二十日目(日) 打ち上げ花火が盛大だった件

「…………」


 数分歩いたところで背後を確認。どうやら大丈夫みたいだな。

 あの男達が追いかけてきたらどうしようとか、喧嘩に発展してしまった場合は……なんて色々と考えていたが、どうやら取り越し苦労で済んだらしい。

 しかしながら安堵する一方で、俺は阿久津が少し辛そうな表情を浮かべていることに気付き、握り締めていた二人の手を離すと足を止めつつ尋ねた。


「阿久津。ひょっとしてお前、どこか怪我したのか?」

「別に問題ないよ」

「問題ないってことないだろ? もしかしてアイツらに何かされたのかっ?」

「あの二人には声を掛けられただけで、指一本触れられてはいないさ」

「ねえ水無ちゃん。ちょっと下駄脱いでみて?」


 俺が阿久津を問い詰めていると、不意に夢野がそんなことを口にする。

 どうして唐突に下駄を脱ぐよう言い出したのか最初は理解できなかったものの、幼馴染の少女は観念したように溜息を吐いた後で渋々右足を上げた。


「やっぱり。軽い鼻緒ズレだね。ちょっと待ってて」


 親指の付け根辺りが少し赤くなっているのを見るなり、夢野が巾着バッグから絆創膏を取り出す。そして何故かそれを、俺に向けて差し出してきた。


「はい。米倉君が貼ってあげて?」

「え? あ、ああ」


 絆創膏を受け取ると、阿久津の足元に屈みこむ。

 夢野に肩を借りた幼馴染の少女が足を軽く上げると、俺はすべすべしている足へ丁寧に絆創膏を貼りつけた。


「もう。痛い時はちゃんと言わないと駄目だよ?」

「色々と迷惑を掛けてすまないね」

「いや、こっちこそ無理に引っ張って悪かった」

「でも男の人に絡まれてるなんて思いもしなかったから、流石にビックリしちゃった」


 本当に夢野の言う通りである。何事なく済んだから良かったものの、内心ではハラハラだった。

 普段のコイツなら遠慮なくバッサリ断ったり、相手するのが面倒なら無視して逃げそうなものだが、今日は下駄を履いているため逃げるには不向きだし、俺や夢野と逸れないように待っていてくれたのかもしれない。


「大丈夫? 痛む?」

「いいや、大丈夫だよ。ありがとう」

「いざとなったらおんぶするから、遠慮なく言えよ?」

「流石にそれはお断りしておくよ」

「そうか? ハル君が寝るくらいだし、乗り心地は保証するぞ?」


 阿久津が不敵に笑うと、ハル君を知らない夢野が不思議そうに首を傾げた。

 再び二人に歩くペースを合わせながら、正月にあった出来事を話しつつ俺達は河川敷へとゆっくり移動していく。


「お?」


 その道中で偶然にも沢山の提灯が吊るされた大きな山車と遭遇。それも一つじゃなく二つの山車同士が向き合って、お囃子を競い合う様子を見ることができた。

 そんな良い気分転換を経て、花火開始の三十分前に目的地へ到着。人はそこそこ集まっていたものの、事前情報通り座れるスペースは充分に残っている。

 土手の草を足で踏んで軽く地ならしした後、夢野に持って来てもらったレジャーシートを広げ三人並んで腰を下ろす。面積的にあまり広くないため、真ん中に座った俺は二人から寄り添われる形になった。


「花火大会なんて久し振りだからワクワクしてきちゃった。米倉君は?」

「こういう本格的なのを見るのは初めてかもな。花火なら黒谷祭りの花火を部屋から見たのと…………後は去年の文化祭の花火くらいか?」

「そっか。水無ちゃんはいつ振りの花火大会?」

「一昨年に友達と行ったけれど、少しばかり退屈な花火大会だったかな」

「退屈な花火大会って、どんなんだったんだ?」

「メッセージ花火というのがあってね。一発上がる度に説明とメッセージがアナウンスされていくんだよ。例えるなら、こんな感じさ」






『――――次は6番、7号一発。サイトウコウジ、シヅコさんへ。お爺ちゃん。お婆ちゃん。これからも長生きしてね。提供、子供、孫一同』


 ドーン。


『次は7番、7号一発。タカヒロ先生、ユキ先生へ。結婚おめでとうございます。提供、六年一組一同』


 ドーン。


『次は8番、7号二発。サトウハツミさんへ。誕生日おめでとう。これからもずっと大切にします。提供、ヒロユウ』


 ドドーン。






「基本的には一発ずつ……たまに二発上がるくらいで、何とも言えないほど地味な花火が続いていてね。拍手されることもないまま、最初の一時間くらいは坦々と打ち上げられていったよ」

「そりゃ確かに退屈そうだな」

「ラスト三十分くらいはそこそこ楽しめたけれど、正直に言って打ち上げ時間の半分くらいがアナウンスだった気がするね」

「でもそういうメッセージ花火って、私達が打ち上げることもできるってこと?」

「終わった後で気になって調べたけれど、花火の種類やメッセージの文字数によって料金はまちまちだったよ。確か大体の相場は一万円から五万円くらいだったかな」

「「へー」」


 思っていた以上にリーズナブルな値段を聞いて、俺と夢野が声を揃える。まあ仮に買ったら買ったで「この一発で○万円かー」って気分になりそうではあるな。


「でも花火で告白とかされたら、きっとロマンチックだよね」

「結婚とか誕生日を祝うメッセージが全体的に多かったけれど、中には永遠の愛を誓うなんていうのもあったかな。ただ花火は一発だったから、一瞬で消えていったよ」

「あー、それはちょっと寂しいかも」


 一瞬ありかと思ったものの、二人の反応を見る限り一発では駄目らしい。金欠な俺にはとても無理そうなので、この案は脳内から消しておくことにしよう。

 そんな話をしているうちに開始予定時刻が近づき、アナウンスが鳴り響く。主催者の紹介や大会開会の代表者挨拶が終わると、ようやく花火大会が始まった。


『以上で、御挨拶を終了いたします。それではプログラムに従いまして、花火大会を開始いたします』


 放送が終わるなり、最初の一発目が大きく上がる。

 ドーンという音と共に盛大に開くのを見て、大きく歓声が上がった。


『パチパチパチパチ』


 俺達も周囲と一緒に拍手をしていると、花火は次から次へと上がっていく。

 菊や牡丹、ひまわりの花のような花火。

 ヤシの葉みたいに、いくつもの線が広がる花火。

 打ち上がってから数秒遅れて、一気に咲き乱れる花火。

 こちらに降ってくるんじゃないかと思うくらい尾を引いて垂れ下がってくる、しだれ桜のような花火。

 それぞれが赤に黄色、緑に紫と色鮮やかに光り輝き、夜空という真っ黒なキャンバスを美しく華やかに染め上げていった。


「綺麗ー」


 最初は写真や動画を撮っていた夢野が、スマホを下ろしボーっと空を見つめつつポツリと呟く。写真を撮るのは苦戦していたようだが、満足いくものが撮れたらしい。

 チラリと隣にいる阿久津を見れば、子供みたいに目を輝かせながら花火に夢中になっている。髪が短かった幼き日の面影が、今の少女に一瞬重なって見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る