二十日目(日) 夢野と阿久津の浴衣姿だった件

 今日は待ちに待って待ち焦がれた花火大会の日。合宿で夢野と話をしてから三週間……特に阿久津参戦が決まってからのラスト一週間は、一日一日が本当に長く感じられた。

 集合時間は五時だが、現在時刻は午後四時四十分。いつになく楽しみだった俺は無意識のうちに二十分前行動をしてしまうくらいにはりきっている。


「………………」


 ガラケーのカメラを起動させると、インカメラにして自分の姿を再確認しておく。

 二人が浴衣ということで俺も今日のために甚平を購入したが、梅の奴には「何か変」という喉に刺さった小骨のように心に引っかかることを言われた。別にそんなにおかしくはないと思うし、アホな妹の発言は忘れることにしよう。

 うっかり地元の知り合いと遭遇しないか注意しつつ、駅の階段下でソワソワしながら阿久津と夢野を待つこと十分。ついにその時がやってくる。


「お待たせ♪」

「!」


 先に来たのは巾着バッグを片手に携えた、蝶々みたいに華やかな少女だった。

 沢山の桜模様が散りばめられた、ピンク色の浴衣。

 ショートポニーテールを纏めている後頭部には、初めて見る赤いリボンを付けている。

 赤い帯で締められている肢体からはスタイルの良さが滲み出ており、整っている顔から下駄を履いている足に至るまで、思わず目が釘付けになるほど魅力的だった。


「どうかな?」

「ああ、凄く似合ってるよ」

「本当っ? 良かった♪」


 くるくるっと回って見せた後で、俺の返事を聞くなり夢野は嬉しそうに微笑む。その立ち振る舞いがまた可愛く、無意識のうちにニヤけてしまうほどだ。

 慌てて我に返ると自分の顔をしっかり引き締めるが、それほどまでに浴衣姿の破壊力は半端ない。普段から可愛いのに、今日は過去最高に可愛くて狂おしいほどである。


「米倉君も似合ってるね」

「梅の奴には変って言われたけどな」

「ううん。そんなことないよ」


 ゴールデンウィークに藤まつりのお預けを喰らってから約二ヶ月半。念願だった浴衣姿を脳内に永久保存するため、話をしながらもしっかりと目に焼きつけておく。

 今回は夢野も阿久津もいるし不要だと思っていたが、こんなことなら親のデジカメを借りてくるべきだったかもしれない。ガラケーは画質が悪すぎるのが難点だ。


「あれ、水無ちゃんかな?」

「!」


 夢野に夢中になっていたところで、どうやら阿久津も来たらしい。

 俺の背後を見ていた少女が気付いて名前を呼ぶなり、何も考えずに振り返る。

 そこにいたのは、初めて見る幼馴染の姿だった。


「やあ」

「――――」


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 そんな言葉が似合いそうな阿久津を目の当たりにして、思わず呆然としてしまう。

 清涼感が漂う青い浴衣には、良い香りが漂ってきそうな白い百合の花模様。ブルーとホワイトのコントラストが何とも涼しげで、クールな少女には実によく似合っている。

 そして何より目に留まったのは、普段なら真っ直ぐに下ろしている腰まである長い髪を結い上げていること。花飾りのついたかんざしで留めているその姿に、思わず口を開けたまま呆けてしまっていた。


「そんなにおかしいかい?」

「い、いや、別にそういう訳じゃ…………」

「蕾君は実によく似合っているね。羨ましいよ」

「ありがとう! でも水無ちゃんの浴衣姿の前だと霞んじゃうかな。こっちに向かって歩いてきてる時に水無ちゃんかなーって思って見てたんだけど、凄く綺麗で驚いちゃった」

「そんなことないさ」

「それに米倉君だって見惚れてたみたいだし…………ね?」


 夢野がそう言うなり、阿久津がチラリとこちらを見る。

 雰囲気的には可愛いという表現は夢野に合っており、阿久津は綺麗という感じ。見惚れていなかったと言えば嘘になるが、だからと言って素直に白状するのも恥ずかしい。


「あ、ああ。何て言うか、大人っぽく見えて……その、正直ビックリした」

「それを聞いて安心したよ」


 阿久津が小さく笑みを浮かべた後で、俺達は駅の階段を上がっていく。浴衣の魅力は後ろ姿にもあり、二人のうなじは何とも言えないほどに艶めかしく色っぽかった。

 ホームには俺達同様に花火大会なり夏祭りへと行くのか、浴衣を着ている家族やカップルがちらほら。夏休みは家でゴロゴロばかりだった俺にとって滅多に見ない光景なため、若干の違和感を覚えながらも電車を待つ。


「水無ちゃんくらい髪が長いと大変じゃなかった?」

「流石に親にやってもらったよ。無理だったら切ろうと思っていたけれどね」


 阿久津と夢野の浴衣事情を聞きながら、電車に乗って移動すること数十分。目的地に到着したのは、打ち上げ花火が始まる一時間半近く前だった。

 五十年以上の歴史を誇り一万発を超える花火と謳っているだけあって、既に町並みは盛り上がっている様子。特に河川敷には所狭しとばかりに露店が並んでいる。


「へー。色々あるんだな」

「米倉君、お祭りはあんまり来ないの?」

「多分小学生以来だし、地元の祭り以外は初めてだよ」


 下駄の二人にペースを合わせながら、人が多い中心地から少し離れた道をゆっくり歩く。幼い頃は射的や金魚すくいといった遊戯に夢中だったが、今気になるのは食べ物ばかりだ。

 お祭りの露店と言えばたこ焼き、焼きそば、かき氷、綿あめ辺りが定番だが、これだけ規模が大きいと肉巻きおにぎりやチキンステーキといった珍しい食べ物、そしてキャンドルボーイなんて聞き慣れない食べ物まであった。

 祭り経験が少ない俺にとっては、ドネルケバブですら強そうな必殺技に聞こえてしまうレベル。見たことがない新しい世界を前にして、何から手を付けるべきか悩んでしまう。


「あ! トルコアイス、食べていかない?」


 夢野が見つけた露店を見ると、口髭を生やした外国人の店員さんが穴の中に棒を突っ込んでいた……と、こういう誤解を招く表現は良くないな。

 当然ながら値段は高いものの、そこを気にしては祭り気分が台無し。例え後で後悔するかもしれないとしても、こういう時は何も考えずパーっと使うに限る。


「トルコアイスって、普通のアイスと何が違うんだ?」

「うーん。何て言えばいいんだろ? モチモチしてるっていうか……とにかく美味しいよ」

「モチモチ?」

「食べてみればわかるさ。ボクも買うけれど、キミはどうだい?」

「それなら俺も買おうかな」

「すいませーん。三つください」

「ミッツ?」


 相手が外国人ということもあって若干話しかけ辛かったものの、夢野が注文するなり店員さんは指を三つ立てつつ確認。三人分の代金を受け取った後で、とてつもなく細長いヘラを使って穴の中からアイスを掬う。

 そしてしゃもじに残ったご飯粒をこそぐように、コーンへアイスを擦りつけていく……が、あろうことかアイスを乗せ終えたところでコーンを持っていた手をパッと離した。


「おー」


 しかしながらコーンが重力に従って落下することはなく、アイスという接着剤によってヘラにくっついたまま。何てことない普通のアイスに見えたが、どうやら中々の粘着力があるようで思わず声を上げる。

 ニコニコと笑みを浮かべている店員さんはコーン付きアイスをヘラの先にくっつけたまま、どうぞとばかりに俺達へ差し出してきた。


「米倉君、先にいいよ」

「じゃあ……」


 夢野の厚意に甘えて、俺はヘラの先に付いているアイスを取ろうと手を伸ばす。




 ――ひょい――




 …………が、掴むタイミングが少々遅かったらしい。次のアイスを作ろうとしたのか店員さんがヘラを持ち上げると、コーンごとアイスを持って行かれてしまった。


「あ、すいません」


 コントみたいな真似をしてしまい思わず謝ると、阿久津と夢野がクスクス笑う。

 店員さんは「何してんねん」とばかりにアイスが付いたままのヘラで突っ込むアクションを見せると、今度は丁寧にアイスをヘラから外して渡してくれた。


「どうも…………えっ?」


 しかしながら俺の手元に残ったのは、アイスの乗っていないコーンのみ。どうやらコーンが二重になっていたらしく、アイスの乗ったコーンは再び店員さんの手に戻る。

 二人が後ろで笑っている中、改めてアイスが俺の元へ。今度こそと思いきや、何と二重構造どころか三重構造だったらしく、俺の手にはまたもやコーンだけが残された。


「えっ? えっ?」


 店員さんは何も言わずにニヤニヤしてばかり。何が何だかわからないまま困惑していると、四度目にしてようやくアイスを受け取ることができた。

 再びアイスを作った店員さんは、夢野や阿久津に対しても同じような意地悪をする。相手が外国人だったこともあって焦ったが、どうやらさっきのは俺のミスじゃなく単なるパフォーマンスだったらしい。


「あー、ビックリした。知ってたなら最初から教えてくれよな」

「だって米倉君、反応が面白いんだもん」

「まさか謝るとは思わなかったよ」


 話を聞けばトルコアイスの露店は、どこもああいう風にやるのが定番とのこと。それを知っていながら黙っていたなんて、二人とも中々に人が悪い。

 ただ持っていたトルコアイスを一口食べてみれば、夢野の言っていた通りモチモチした不思議な食感。餅みたいにうにょーんと伸びて、味も美味しかったので良しとしよう。


「美味しいでしょ?」

「ああ。これがトルコアイスか。流石は本場トルコ人が作ったアイスだな」

「店員さんがトルコ人とは限らないけれどね」

「違うのかよっ?」


 まさかの衝撃的事実を阿久津から聞かされながらも、祭り知らずな俺は祭り経験豊富な二人と共に次なる露店を求めて歩いていくのだった。

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