゃん」
「当たり前でしょ? 私達が頑張って作ったんだから!」
昨日はダラダラと作業して問題まで起こした新川達イケメン組は、女子メンバーと一緒に作業中。相手が女子だからか今日は指示にも従い、真面目にやっているようだ。
ドアに回転ドア、ペシャ猫といった大道具も設置されていき、教室内は壁によってすっかり入り組んだ構造に。そして少しずつ完成する区画もでき始めてきた。
「おおっ! こっちも良い感じになってきたな」
「……(コクリ)」
教室の中での作業に集中していると、意外と外の作業の進展には気付かず。暫く見ないうちに外側の壁はすっかり装飾され、いよいよ不思議な国っぽい雰囲気になってきた。
昨日とは異なり比較的順調に進んでいる作業だが、それでも未だ全工程の半分を過ぎた程度。今日も下校時刻ギリギリまで作るつもりだが、間に合うかは微妙なところだ。
「おーいっ! ヤーさんが差し入れ買ってきてくれたぞーっ!」
「マジマジ?」
やがて三時を過ぎた頃になり、思わぬ朗報が。他のクラスの先生がやっているというのは聞いたことがあったが、俺達の担任がこういうことをするのは初めてな気がする。
ビニール袋の中に入っていた色々な種類のアイスが仲間達に支給され、ここらで少し休憩を取ることに。俺も一緒に作業していた渡辺と共にモナカアイスをいただくと、お茶会スペースに腰を下ろして英気を養うことにした。
「そうだ櫻。テープが無くなりそうだぞ……」
「マジか。C―3側で使ってるのが残ってないか?」
「確認したが、どっちも無くなりかけだ……」
「それなら買うしかないな」
「何ならついでに、他に必要な物も買ってくるぞ……風船とか、ピコハンとか……」
「あっ!」
「どうしたんだ……?」
「風船とピコハンのこと、すっかり忘れてた…………参ったな」
「何でだ……? 買えばいいんじゃないのか……?」
「いや、実はもう予算オーバーなんだ」
「そういうことか……」
外装で花紙が必要になったり、机を縛るためにビニール紐が必要になったりと、次から次へと追加の買い物が積み重なったことで既に予算は0。これは完全に俺のミスなので、ワンコインくらいまでなら責任を取って自腹を切るつもりだった。
しかしながら渡辺から指摘されたテープの他にも足りなくなりそうな物はいくつかあり、このまま作業を続けていけば更に追加で必要になる物も出てくるかもしれない。
「いや、本当に参ったな。どうするか」
案の一つとしては、予算オーバーした分の出費をクラスメイトから徴収して補填するというもの。ただこれはもしも自分がやられた場合を考えると、俺自身が倹約家ということもあって物凄く嫌であり何としても避けたかった。
快く準備に協力してくれているメンバーだって、流石に出費となれば話は別だろう。どうしたものか頭を抱えて悩んでいると、ラジオを片手にヤーさんがやってきた。
「米倉ーっと。おお、いたいた」
「先生。あ、差し入れありがとうございました」
「頑張ってるみたいだからな。それより頼まれてた声だが、録音してきたぞ」
「もうですか?」
予想以上に仕事が早いヤーさんは、机の上にラジオを置く。
そして問題ないか確認すべくボタンを押すと、大音量で声が再生された。
『ニィーーッヒッヒッヒ! よく来たなァ! 残念ながらここは行き止まり! 後は引き返すしかないんだなァ! 何? 先に行きたい? 仕方ない奴だ。じゃあ今回は特別に、このオレ様が魔法を掛けて道を作ってやろう。ほぅら、見てみなァ。道ができたぞ? ただしここから先に行って何が起こっても、オレ様は知らないからなァ……』
想像を遥かに超える音声を聞かされ、口を開けたままポカーンとしてしまう。
決して上手いという訳ではなく、ただ純粋に誰もが想像していた以上の変な声。現に隣に座っていた渡辺が、普段見せないような表情で呆然として固まっていた。
「こんな感じで良かったのか?」
「…………あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
誰もやろうとしなかったため、こうして録音してくれただけでも充分なくらいだ。
しかしこんな音声を聞かされると、どうしても尋ねておきたいことがある。
「あの…………これ、先生の声なんですか?」
「そうだが――――」
「おいっ? 何だ今のっ?」
「鼻の穴が詰まったオペラ歌手みたいな声が聞こえたぞっ?」
「変な声が聞こえてきたけど、もしかしてペシャ猫の声できたのー?」
ヤクザな見た目からは発せられたと思えない猫撫で声を聞いて、廊下や壁の向こうにいた仲間達が駆け付けてくる。予想以上にノリノリな声が改めて再生されると、ある者は腹を抱えて笑い、またある者はエエェェェエエという顔をしていた。
「もう一回! もう一回!」
『ニィーーッヒッヒッヒ! よく来たなァ! 残念ながらここは――――』
「だぁぁぁっはっはぁああああっ! これが先生の声っ?」
「おまっ! アイス噴くなよ汚ぇっ!」
…………まあ、このヤクザ顔からこんな声が出たって考えたら誰もが笑うよな。
周囲が大いに盛り上がる中、俺は再び予算についてどうすべきか腕を組みつつ考える。
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