三十八日目(木) 俺の静かな怒りだった件
「空いてる時間帯と希望する役割に丸を付けて出してくれ。それとオカマ役とペシャ猫の声の欄には、やってほしい奴の名前とか書いてくれると助かる」
夏休み明けの九月初日。始業式と共に文化祭二日前となった朝のホームルームで、俺は事前に作成してきたアンケートをクラスメイトに配ってから説明する。
オカマとペシャ猫の声に関しては、誰も希望者がいない場合も見越して推薦も導入。初期の構成から少し変わった点もあるが、最終的に決定した必要スタッフの割り振りは以下の11種類となった。
・入口(案内や列の整理など)
・階段前(頭上注意の喚起。また滑り台を嫌がられた場合、滑らない通路を教える)
・双子X(ピコハンと風船を渡す。また双子Yから回収された分の受け取り)
・オカマ×2(約三十秒に渡り客を追いかけ、ピコハンで撃退される)
・双子Y(ピコハンと風船を回収し、双子Xへパス)
・ペシャ猫(ペシャ猫裏のスペースに隠れつつ声の再生。また回転ドアをライトで示す)
・回転ドア(音声に合わせて回転ドアを回し、暗闇ゾーン用のペンライトを渡す。またフラッシュ役か
ら回収された分の受け取り)
・トランプ兵1(動かないものの唐突に大声を上げる)
・フラッシュ(控室①に待機しスイッチオン。また回転ドア役へペンライトをパス)
・トランプ兵2(最初は倒れているが、客の通過後に起き上がり追いかける)
・出口(ペンライトを回収し、控室①にいるフラッシュ役へパス)
文化祭の公開時間は約六時間のため、二時間交代とすると1種類につき三人必要。それを二日間となれば六人となり、全部で11種類あるため合計で66枠……単純計算で平均するとクラスメイトの半分が一回、残る半分は二回当番に入る計算だ。
フラッシュ役は当初の計画に入っていなかったが、数日前にアキトが使い捨てカメラの魔改造に成功。それを用いて脅かすという新たなアイデアが生まれた。
「ついにこの時が来ましたな」
「そうだな。よし、始めるか!」
文化祭二日前と一日前は授業が一切ないため、いよいよ本格的な準備がスタート。葵や如月、冬雪といった文化部メンバーは部活の方へ行ってしまったが、それでも残った人数はイケメン軍団がいる分だけ夏休みに比べて多くなっていた。
俺も本来は陶芸部の仕事がある訳だが、冬雪曰く陶器市の方は任せて大丈夫とのこと。その言葉に甘えて値札付けや作品運びはお願いし、クラスでの作業に専念した俺は自ら積極的に動きつつ仲間達に指示を出していく。
「女子陣はペシャ猫作りの続きを頼む。手が空いてる人は教室の前と後ろにこの緑紙を貼っていってくれるか? 森っぽさを出すために、一度しわくちゃにしてから貼る感じで」
「はいはーい」
「アキト達は壁を吊るすためのロープ張りだ。まずは一番長い34番の所を一本張って、ちゃんと吊るせるか試してくれるか? 無理だった場合は何か別の案を考えてみる」
「おk把握」
「さ、櫻君。机を三段に積むって、こんな感じでいいの?」
「ああ。これなら大丈夫そうだ。じゃあ葵達は俺と分担して、この調子でどんどん作っていくぞ。必要なのは八組だけど別に急がなくていいから、絶対に崩れないよう強く縛って固定してくれ」
「う、うん!」
「渡辺達はカーテンを外してから、窓につける24番と36番の設置を頼んだ。24番は掃除道具入れの裏、36番は後ろのロッカーに挟んである」
「わかった……」
「はあ? 24番とか36番って何だよ?」
「夏休み中に作った壁だ。四隅のどこかに番号が書いてあるから確認してくれ」
「ほーん。よくわかんねーし、渡辺に任せるわ」
隣のC―2はまだ生徒が残っておりセッティングできないため、まずはC―3側の準備を全員でこなしていく。大体の配置場所については、事前にテープでマーク済みだ。
ここからは時間との戦いでもあるため、今までのように雑談する余裕もなくテキパキと作業を進めていく。貸し出し許可を貰った15台の机も運んでこなくてはいけないし、教室の外装のことも考えるとやるべきことは山積みだった。
「すげーなー。マジでこれが回んのかー」
C―2での作業ができるようになるのはまだかと、準備しながら定期的に確認しに行っていた俺が教室へ戻ると、夏休み中の成果を何も知らない新川達イケメン連中がアキトの作った回転ドアを見て感心しながら遊んでいた。
夏休み中の但馬や太田黒も滑り台を作った時はあんな感じだったが、今はあの時と違って時間が惜しい。遊んでないで仕事しろと思っていると、貼り付けるべき壁を探していた渡辺が口を開く。
「これだ……やるぞ……」
「んーー? おーー、あったのかーー?」
「しゃーねーなあ。やるかあ」
面倒臭そうにダラダラと作業する様子が視界の端に入りながらも、机を三段積みにする作業が終了。葵達には文化祭実行委員の判が押された貸し出し許可書を渡すと、Bハウス三階にある学習室から俺達のクラスまでの机運びを頼んだ。
「おし、引っ張れ但馬!」
「プロテインパワーっ!」
そして俺はアキト達の作業であるロープ張りの手伝いへ。ロープの一方は窓枠に括りつけ、もう一方を葵達と一緒に作った三段積みの机に縛りピーンと張る。
しかしながら34番の壁は縦が225cm、横が6mもある重量級。但馬が全力で力を込めたものの、アキト達の手によって壁が吊るされるとその重みで弛んでしまった。
「やっぱりこのサイズは机に括りつけないと厳しいか」
「これくらいならいける希ガス……そう考えていた時期が拙者にもありました」
「ちょっとでかいやつは保留だな。短い壁を吊るすロープから張っていくぞ」
「オッスオッス」
ロープを張る箇所はC―3側が六本、C―2側が二本の計八本。そのうちの三本目を張り終えたところで隣の様子を確認しに行くと、既にC―2の生徒は体育館での出店準備のために移動を終えたらしく、教室の中はガランとしていた。
それを見た俺は職員室へ向かうと、C―2の担任の先生に確認。準備をしてもOKとの許可が出たため、早足で仲間達の元へと戻る。
「さ、櫻君。組み終わったよ」
「サンキュー。そうしたらC―2が空いたから、こっちを手伝ってくれるか? とりあえず葵達は俺が渡す壁を運んでもらって…………新川達も手が空いてるなら、残ってる机をC―2に持って行くのを手伝ってくれ」
渡辺は壁貼りが終わるなり他のメンバーを手伝っていたが、イケメン軍団は相変わらずダラダラと駄弁っていたため机を運ぶよう指示。その一方で俺は葵達に、C―2側で使う壁を次から次へと手渡していく。
最初に作った1―①から始まり、全部で約四十枚にも及ぶ壁。その半数を一枚、また一枚と手渡していく度に、この夏に仲間達と力を合わせた思い出が蘇ってきた。
「アキト。そっちは任せたぞ」
「人生で一度は言ってみたい台詞が、ここで聞けるとは思わなかったお」
親指をグッと上げて応えた相棒にロープ張りの続きを任せると、俺は壁を運び終えた葵達と協力して階段や滑り台、ドアといったC―2側で使う物を運んでいく。
「じゃあ葵達はさっきと同じように、追加で運んできた机の組み上げを頼む」
「う、うん!」
「手が空いてる奴は、移動させるのを手伝ってくれ」
C―2はC―3と違いバミることができなかったため、まずは大体の配置を確認するため寸法を測りつつ階段や滑り台、葵が組み上げた机を目印代わりに置いていった。
それぞれ使うべき壁を場所毎に立て掛けつつ、まずは中央であるお茶会スペースからセッティングしていくと、不意に廊下から声を掛けられる。
「よねくらくーん。ペシャ猫完成したけど、次は何すればいいー?」
「ちょっと待ってくれ! 今行く! そうしたら…………新川、悪いけど続きをやっておいてくれるか? こことそっちにカーテンを付けて、中央に机を並べてくれればいいから」
「おう! 任せとけって!」
作業の続きを指示した後で、一旦C―2からC―3.へと戻る。夏休みに手伝ってくれたメンバーは今回の企画の全貌を大体はイメージできているものの、それでも完全には把握していない。
アキトですら八割程度の理解であるため、具体的な指示出しができるのは俺だけ。これでも一応どの作業を誰に割り振るか、大体ではあるが考えていたりする。
「じゃあC―3側の外装を頼んでもいいか? 人手が必要な場合はアキト達を呼んでくれ」
「はいはーい」
「アキト。ロープ張りが終わったら、33番と40番を頼む。まずは大きい壁を終わらせて、細かい場所はその後だ」
「おk把握」
外装に関してはセンスが問われるため、どういう感じにするかは女子任せ。事前に頼んでいたこともあり、イメージは問題なく固まっているようだ。
C―3で作業しているメンバーは夏休みからいたクラスメイトが多いため、一人一人がテキパキと一生懸命作業しており順調な様子。これなら問題ないだろうと、一通り指示を出しつつ確認した後でC―2での作業へと戻った。
「おう櫻! こんな感じでオッケーだろ?」
「ああ、問題――――」
お茶会スペースのセッティングを終えた新川達が、誇らしげに見せてくる。
問題ない。
そう言いかけた俺は、途中で言葉を止めた。
「何か布が余ってるみたいだったから、テーブルクロスにしてみたら良い感じでよ。どうだ? シャレオツだろ?」
余っている布なんてない。
それは冬雪がわざわざ持ってきてくれた、別の場所で使う予定の布だった。
少女の親切心を踏みにじられたような気持ちになり、思わず拳を強く握り締める。
何で指示したことをしないのか。
どうして勝手な真似ばかりするのか。
今までの苛立ちが溜まりに溜まった俺は、感情のない声で答えた。
「…………いや、それ使うから」
「えーー? マジかよーー?」
「良い感じだし、こっちで使おうぜ?」
「…………そんな余裕ないし、あんまり勝手なことしないでくれるか?」
怒鳴るようなことはない。
しかしながら滅多にキレることのない俺が、この日は静かな怒りを見せるのだった。
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