二十日目(日) 花火と話と笑顔の花が咲いた日だった件

「終わっちゃった」


 休憩もないまま輝き続けていた空が光を失い、ヒューっと打ち上がる音が消える。

 花火大会終了のアナウンスを聞いて周囲の人達が立ち上がり一斉に引き始める中で、夢野は元の姿へと戻った夜空を見上げながら寂しそうに呟いた。


「あっという間の一時間だったね」


 阿久津の言う通り、いざこうして終わってしまうと本当にあっという間の出来事。地元の祭りや後夜祭の花火とは比べ物にならないほどに凄かった。

 まだまだ見ていたい名残惜しさを感じながらも、俺達もレジャーシートを片付けて会場を後にする。事前に調べた情報だと帰りは最寄り駅に入場規制がかかるほど混雑するらしいので、一駅分を歩いて隣の駅を利用する予定だった。


「水無ちゃん、足大丈夫?」

「問題ないよ」

「いざとなったら冗談抜きでおんぶするからな?」

「キミの体力だと十分ともたないんじゃないのかい?」

「舐めるなっての。五十分はいけるぞ」


 同じ体重の男なら五分でギブアップだが、浴衣姿の少女となれば話は別。体力を消費するどころか寧ろ回復して、背負った瞬間に思わず走り出してしまうかもしれない。

 阿久津の足が本当に大丈夫なのか不安ではあったものの、軽口を叩けるくらいに余裕はある様子。大通りは人が沢山いるため脇道に入ると、線路沿いを進んでいく。


「そう言えば花火の途中、流れ星みたいなの見えなかった?」

「やっぱりあれはそうだったのかい?」

「マジでか。気付かなかったな」


 夢野が撮った花火の写真を見せてもらったり、思い出に残った花火について語り合ったり。俺達はのんびりと余韻に浸りながら、花火の後は話の花を咲かせていく。

 やがて駅と駅との中間くらいに差しかかった辺りで、阿久津が改まって口を開いた。


「蕾君。櫻。今日は誘ってくれてありがとう。それと、本当にすまなかったね」

「どう致しまして。でも、どうして謝るの?」

「本来は二人で行く予定だったんじゃないのかい?」

「うん。水無ちゃんが正直に言わなかったら、そのつもりだったよ。だけど正直に話してくれたし、三人でこうやって一緒に見られるのはきっと今年が最後だから」

「今年が最後って、まるで誰かが旅立つみたいな言い方だな。確かに別々の大学に行ったら疎遠にはなるだろうけど、花火大会くらいなら予定を合わせてまた一緒に行けるだろ?」

「ううん。そういう意味じゃないよ」

「ん? じゃあ、どういう意味なんだ?」

「…………ねえ、櫻君・・?」


 夢野が俺のことをジッと見つめつつ、米倉君ではなく櫻君と名前で呼ぶ。

 突然のことに驚いていると、少女は懐かしい質問をした。


「水無ちゃんと私、どっちが好き?」


 まるであの時を再現するように、改めて尋ねられる。

 しかしながら、以前と同じ答えを口にすることはない。

 俺が答えないのを分かりきっていたように、夢野はクスッと笑うと言葉を続けた。


「なんてね。米倉君が付き合ったら、三人では来れないでしょ? 水無ちゃんは気にしないかもしれないけど、少なくとも私は嫉妬しちゃうな」

「…………」

「ただ理由はそれだけじゃなくて、もう水無ちゃんに内緒でズルはしたくなかったんだ」

「どういうことだい?」

「実は私、水無ちゃんにずっと隠してたことがあってね。さっきの質問は、幼稚園の頃に私が米倉君に聞いたことなの」

「あまりにもいきなりで驚いたよ。そんな質問をしていたのかい?」

「うん。水無ちゃんが休んだ日に米倉君と秘密基地で二人きりになれたから、こっそり抜け駆けして彼女にしてもらっちゃった。米倉君の優しさに付け込む形だったけどね」


 阿久津が確認するように俺の方を見てくる。確かに八方美人だったことは否定できないが、所詮は幼い子供時代の発言だし仕方ないと思いたい。


「だからね、今回はズルしないって決めたの。もしも予定とか行きたい場所が重なっちゃった時は、三人で一緒に行こうってずっと思ってたんだ」

「それならボクの予定が先に入っていた場合も、同じようにしないと不公平だね」

「水無ちゃんと米倉君さえ良かったら、その時はまた三人で一緒に行きたいな」

「ボクは構わないし、櫻は気にせずとも問題ないよ」

「おい」


 阿久津が不敵な笑みを浮かべつつ冗談を言うと、俺と夢野も一緒になって笑う。

 何事もなく隣の駅へ到着すると、最寄り駅の混み具合が嘘だと思えるくらいに平和そのもの。電車も臨時ダイヤで運行しており、思っていたよりは空いていた。


「二人とも、いい気分転換になった?」

「ああ。黒谷に近づくにつれて、思い出したくなかったものが迫ってくる感あるけどな」

「そろそろ現実逃避は終わりの時間だね」


 また明日からは勉強に苦しみ、文化祭の準備に走り回る日々が始まる。

 もっと色々と遊びたかった気もするが、物足りないくらいが丁度いいのかもしれない。


「それじゃ、またね」

「ああ。気を付けてな」

「お疲れ様。今日は本当にありがとう」


 見納めになる浴衣姿を改めて目に焼き付けつつ、夢野と別れを告げる。

 そして人のいない夜の道を、幼馴染と共にのんびりと歩きだした。


「足、大丈夫か?」

「その言葉は、そのまま返した方が良い気がするけれどね」

「こっちはもう問題ないっての。本当、あんまり無理するなよ?」

「その……ありがとう」

「ん? 何がだよ?」

「ボクが絡まれていた時に助けに来てくれて、正直嬉しかったよ」

「ああ、そのことか。まあ男としてあれくらいやらないと恰好悪いだろ」

「そうだね。確かにあの時のキミは、少し恰好良かったかな」


 思わずドキッとするようなことを言われ隣を見るが、幼馴染の少女は視線を逸らす。

 そのまま家の前に到着すると、阿久津は最後にこちらを振り向き別れを告げた。


「それじゃあ、おやすみ」

「ああ。おやすみ」


 結っている髪と見納めになる浴衣姿のせいだろうか。

 その笑顔はいつになく見ない、思わず胸が高鳴るほどにとびきり可愛い笑顔だった。

 最後の最後で花火以上の良いものが拝めたと思いつつ、俺は心を躍らせながら帰宅する。


「!」


 しかしながら祭りの時間は、もう少しだけ続くらしい。

 風呂から上がった後で光っていた携帯を確認すると、届いていたのは二件のメール。どうやら阿久津と夢野も、俺同様に花火大会の興奮が未だに収まっていないようだ。

 今日のことについて書かれている二人からのメールに対し、俺もまた楽しかったと返事を送る。そんなメールのやり取りは、日付が変わるまで交わされるのだった。

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