二十日目(日) 祭りを楽しむ三人の子供だった件
「少し休憩するか」
「そうだね」
「賛成!」
同じような露店を何度か見掛けつつ、歩き回ること数十分。立ち寄った公園のベンチが空いているのを見るなり、俺達は三人で並んで腰を下ろす。
阿久津の手には先程買ったばかりのリンゴ飴が握られており、俺は気になっていたドネルケバブを食べている途中。まさか炊飯器の中から肉が出てくるとは思わなかった。
「はーい。二人とも、こっち向いてー」
透き通るような声の方を振り向けば、スマホをインカメラに切り替えた夢野が自撮りするように構え、三人全員が映り込むように腕を伸ばしている。
プルプルしながらも必死に撮ろうとする微笑ましい姿を見せられては、写真嫌いな俺も逃げることができず大人しくピースをした。
「撮るよー? 1足す1はー?」
「「田んぼの田」」
「えー?」
パシャッという音が鳴った後で、思わぬ回答に笑っている少女がスマホを確認する。
道中でも写真を撮っていたのは主に夢野だが、時には俺が撮ってあげることも。特に二人がクレープを食べていた姿は実に絵になっていたため、自ら名乗り出たくらいだ。
「こっちこっち~」
「待って~」
小学生くらいの男の子グループが目の前を駆け抜けていく。俺もあのくらいの頃はお祭りに行ったし、翌日には小銭が落ちてないか探したりしたっけな。
花火開始までまだ一時間近くあるにも拘らず、着いた当初から多かった人は時間の経過と共に少しずつ増えてきていた。
「この公園から花火を見る人も多そうだね」
「私達もここで見る?」
「一応調べたけど、三十分くらい前なら河川敷でも場所取りできるっぽいぞ」
「キミにしては詳しいじゃないか」
「まあな」
「それじゃ、そっちで見よっか」
ちなみに今回はアキトの手を借りないで、頑張って自分で調査していたりする。いつまでもアイツの世話になっていられないし、俺だってこれくらいならちょちょいのちょいだ。
個人的には人がいない小さな公園で、ジャングルジムの上とかブランコに揺られながら花火を見ることができれば最高だったが、流石にそんな都合の良い穴場は見つからず。仮にあったとしても、きっと地元民が占領しているに違いない。
「ふぃー、ごちそうさまでした。手を洗う場所は……っと」
「あ、ちょっと待っててね」
先程三人で飲んだタピオカドリンクの容器が入っているゴミ袋に、食べ終えたケバブの包みを入れてから周囲を見回していると、夢野が巾着バッグを探り始めた。
少しして取り出されたのはウェットティッシュ。このビニール袋も夢野が用意してくれたものであり、お祭りを知り尽くしているとはいえ女子力の高さが窺える。
「はい、どうぞ」
「悪い。サンキュー」
ありがたく一枚もらい手を拭いていると、夢野もまたウェットティッシュを手に取った。
「米倉君、こっち向いて」
「ん?」
「口のところ、汚れてるよ?」
そう言うなり、夢野は俺の口元に優しくウェットティッシュを当てる。
少し恥ずかしくはあるものの、そのまま丁寧に口周りを拭いてくれる少女に甘んじる。バブみを感じるってのは、こういうことを言うんだろうか。
「まるで子供だね」
「うぐっ……」
心がときめいていたのも束の間、背後から溜息交じりの声が聞こえ現実に引き戻された。
振り返ってみれば呆れ果てているのか、阿久津はこちらを見ようともせず不機嫌そうにリンゴ飴を食べている。
「ふふ。水無ちゃんも拭いてあげたかった?」
「べ、別にそういうつもりで言った訳じゃないよ」
「えー? 本当かなー?」
小悪魔めいた笑みを浮かべる夢野がジーっと覗きこむなり、プイッとそっぽを向く阿久津。こういう反応をされると、コイツがどんな目で俺のことを見ているのか尚更わからなくなってくる。
「ボクはただ口周りを汚すなんて子供のやることだと言いたかっただけさ」
「でも水無ちゃんだって、さっき型抜きしてた時は子供みたいだったよ?」
「確かに。ムキになってやってたよな」
「あれは陶芸部副部長として、失敗する訳にいかないと思ってね」
「いや陶芸関係ないだろアレ」
ちなみに俺はバキバキと大胆に折っていった結果早々に撃沈し、夢野も後少しのところで砕けてしまい失敗。無事に最後まで成し遂げたのは阿久津だけだった。
お互いに子供っぽいところを言い合っていると、目の前を三人の幼い子供が走り去っていく。男の子が一人に女の子が二人……手には全員が綿あめを持っており幸せそうだ。
「あの子達、何だか昔の私達みたいだね」
「ボクも同じことを考えていたよ」
「懐かしいな」
女の子二人を男の子が率いている姿を見て、夢野が不意にそんなことを呟く。走ると危ないと注意しながら後を追う保護者と思わしき女性が二人いたため、実際には三人の子供のうち二人は兄妹ないし姉妹なのかもしれない。
それでもああやってキャッキャと嬉しそうにはしゃいでいる子供の姿を見ていると、自分にも幼い頃はあんな時代があったなと朧気な記憶が蘇ってくる。
「こうしてまた三人揃うなんて、正直思いもしなかったよ」
「米倉君と水無ちゃんが屋代だって知った時は、私もビックリしちゃった」
「そんでもって、全員で陶芸部に入部だもんな」
屋代を目指した理由や陶芸部へ入ったきっかけを考えると偶然ではなく必然なところもあるが、それでも確率を考えたら相当低い数字が出るに違いない。
幼稚園の頃から十年以上の時を経て再び集まり、こうして三人でお祭りを楽しんでいる。改めて考えると本当に不思議だが、可能性は0ではなく誰にだって起こり得る話だ。
何故なら俺達は単に、忘れていた過去を思い出しただけに過ぎないのだから。
「あ!」
「どうしたんだ夢野?」
「ちょっと買いたい物があったから行ってくるね」
「それならボクも一緒に行こう」
「ううん。二人は休んでて。すぐ戻るから」
通り過ぎていく人々を眺めていた夢野は、何かに気付くなり立ち上がる。
トイレの方向とも違うようだし、言葉通り買いたい物を見つけただけっぽいな。
「何をボーっとしているんだい?」
「ん?」
「ここはキミが付いていくべきところだと思うけれどね」
「いや、でもすぐ戻るって…………」
「…………」
「あ、はい。行ってきます」
阿久津から無言の圧を受けた俺は、先を行く少女の後を早足で追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます