三十日目(日) 昔の夏課題が灰歴史だった件

「そういや結局、きれいな青って何だったんだろうな」


 ガス窯の温度が依然として問題ないことを確認後、まるで隠しているかの如く窯場の奥にひっそりと置かれていたバケツを見つけ、不意にそんなことを尋ねてみる。

 俺の手によって物凄い灰色と書き直された挙句、ついに今回の釉薬掛けでは誰にも使われないまま再び封印されてしまった伝説の色。今となっては良い思い出だ。


「音穏が青磁じゃないかと言っていたよ」

「へー。それなら書き直しておくか」

「あくまでも予想であって確証はないし、あれはあれで音穏も気に入っていたみたいだから、あのままでも良いんじゃないかな」

「気に入ってたって、何でだ?」

「いつかボク達がOBやOGとして遊びに来た時も残っていそうじゃないか」

「あー、確かに」


 筍幼稚園の秘密基地や鬼の木のように、自分達がいた頃の名残があるというのは中々に嬉しいもの。そういうことなら、きれいな青もとい物凄い灰色のまま残しておくことにしよう。

 窯場を出て陶芸室に戻るなり、阿久津は帰り支度を始める。そのまま何事もなく、鞄を肩に担いで陶芸室を出ていく幼馴染を見送ろうとした時だった。


「さてと……それじゃあ後は宜しく頼――――」


 そう言いかけた少女の言葉が遮られる。

 その原因は突如として鳴り響いたゴロゴロという低音。それを聞いた俺は阿久津と共に勝手口の方を振り返ると、外の様子を眺めつつ尋ねた。


「今の、雷か?」

「注意報は出ていたし、恐らくそうだろうね」


 阿久津は担いでいた鞄を長机の上に下ろしつつ答える。

 空が光ったようには見えなかったし、どこかしら近場で花火大会でもやってるんじゃないかと思い、勝手口に歩み寄ると外の様子をじっくり観察した。


「!」


 俺の期待とは裏腹に、ピカッと空が光ると再び雷鳴が轟く。

 更には雨まで降り出したらしく、アスファルトに水滴の垂れた跡が残り始めた。


「参ったね」

「傘がないなら、俺ので良ければ貸すぞ?」

「いいや。これから激しくなるだろうし、収まるまで待つことにするよ」

「まあにわか雨だろうし、ある程度したら止むだろうけど……大丈夫なのか?」

「少し席を外すよ」

「ああ」


 この時点で門限的にギリギリだったであろう阿久津は、親に遅くなることを連絡するためかスマホを片手に廊下へと出ていく。俺の仮眠に付き合いさえしなければこの雨は避けられただろうし、何だか申し訳なくなってきた。

 窓の外の雨はどんどん強くなっていき、 大粒の水滴が窓ガラスに当たり始める。既に外は真っ暗で夕立の時のように紫色の空が見られるようなことはないが、それでもこの大雨が降り出す直前の何とも言えない時間が好きな俺は椅子を用意して腰を下ろす。

 次第に雨はザーッという激しい音を立て始め、雷も徐々に近づいてくるのを感じていると、電話を終えたらしい阿久津が戻ってきた。


「何を見ているんだい?」

「いや、これといって何も。ただボーっとしてただけだ」

「キミらしいね」


 幼馴染の少女はそう呟くなり、俺の隣に椅子を運んで座ると同じように窓の外を眺める。その様子を見る限り、どうやら帰りが遅くなる件については問題ないようだ。


「夏休みも残り一週間だけれど、今年は無事に課題を終わらせたのかい?」

「勿論だ。量も少なかったし、八月の前半くらいには終わらせたぞ」

「キミの口からそんな言葉を聞ける日が来るとは思わなかったね」

「小学生の時も中学生の時も、ギリギリまで残ってたからな」


 ちなみに口には出さないが、高校一年の時が一番の修羅場だったりする。特に英語のワークに至っては最終日に徹夜で答えを丸写しするという、阿久津が聞いたら間違いなく呆れ果てて溜息すら出ないようなことを必死にやっていた。

 考えてみれば去年は梅講習に付き合わされたからこそ早い段階で終わったが、こうして自発的に余裕を持って終わらせたのは初めてかもしれない。

 夏休み終盤になると地獄を見ているのは毎年恒例で、何度も同じ失敗をしているのにどうして学ばないのか……いや、高校三年生になってようやく少しずつ学び始めた気もする。ちょっとばかり遅すぎたかもしれないけどな。


「そもそも昔は変な課題が多過ぎなんだっての。単純な問題集とかならまだしも、自由研究とか読書感想文とか、発明創意工夫展とかネタに困る変化球ばっかりだし」

「その変な課題に対して、変な作品を提出したのは誰だったかな」

「さて? 誰のことだ?」

「風景画と称して、灰色一色で塗られただけの曇り空(仮)を提出したり」

「紛れもない風景だな」

「入れた硬貨を自動で分別できる便利な貯金箱と作ったと聞いてみれば、とても持ち歩くことができないような一メートル近くある大型貯金装置だったり」

「昔はパソコンだって部屋一つ必要な大きさだったらしいし、きっとこれから小型化に向けて進化していく予定だったんだろうな。うん、間違いない」

「ふむ。確かにそうかもしれないね。それなら発表会でキミが作った大型貯金装置に10円玉を入れたら、100円の場所から出てきたのはどういうことかな?」

「…………技術の発展に失敗はつきものだ」

「後は読書感想文でウォー○ーを探せについて書いたり――――」

「わかった! 俺が悪かった!」


 次から次へと出てきて止まることがない黒歴史……いや、灰歴史くらいだろうか。

 延々と語り続ける阿久津に負けを認めると、幼馴染の少女は得意気な笑みを浮かべた。

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