三十八日目(木) 理解を得るのは難しいことだった件
「米倉氏、何があったので?」
午後七時を迎えると生徒下校時刻ということで準備は終了。続きは明日進めることにして、俺達は帰宅を命じられる。
クラスメイトが解散した後で黙々と帰り支度をしていると、俺の様子に疑問を抱いたのかアキトが声を掛けてきた。
「…………別に大したことじゃないんだけど、ちょっと色々あってな」
「も、もしかして新川君達がやってたテーブルクロスのこと?」
途中で音楽部の方へ抜けていたものの、発端となった事件を目撃していた葵が口を開く。傍から見ていた仲間が気付いても、当の本人達は俺の怒りなど知る由もないだろう。
「詳細キボンヌ」
「え、えっと、新川君達が余ってた布をテーブルクロスに使おうとしてたんだけど、その布は他の場所で使う大事な布だったみたいで……」
「布と言うと冬雪氏が持ってきてくれた、森部分の天井に使う予定の布ですかな?」
「た、多分それだと思う。ぼ、僕も知らなかったから……その……止めなくてゴメンね」
「別に葵は悪くないっての」
そう、悪いのはアイツらだ。
夏休み中の準備を全然手伝わなかった癖に、こっちの指示も仰がず自由気ままに行動して、ちょっと目を離すと遊んでばかり……本当にふざけるなと言いたくなる。
…………いや、言うべきだったのかもしれない。
「さいですか。温厚な米倉氏が珍しくお怒りという訳ですな」
「それもあるけど、アイツらずっとダラダラやってただろ? 元はと言えばアイツらが言い出したアイデアの癖に、回転ドアとか滑り台で遊んでばっかりでさ」
「例えるなら色紙を書いてくれと頼んだ時に、他人の書いた内容を読んでばかりで中々書かない奴といった感じですな。そういうのは時間がある時にやってほしい希ガス」
「流石にいい加減にしろって思ったよ。一回思いっきりキレた方がいいかな」
「いやいや、それは違うかと思われ」
「何でだ?」
「米倉氏がイライラする気持ちはわかるお。しかしそれを表に出して不機嫌アピールするのは、嫌なことがあると露骨に面倒臭くなる但馬氏と同類ですしおすし」
あの状態と今の自分が同類とは思っていなかったが、そう言われると否定できない。
他でもないアキトの話ということもあり、俺は黙って耳を傾ける。
「当人達も悪気があった訳ではないので、寛容な精神を持って今は許すべきかと。新川氏に対して米倉氏がプッツンしたところで、事態は良くなるどころか悪化するだけですな。というよりも現在進行形で悪化している状態ですしおすし」
「…………」
「そもそも仮に米倉氏がそんなリーダーだったなら、渡辺氏も女子勢も協力しなかったと思うお。今こうして皆が手伝ってくれてるのは、米倉氏が誰よりも頑張っているのを見てきたからでござる」
「ぼ、僕もそう思う。櫻君はメンバーが集まらなくても、今まで文句一つ言わずに作業してたでしょ? 新川君達はまだそれを知らないから、あんな感じなんじゃないかな」
「一般的なリーダーは指示するだけで動かないことが多いですが、米倉氏はリーダーにも拘わらず誰よりも率先して動いてきたからこそ、皆の心を引きつけたんだお。但馬氏や太田黒氏も最初はアレでしたが、今は見ての通りなのが良い例かと」
「…………確かにそうかもしれないけど、残り一日しかないんだぞ?」
「だからこそ、米倉氏は気にせずやるべきことに専念してほしいでござる。あまりに目に余るようだった場合は、拙者の方から注意しておくので」
「ぼ、僕も今度は気付いた時に言うようにするから」
「……………………わかった……そうだよな。二人とも、サンキュー」
心に余裕を持つと言うことは生きる上で大切なことだと、誰かが言っていたのを思い出す。あれは父親だったか、伊東先生だったか……はたまた阿久津だっただろうか。
大人になると報告・連絡・相談の『ほうれんそう』が重要だとよく聞くが、こうして管理する側になったことで初めてその大切さが分かった。
アキトと葵の言う通り新川達の件は一旦忘れ、俺達は昇降口を出ると解散。全体の進み具合としては三割程度であり、そっちの方をどうすべきか考えるべきかもしれない。
「ただいま」
「おっ帰り~。お兄ちゃん、遅かったね~」
「…………梅、お前って意外に凄いんだな」
「はえ?」
リーダーになるということは、本当に思うようにいかないことばかりだ。
今回実際にやってみたからこそ、バスケ部で部長をやっていた梅や阿久津の凄さが改めてわかったような気がした。
「お兄ちゃん、いきなり何言ってんの? 本物?」
「お前には偽物に見えるのか?」
「生物に見える!」
「このうつけ者が」
「今、梅が大物だって言ったばっかりじゃん!」
「そういう誤解を招く理解をするな」
「え~っ?」
前言撤回。コイツを褒めるとすぐ図に乗るからやめておこう。
帰宅した俺は夕飯を食べて風呂に入ると、回収したアンケートの集計を始める。今日の準備で部活の方へ行っていたメンバーは当日も忙しいようで、特に吹奏楽部の面々は入れる時間帯が皆無だった。
「…………」
しかしながらそれとは別に、全ての枠に×が付けられている紙も数枚ある。
吹奏楽部なら仕方ないかもしれないが、それ以外の部活は少しくらいなら入れそうなもの。明らかに非協力的な様子が伝わってくるが、イライラしないよう自分に言い聞かせた。
逆に夏休みの準備に参加してくれたメンバーの紙には丸が付いていることが多く、オカマやペシャ猫の声といった一部の役割を除いて全てオーケーというケースが多め。そのためまずは入れる時間や希望担当の少ない生徒から優先して決めていく。
「全く、誰がやるかっての」
予想通りペシャ猫の声の立候補者は誰一人としておらず。推薦として書かれていた名前は担任を希望する声が多数。中には『櫻』だの『勿論櫻』だのと書いてる奴もいた。
オカマ役の欄には予想通り、女子陣からイケメン軍団の推薦が多数。そのイケメン軍団も問題なく丸を付けているため、アイツらの担当はほぼ確定といったところか。
「…………………………」
作業内容的にはナンプレもとい数独とも呼ばれている、3×3の正方形の枠内に1~9までの数字を入れるペンシルパズルに近く、この手のパズルゲームは割と得意だ。
予定では一人につき一回か二回の当番の計算だったが、実際にはそう上手くいかない。現時点でクラスの二割が全く入れず、一割は大半の時間帯に斜線が引かれているため、残る七割の負担が必然的に多くなる。
「…………ふー、参ったな」
大まかな割り振り案が決まったのは、一時間ちょっとが過ぎた後のこと。斜線が多い連中は一回から二回、夏休み中に協力してくれたメンバーは二回から三回の当番で、中には四回になってしまうクラスメイトも数人いた。
三回や四回の当番をするメンバーの中には一日目にフルで入ってもらうなんてケースもあり、本当にこれでいいのかと腕を組んで考える。
ちなみに俺自身はと言えば、言うまでもなく一日目も二日目もフル稼働の計六回。そして功労者であるアキトに関しては、これまでの礼も込めて二回に抑えておいた。
『♪~』
どうしたものかと悩んでいたところで不意に鳴り出す携帯。高校の友人と中学の友人では着信音を分けているが、この曲は中学メンバーからのものであり俺にメールを送ってくる友人は数限られている。
『明日は陶器市の店番を決める予定だけれど、もしも入るのが厳しいようならキミの分はボクの店番の回数を増やして穴埋めしておくよ』
受信箱に届いていたのは予想通り阿久津からのメール。その本文を読んだ俺は、すっかり頭の中から抜けていた陶器市の店番という大切な仕事を思い出した。
『丁度今クラスの当番表を作ってるんだけど、ちょっと仕事が多くて陶器市の店番は厳しそうだ。悪いけど頼んでもいいか? 埋め合わせは今度するから』
冬雪の当番は三回であり、店番に入る時間は多少ある。何とかして俺も枠を空けられないかと考えるが、他の仲間達にこれ以上の負担を掛けさせる訳にはいかない。
手伝ってくれたメンバーも本音を言えば、文化祭当日くらいは他を回りたいと思っている筈。協力してもらえるのはありがたいが、クラスの仕事に縛るようなことはできる限りさせたくなかった。
『承知したよ。随分と忙しそうだけれど、準備の方は順調かい?』
『サンキュー! 中々思うようにいかなくて、ちょっと参ってるところだ』
『皆の指揮を取るというのは難しいことだからね。仮にキミが教師になったら、言うことを聞いてくれない生徒だって沢山いると思うよ。それこそ昔の櫻みたいにね』
阿久津のメールを読んで、ふと幼い頃の自分を思い出す。
言うことを聞かない俺に対して、親や先生はどう対応していたか……指示される側の人間に、指示する側の心情を理解してほしいというのは無理な話だ。
「………………」
ダラダラしていた新川達や当番に入ってくれない連中に対し、俺は苛立っていた。
しかしながらそれは、去年まで自分自身がやっていたことでもある。
そう考えると、不思議とストレスは消えていった。
イライラを抑えるのではなく、別の形に変換されていくような感覚とでも言うべきだろうか。そもそも最初から理解してもらうのを前提に考えていたのが間違っていた訳だ。
『確かにそうかもな。もうちょい頑張ってみるわ』
何かをやり遂げるということは本当に大変だが、こうして企画するのは嫌ではない。大きく息を吐いた俺は、作り終えた当番表を鞄の中に入れる。
『当日を楽しみにしているよ』
阿久津からのメールを確認してからベッドで横になった俺は、悩みも晴れたことでぐっすりと眠りにつくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます