三十日目(日) 言葉の重みは人それぞれだった件

「何年一緒にいると思っているんだい? キミのことはちゃんと見ていたと、前にも言ったじゃないか」

「見るなら見るで、もっとまともなところはなかったのか?」

「あったと思うかい?」


 躊躇いなく即答された。本当に容赦なく人の過去を抉ってくるなコイツは。

 まあ実際中学時代の俺の恰好良いところを挙げろなんて言っても皆無。寧ろ部長としてバスケをプレイしていた阿久津の方が断然恰好良かったに違いない。


「いずれにせよ、この手の勝負でボクに勝とうなんて十年早いよ」

「つまり十年後ならワンチャン勝てるってことか」

「その頃にはこんなやりとりをしなくなっているんじゃないかな」

「確かに」

「しかしこうして改めて振り返ってみると、キミは本当に自由奔放だったね」

「発想力が豊かだと言ってくれ。自由研究は自由って言うくらいなんだし、研究しない自由があってもいいんじゃないか……とか言い出さなかっただけマシだろ」

「下には下がいるから安心するような考え方はあまり好ましくないね。そうやって正当化するなら、今度は夏休みの宿題を忘れたのに言い訳をした時の話を――――」

「すいませんでしたっ!」


 宿題が終わらなかった時に「やったけど、忘れました」と言うのは誰もが一度は通る道だと思う。まあ先生は先生で、きっとそんな嘘は見破ってただろうけどさ。

 ちなみに仮に研究しない自由だなんて口にしたら、間違いなく親に怒鳴られていただろう。我が家の両親は息子に代わって工作なり実験といった宿題をやるような親じゃない……というか教員である父親に至っては、そういった大人がいることに呆れる立場だしな。


「自由研究と言えば、ボクと一緒に熱気球を作った時のことを覚えているかい?」

「阿久津と一緒に……? そんなことあったか?」

「確か小学四年生の時だったかな。思ったように上手く飛ばなかったから、最終的にドライヤーで風を当てて浮いた瞬間を写真に撮ったアレだよ」

「あーっ! あったあった! よくそんなこと覚えてたな」

「キミと一緒にやる自由研究が、こんなにも大変だとは思わなかったからね」

「そんな理由かよっ?」

「ただ大変ではあったけれど、一番面白くもあったよ」


 当時のことを思い出したのか、阿久津はクスリと笑う。

 小学四年生の記憶。

 それは阿久津だけじゃなく、俺にも忘れられないものがあった。


「…………なあ阿久津。俺、お前に謝らないといけないことがあるんだ」

「何だい?」

「四年生の冬にさ、俺がお前のこと好きでも何でもないって言ったの、覚えてるだろ? 雪の降ってる日に、階段で友達と話してて…………俺とお前が話さなくなったのはあれがきっかけだったけど、未だに俺は謝ってないんだ」

「…………」

「お前はさ、俺のために色々してくれた。髪を短くしたり、ドッヂボールを強くなるために協力してくれたり。それなのに俺は恩も忘れて酷いこと言ってさ…………その、今更謝っても遅いかもしれないけど、本当に悪かった」


 少女の方を向くと、深々と頭を下げて詫びる。

 少ししてからゆっくりと顔を上げると、阿久津は静かに口を開いた。


「何かと思えば、そんなことかい? 別に構わないよ」

「許してくれるのか?」

「少なくともボクは、キミほど気にしていないからね。キミはボクが覚えている前提で話しているけれど、正直に言うとそんなことがあったなんて全然覚えていないかな」

「へ……? 覚えてないのか?」

「全然思い出す気配もないね。まあキミがそう言うならそうだったのかもしれないけれど、そんなくだらないことをずっと気にしていたのかい?」

「くだらないって……いや、結構な問題だと思うんだが……」

「以前にも話したことがあると思うけれど、自分が口にした何てことのない一言が、知らないうちに他人へ大きな影響を与えるなんて生きていればよくある話だよ」


 そしてそれは逆もあり得る。

 俺が気にし続けていた一言は阿久津にとって深い傷になるどころか、記憶に残っていないような些細な出来事だったということらしい。


「確かに当時のボクは傷ついて多少なり険悪にはなったかもしれないけれど、それがきっかけでボクがキミと会話しなくなった訳じゃないよ。そもそも同じようなことは他にも何度かあったじゃないか」

「確かにそうかもしれないけど……じゃあ何で……?」

「ふむ。ボクとしてはキミが話しかけてこなくなったから、疎遠になっていったような覚えがあるけれどね。まあ丁度その頃にアルカスを飼い始めたり、五年六年とクラスが違っていたことが大きかったのかもしれないかな」


 要するに阿久津が俺を避けていた訳じゃない。

 俺が阿久津への発言に対する自責の念から、無意識のうちに避けるようになっていた。

 仮に友達の目を気にしていなかったら。

 すぐに阿久津へ謝っていたら、中学時代も少しはまともになっていたかもしれない。


「そもそもそんなことで謝るくらいなら、ボクだってキミのことを幾度となく傷つけていたり迷惑を掛けていたりするからね。お互い様だよ」

「いやいや、そんなことないだろ」

「大ありさ。実際、ボクもキミに謝っておきたいことが――――」


 阿久津がそう言いかけた時だった。

 突然、陶芸室の照明がパッと消える。

 動いていたクーラーの音も止まり、強まっている雨音だけが残った。

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