三十日目(日) 俺が恰好良くなるのは無理だった件

「それにしても今日も暑いな」

「そうだね」


 誰もいない夜の公園でポツリと呟くと、隣にいた幼馴染の少女が淡々と応える。

 陶芸の窯の番をしながら色々と話していた結果、気付けば散歩に出ていた俺達。どういう経緯でここへ来ることになったのかは、正直あんまり覚えていない。


「着ぐるみの中と、どっちが暑いんだい?」

「は? ああ、着ぐるみか。あれは比べ物にならないくらい地獄だったな」

「あの日の帰りも、公園に寄っていたね」

「そういえば、そうだったな」

「この際だから、一つキミに聞いておこうか」

「ん? 何だ?」

「ボクと蕾君、どっちのことが好きなんだい?」

「!」


 何とも阿久津らしい直球の問いに、思わず息を呑む。

 しかしそれは十年以上前、幼稚園の秘密基地で夢野に尋ねられた質問と同じだった。

 誤魔化しはしない。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「俺は――――――――」


 偽りではないことを証明するように、真っ直ぐに少女の目を見つめてはっきりと答えた。

 すると阿久津は、少し時間を置いた後でゆっくりと口を開く。


「そうかい…………………………見損なったよ」

「え……?」

「キミがそんな適当な男とは思わなかったね。例え上辺だけ取り繕ったところで、本質は変わらないといったところかな。だからこそ、ボクはキミのことが大嫌いなんだよ」

「っ」

「さようなら。櫻」

「待ってくれ阿久津! 阿久――――」






「――――櫻、櫻」

「…………津……阿久……津?」

「時間だよ櫻。三十分…………」


 肩を揺さぶられ目を覚ますなり、顔を上げると声のする方を見る。

 背景は公園ではなく陶芸室。先程まで向かいに座っていた筈の阿久津は俺の隣に腰を下ろしており、滅多に見せないキョトンとした表情を浮かべていた。


「…………泣いているのかい?」

「え……? あ…………」


 自分の目元に触れてみると、驚いたことに頬を伝う程の涙が流れている。

 夢の中で泣いていた自覚のあった俺は阿久津の言葉を否定せず、黙ってTシャツの短い袖で目元を拭う。確かに強烈な夢だったけど、こんなことってあるんだな。


「何やらもにょもにょと寝言を言っていたけれど、悪い夢でも見ていたのかい?」

「まあ、そうなのかもな」


 間近で見ると本当に容姿端麗な幼馴染は、俺を眺めつつ不思議そうに尋ねてくる。幸いにも内容を聞き取れるレベルの寝言ではなかったようなので、適当にはぐらかしておいた。

 時計を確認してみれば時間はきっかり三十分。流石は阿久津といったところか。


「そうだ。窯の温度を見に行かないと」

「キミを起こす前に確認しておいたよ」

「悪い。サンキューな」

「よく眠れたかい?」

「ああ。お陰様でバッチリだ」

「それは何よりだよ」


 仮眠を取っただけじゃなく変な夢まで見せられたことで、眠気はすっかり飛んだ。

 しかし睡眠欲の次は食欲が降臨。起きた直後は何も感じなかったが少しして空腹感も目を覚ましたらしく、朝食以降は何一つ食べていないお腹を擦る。


「ひょっとして、今日もお昼を抜いているのかい?」

「まあな」

「そういうことなら、丁度良い物があるよ」


 僅かな動きと表情で全てを察したらしい阿久津は、腕を伸ばして鞄を手繰り寄せる。

 二年間通っているとは思えないほど綺麗な鞄の中から出てきたのは、保冷のできるランチバッグ。更にそこから取り出されたのは、ラップに包まれた二個のおむすびだった。


「良かったら食べるといい」

「え? いいのか?」

「ボクは家に帰れば夕飯が用意されているからね。寧ろ食べてくれた方が助かるかな」

「そういうことならありがたく……いただきます!」


 ラップを外すと海苔が巻かれたおむすびをパクリ。中に入っていたのは筋子で、汗と共に失われていた塩分が身体の中に補充されていった。


「美味い!」

「それは何よりだね。そんなに慌てて食べると喉を詰まらせるよ」


 まるでお母さんみたいな注意をされながらも、桜桃ジュースと合わせてありがたくいただく。空腹は最高のスパイスと言うが、阿久津から貰ったおむすびは幼い頃に山の頂上で食べたおむすび並に美味しく感じた。

 一つ目のおむすびを充分に味わい終えたところで、二つ目のラップを外していく。今度は鮭おむすびと王道で、これもまた至極普通の筈なのにほっぺたが落ちそうだった。


「…………さっきは下手に煽るような真似をしてすまなかったね」

「ん? 何がだ?」

「文化祭の準備についてさ。別にキミがしていることを否定するつもりじゃないんだ」

「それくらいわかってるっての。別に阿久津の言ってることは間違ってないし、三年の夏が受験生にとって大切なのは事実だろ。そんな時期になっていきなり文化祭準備に力を入れ始める方が、誰がどう考えてもおかしいと思うぞ」

「そうとわかっているなら、どうして今になって文化祭に燃えているんだい?」

「どうしてかって言われると……何て言うか、こう、何かをやり遂げてみたくてさ」

「そんな理由で……?」

「お前なあ。そんなって、俺にとっては一応大事なんだぞ?」


 別に今じゃなくても良いだろうと言いたくなる気持ちはわかるが、思い立ったが吉日というやつだ。実際のところ、ここまでの大仕事になるのは予想外だったけどな。

 ポカーンとした表情を浮かべている阿久津は、やれやれと呆れた様子で口を開く。


「わざわざ今になって新しいことに取り組まなくても、キミはもう立派にやり遂げたことがあるじゃないか」

「何だよ?」

「この陶芸部の部員さ」


 今度は俺がポカーンとしてしまう。

 言われてみれば中学時代は帰宅部だった訳だし間違ってはいないと思うが、ただそれはマイナスが0になった程度のこと。もっとプラスになれるようなことをやりたかった。


「いや……そうかもしれないけど、そうじゃなくてだな」

「じゃあどういうことなんだい?」

「もっとこう、恰好良くなりたいっていうか……」

「それは無理だね」

「言い切りやがった! 即答かよっ?」


 不敵に笑いつつ答えた阿久津を見て、俺もまた釣られて笑みを浮かべる。

 やがておむすびを食べ終えると、隣に座る少女へ両手を合わせて感謝を示した。


「ごちそうさまでした」

「二個程度じゃ足りないと思うけれど、少しは腹の足しになったかい?」

「少しどころじゃなくて、充分なくらいだ」

「それは何よりだよ。まあキミも親から食事代を貰っている以上、ちゃんとお昼は食べるべきだと思うけれどね」

「そうすると携帯代が厳しくてな」

「大学に入った後は、アルバイトが必須かな」

「そうだな。流石に大学に入った後はスマホに変えたいし」


 頻繁に連絡を取る相手なんて基本的にアキトと葵くらいしかいないし、今まではクラスなり男子連中のグループに入っていないことなんて全然気にしていなかった。

 しかしながら今回文化祭準備を進めるにあたって、自分からクラスメイトに一括で連絡を送れないことが予想以上に不便であると判明。またいつか同じようなことがあるかもしれないし、大学入学後は新たな友人も作る必要があるため買うべきだろう。


「ってか残ってくれた上に弁当まで貰って、本当にサンキューな」

「構わないよ。丁度キミと話がしたい気分だったからね」

「話って、さっきの文化祭準備の件か?」

「いいや、これといって何か話しておくべきことがあるという意味じゃないんだ。ただ単にキミの得意な、くだらなくて他愛ない雑談を息抜きにしたかっただけだよ」

「その手の話題は、この前に花火大会で話し尽くした気がするけどな」


 こうして色々と尽くして貰った以上、お礼はしておくべきだろう……なんて偉そうなことを言ってみるが、俺にとってもコイツとの会話は良い息抜きだ。

 俺は阿久津に評価されているらしい、お得意のしょうもない雑談を始める。時間が経つのも忘れて、幼馴染の少女の笑顔見たさに語り続けるのだった。

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