十七日目(木) 遅れてやってくる英雄、渡辺だった件

 五十枚の壁作り作業も第一段階が折り返しを超えた、何回目かわからない準備日。大体集まるメンバーは固定化してきており、今日は葵も来ていた。

 イケメン軍団は勿論のこと、但馬や太田黒辺りが来る気配は相変わらず一切なし。まあ参加率の悪さに文句を言っても何も始まらないため、今は黙々と作業を進めていく。


「久し振りにやるか」

「いいですな」

「第一回!」

「チ、チキチキ!」

「身近な物でノリノリ大会だお!」

「「「イエーイ!」」」

「それではエントリーナンバー一番。アキト選手どうぞっ!」

「制汗スプレーと間違えてスプレーのり」

「おおっと! これはうっかりやりかねない! 優勝は決まりでしょうかっ?」

「ノ、ノリノリってそっちの意味だったんだ……」


 父親に頼みあれだけ用意したダンボールも六割近い壁を作ったところで在庫が尽き始めてきたため、今日は紙を貼る第二段階の装飾作業も並行しつつ進行している。

 アキトの助言で買ったスプレーのりは、中々の速さで紙を貼り付けることができるため女子に好評な様子。俺も一度は使ってみたものの、どうにも不器用なので使い慣れたスティックのりの方が向いてそうだった。


「エントリーナンバー二番は米倉氏だお」

「リップクリームと間違えてスティックのり」

「強敵キタコレ! 今回は中々にハイレベルな戦いになりそうですな」

「さあ最後を飾るのはエントリーナンバー三番、葵選手ですっ!」

「ハ、ハンドクリームと間違えてでんぷんのり!」

「「おぉー」」


 確かに幼稚園の頃に使っていた、匙とか付いてたりする円柱型容器のやつはそれっぽい気がする。あの匙を使ってのりをパクパク食べる変な奴とかいたな。

 しかしオチ担当だった筈の葵がここまで成長するとは……俺達も負けてられない。


「第二回!」

「えっ? チ、チキチキ……?」

「身近な物でノリノリ大会だお!」

「「「イエーイ!」」」

「エントリーナンバー一番は皆さんご存じのこの方! 前大会において華麗な解答を見せてくださった、アキト選手です! どうぞっ!」

「ボールペンと間違えてボールペン型のり」

「おおっと! これはマニアック! ボールペン型のりなんて、そんな物があるんでしょうか?」

「これだお」

「えぇっ?」

「何とアキト選手! 持っていた! Yシャツの胸ポケットに仕込んでいました! それを受け取った葵審査員、現在判定を行っております」

「す、凄いね……本当にのりなんだ」

「細い所とかを塗る際に便利ですな」


 貼る予定だった緑紙の上にぐるぐると、インクの出具合を確かめるように螺旋を描く葵。こんな物があるなんて俺も知らなかったが、流石は文房具屋といったところか。


「エントリーナンバー二番は、ノリの良さは天下一品の米倉氏だお」

「修正テープと間違えてテープのり」

「あっ!」

「まだネタが残っていたとは中々ですな」

「さあ最後を飾るのは期待のこの方。考えていたネタを言われてしまったのか、頭を抱えているエントリーナンバー三番、葵選手ですっ! はりきってどうぞ!」

「え、えっと…………えっと…………」

「残り五秒ですな」

「えぇぇっ?」

「三、二、一……残念っ! 時間切れですっ!」


 未だに似ている物が出ていない、アラビックな液状のりを手にしたまま必死に考えていた葵だったが、残念ながら最後まで案は浮かばなかったらしく撃沈する。


「液状のりなら、アソメルツ的な肩こり薬と形が似てるお」

「ふっ、まだまだだな葵。別にお前が手に持っているそれ以外にも、歯磨き粉と間違えてでんぷんのり(細長い容器バージョン)とか、他にもネタはあったぞ」

「そ、そっか」

「しかし間違えて使った場合を実際に想像してみると、中々に地獄を見そうですな」


 アキトに言われてイメージしてみる。被害者は……アホな妹が適役そうだな。






「ふぃ~。良い汗掻いた~。気持ち『プシュウウウウ』良……くない……?  何これっ? 服くっついたっ! もしかして梅、何か新しい力に目覚めたとかっ?」

(あー、やっぱアホだなコイツ)

「いただきま~す……痛っ! 筋肉痛で箸が持てないくらい身体痛い~。でもそんな時はアソメルツ! これさえ塗ればスッキリ~って、何かネバネバした変なの出たっ!」

「そういう誤解を招く発言をするな」

「ごちそうさまでした~。歯磨き歯磨きっと……ヴェエエエっ! ぺっぺっ! だでぃごで…………ぐぢのながが…………」

「そういう誤解を招く発声をするな」

「あ~も~、何だったんだろさっきの? クリームクリームっと」

(…………リップクリームが変なことには気付かないのかよっ?)

「お兄ちゃん大変! ハンドクリーム塗ったらヌルヌルじゃなくてベトベトになった!」

「そうか。凄いな。そして何度も言うが、そういう誤解を招く発言をするな」

「真面目な梅ちゃんは今日も勉強を頑張……はえ? 書けない? のりだこれっ!」

(あ、ここでようやく気付くのか)

「修正テープまでのりになってるっ? あ~も~、間違った所がベタベタになって余計に消しにく『ビリッ』ああああああああああああああっ!」






 …………とりあえずわかったこととして、自分の身体に使う系がエグ過ぎる件。冗談で許されるのはボールペン型のりと、テープのりくらいだろうな。

 ノリノリ大会も一段落ついたところで、また一枚新たな壁の装飾が終わったため次の壁を用意する。第二段階の紙貼り作業は、まだ二割も終わっておらず先は長そうだ。


「でもさー、皆薄情だよねー」

「わかるわかる! 新川君とか、自分から言い出してたのにね!」

「皆予備校で忙しいし仕方ないお」

「確かにそうかもしれないけどー、私達が頑張ったって思いっきり言ってやろー」


 準備に参加している女子陣もイライラが溜まってきたのか、イケメン連中の評価がだだ下がりし始めている模様。仮に一年の時にやった編集委員のアンケートを改めて集計したら、下剋上できるかもしれないな…………と、そんなことを考えていた時だった。


「悪い、遅くなった……」

「おっ?」

「あー」

渡辺わたなべ君!」


 まるでヒーローは遅れてくるとでも言わんばかりに、満を持して登場したのは結構ランキング一位を取っていた男、渡辺。実は進学ではなく就職するらしい男、渡辺だった。

 新たな戦力がまた一つ増えたところで、まずは大体の作業工程を説明する。


「しかし大変だなこれ……遮光カーテンとかないのか……?」

「そんなの買う予算があったら、もっと色々と…………あっ!」

「ど、どうしたの櫻君?」

「いきなり大声を出して、何か事件でもあったので?」

「いや、カーテンって使えるんじゃないかと思って」

「言われてみれば確かにそうですな。すっかり忘れてたお」


 机や椅子の類は体育館で行われるバンド等に使われるため、文化祭実行委員側へ一旦預けてから貸し出しを許可してもらうことになるが、カーテンに関しては制約がない。

 そうなるとC―3のカーテンは勿論のこと、C―2のカーテンも使える可能性がある。渡辺の発言からそのことに気付いた俺は、慌ててカーテンの寸法を測定した。


「使うとしたら4番と6番……それに14番と15番の四つをカーテンにする感じだな」

「えー? もう全部作っちゃったやつだよー?」

「いや、大丈夫だ。今作ってるのは32番だったよな?」

「……(コクリ)」

「それなら4番は42番にそのまま使えるし、6番と14番はくっつけて36番に入れればいい。15番も38番にすれば問題なしだ」

「え? え? 早過ぎてちょっとよくわからなかったんだけど!」

「よねくら君が大丈夫って言ってるし、問題ないってことだよー」

「とりあえず36番と38番と42番の三つを飛ばしてくれれば大丈夫だ。冬雪、一覧の紙を貸してくれるか? 不要になった番号を消しておくから」

「……お願い」

「これでざっと16m分は減りそうだな。サンキュー渡辺」

「いや、まだ何もしてないんだが……」

「米倉氏、相生氏、渡辺氏。ヘルプを頼むお」

「おう!」


 既にアキトの手によって、最初に設置される小・中・大のドア枠は完成済み。今はトンネルの制作に入っており、ネジが曲がらないようしっかりと木材を支える。

 最終的に骨組みができたところで今日は時間切れ。続きは次回に持ち越しだ。


「ねーねーよねくら君。ダンボールってもうないのー?」

「そこにあるのでラストだから、来週までには何とか補充しておくよ」

「おっけー。お疲れ様ー」

「ああ。お疲れ」

「しかしあれだけあったダンボールがもう無くなるとは驚きでござる」

「そうだな」


 C―2側のカーテンも問題なく使えることがわかったため、壁作りの第一段階は九割近く終わっている。残りの量のダンボール集めなら、車なしでもできそうだ。


「さ、櫻君。来週までに補充するって、どうするの?」

「そりゃ勿論、今からかき集めてくるに決まってるだろ?」

「拙者も手伝うお」

「ぼ、僕も」

「お前らはチャリじゃないんだから、無理すんなって」

「あ、足はないかもしれないけど、脚ならあるから走るよ!」

「効率悪すぎだっての。気持ちだけで充分だ」


 アキトも葵も電車通学であり、徒歩圏内はせいぜい近くのコンビニまで。そこは争いも熾烈で大抵は他クラスが貰いに行った後だろうし、あまり当てにはできそうにない。


「じゃあ俺なら問題ないな……」

「えっ?」

「忙しいのは一段落ついたし、これからはいつでも行けるぞ……」

「渡辺氏が積極的に手伝いに来るとか、かなりレアな希ガス」

「正直言って今日は別の用事で来たついでだし、一回参加した後はサボるつもりだったけどな……今年はかなり力入れてるみたいだから、流石に手伝わないと悪いだろ……」

「ん? 今何でもやるって言ったか?」

「えぇっ?」

「そうだな。何でもやってやる……」

「えぇぇっ?」

「これはまた新しいパターンですな」

「冗談抜きで、今からでも大丈夫なのか?」

「ああ。完成が楽しみだからな……」

「サンキュー渡辺」


 イケメン軍団以上に評価が上がっても、ランキング一位を取る日はなさそうだな。

 それなら早速行こうと準備を始めたところで、スマホに耳を当てていたアキトが突然口を開く。


「俺だ。日が沈みきる前に、最後の話をしようと思ってな…………おいっす店長、お疲れっす。自転車二台、今から借りに行くお。四十秒で支度よろ」

「ちょっと待てアキト。借りに行くって、店長の家までどうやって行くんだよ?」

「いやすぐそこですしおすし。屋代学園前、徒歩一分でござる」

「マジでか!」


 これには俺も驚きだが、ようやくクラリ君ストラップが送られてきた時の謎が解けた気がする。昼休みの間に一回家に帰って取りに行くことも可能だったって訳だ。

 こうして俺達四人は夕焼け空の下で仲良く自転車に跨ると、コンビニやスーパー、ホームセンターへと向かい日が暮れるまでダンボールを集めて回るのだった。

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