二十日目(日) その手が繋がれる時だった件
行き交う人を避けつつ追いつくと、夢野が驚いた表情を見せる。
「米倉君? どうしたの?」
「えっと、その……阿久津が付いていけって」
「そっか。水無ちゃんも、変に気を遣わなくていいのに」
お祭りで人混みとくれば、逸れないように手を繋ごうと言い出すのが定番。しかしながら実際に歩いてみると、手を繋がない=逸れるなんてこともないらしい。
人が沢山いそうな花火の中心地付近へ行けば違うのかもしれないが、流石にそこまでして手を繋ぎたいかというと、人混みが嫌いな俺にとっては微妙だったりする。
「でも水無ちゃんに言われてってことは、米倉君は私のことを心配して来てくれた訳じゃないんだよね? あーあー、残念だなー」
「あ、いや、別に心配してないって訳じゃないけどさ……」
「ふふ。冗談だよ。そうやって正直に言うところが米倉君らしいね」
夢野にクスクスと笑われ、正直の前に馬鹿が付きそうな気がする俺は苦笑いを浮かべる。昔からこの手の失敗は多いし、少しは気の利いたことを言えるようになりたいもんだ。
「それで、何を買いに行くんだ?」
「うーん、きっとこっちの方にあると思うんだけど……あっ! あった!」
夢野が指さした露店は懐かしのチョコバナナ。そんなに食べたかったのかと能天気なことを考えながら眺めていると、夢野は店員さんに対して一つではなく二つ頼む。
「あいよ! 二本で600円ね! まいどあり!」
「はい、米倉君」
「いいのか?」
「私一人で二本も食べられないよ」
幼稚園時代に俺が桜桃ジュースを断った時と同じようなことを言いつつ、あの頃と変わらない笑顔を浮かべた少女は手にしているチョコバナナを差し出してくる。
お言葉に甘えて受け取りはしたものの、奢られるのは流石に気が引けるため財布を取り出そうとした。
「!」
…………が、それよりも早く夢野がそっと俺の唇に人差し指を当てる。
こうして触れられるのは、何だか随分と久し振りだった。
「さて問題です。私が言いたいことは何でしょうか?」
「お金は要らないって言いたいんだろ? でも奢ってもらうのは悪いって」
「残念、外れだよ♪ だってこれは奢りじゃなくてお返しだから」
「あ」
「二千円札は受け取ってもらえなかったけど、300円はお返しさせてほしいな」
確かに言われてみれば120円の時は桜桃ジュースのお返しがあったものの、300円に関しては特に何もなかった……というか、俺が脱走して有耶無耶になってた気がする。
割とありそうなものだが、チョコバナナの店を見たのは今日初かもしれない。ひょっとしたら露店を巡っていた時も、夢野はずっと探していたんだろうか。
「そういうことなら……サンキューな」
「うん。どう致しまして」
あの時は小学三年生で、今は高校三年生。かれこれ十年振りに食べるチョコバナナの味は昔と変わらず、夢野もまた美味しそうに食べていた。
「米倉君、足はもう大丈夫なの?」
「ああ。足の裏だから中々完全には治らないし、今でも薬を貰ったり水ぶくれを処理してもらったりで月に一回は病院に行ってるけど、痛みとかは全然ないから問題ない」
「そっか。良かった。手術するってメールが来た時は本当にビックリしちゃった。もう少し時期が遅れてたら、あの時とは逆に私が励ましてあげてたかもしれないね」
「確かにな」
チョコバナナの思い出を語りつつ、道中でゴミを処理した俺達は阿久津の元へと戻る。
時間も良い具合になってきたし、そろそろ花火を見る場所へ移動するには頃合いか。
「…………ん?」
先程よりも人が増えている中、休憩していたベンチが見えてくる。
人混みの隙間から幼馴染の少女の姿が見えたが、俺はいち早く違和感に気付いた。
「ねーねー。ちょっとくらい良いじゃーん」
色々な人の話し声が入り混じっている中、そんな会話が耳に入る。
見知らぬ二人の男が、ベンチに座って俺達を待っている阿久津へ声を掛けていた。
その様子を見る限り、知り合いという感じではない。
「ちょっとだけだからさー。ほんのちょっと」
「――――っ!」
男の一人が阿久津へ手を伸ばす。
その瞬間、無意識に身体が動いていた。
背後で俺の名前を呼ぶ夢野を置いて、人混みの間を駆け抜けていく。
「!」
戻ってきた俺に阿久津が気付き、こちらに視線を向けた。
そんな少女の反応を見るなり、大学生っぽい男は手を止めこちらへと振り返る。
「すいません。俺の連れなんで…………」
「あれー? ひょっとして彼氏君ー?」
「くーっ! かっくいいーっ! これじゃ俺達悪役だよーっ!」
「…………行くぞ」
俺は阿久津の手を取ると、離さないよう強く握り締めつつベンチから離れる。
そしてそのまま置き去りにしてしまった少女の元へと早足で戻った。
「米倉く――――っ!」
夢野が何か言うよりも先に、空いていた左手で少女の手も握る。
後方ではアルコールでも入ってそうなテンションの男達が囃し立てているようだったが、俺達はそんな声を一切無視して河川敷へと逃げるように移動するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます