十一日目(金) 今日のおやつはムースだった件
今日は音楽部が数少ない休みかつ、望ちゃんがクラスの文化祭準備で学校へ行っているということなので、俺は夢野家へお邪魔することになった。
時が過ぎるのは早いもので、以前にお邪魔したのは一年近く前のこと。行くのは久し振りだったものの不思議と道は覚えており、迷うことなく夢野家へ到着する。
「また倒れたりしないでくれよ?」
「大丈夫だってば。その節はお世話になりました」
今回が二度目の訪問だが、以前と異なる点としては扉を開けて出迎えてくれた夢野が制服ではなく私服であるということ。今日はいつになく気温が高いこともあり、少女が履いているのは艶やかな太股へ視線が移りそうになるミニスカートだった。
こうも魅力的な姿を見せられてしまうと、以前に考えていた消しゴムをわざと落として覗けないかという悪事が脳裏に…………いやいや、駄目だ駄目だ。消えろ煩悩!
「うし。それじゃ、始めるか」
「うん。頑張ろう!」
毎日のメールのやり取りは未だに続いているためお互いに大体のことは把握しており、近況について軽く雑談した後でゴールデンウィークの時同様に課題へ取りかかる。
両親は仕事でいないとのことなので、以前に冷やし中華を食べさせてもらった台所のテーブルで勉強道具を広げると、扇風機の風に当てられながら黙々とペンを走らせていった。
「…………」
センター試験までは、残り約五ヶ月とちょっとしかない。
150日は3600時間だが夏休み前の俺の一週間の学習時間は約21時間であり、それを元に計算すると勉強できるのはそのうち450時間ということになる。
そしてその数字を七科目で割った場合、一科目に当てられる時間は僅か64時間。その限られた時間で、いかに効率良く学習することができるか……か。
「ふう……んぅ~っ!」
三年になると夏課題も大した量が出されず、今日は普段通り受験勉強。一段落ついたためペンを置いて一休みしつつ、首を左右に動かすと骨がボキボキと盛大に鳴った。
「骨を鳴らすのって、身体にあんまり良くないんだよ?」
「確か骨が太くなるんだったか?」
「それもあるけど、神経を傷つける場合があるんだって。特に首は脊髄があるから」
「マジでか。でも中学の頃からの癖なんだよなこれ」
元々は中学時代に前の席の友人が鳴らしていたのを見て、何となく真似をしたくなったのが始まり。今では定期的に鳴らしてしまうのがすっかり習慣付いていたりする。
何度か我慢しようとしたこともあったが、ムズムズしてしまい耐えられず。そんな困った癖をどうしたものかと考えていると、夢野が大きく身体を伸ばしてから尋ねてきた。
「ちょっと休憩しよっか」
「ん? ああ、もうそんな時間だったのか」
どうやら気付けば二時間が進んでいたらしく、時計を確認すると丁度おやつタイム。前回と違って夢野からの質問も無かったため、スカートを覗こうなんて悪だくみもすっかり忘れて集中してしまっていた。
「米倉君は紅茶派だっけ」
「ああ。もしかして、今回も何か作ってくれたのか?」
「うん。じゃじゃーん」
「おお! 超美味そう!」
冷蔵庫から取り出されたのは、透明なカップに入っている桃色をしたムース。その上にはイチゴと生クリームが乗せられており、見るからに食欲がそそられる。
夢野は二個のティーバッグを入れたティーポットへ、ケトルに用意していたお湯を注ぐ。そして蒸らしている間に二つのグラスに沢山の氷を入れ、手際良くアイスティーを作った。
「お砂糖とガムシロップは?」
「いや、どっちも大丈夫だ」
「はい、どうぞ♪」
「ではありがたく……いただきます!」
スプーンに乗っけてパクッと一口食べると、これがまた冷たくて美味しいのなんの。しっとりしたムースに生クリームの甘さやイチゴのさっぱり感が最高に合っていた。
そしてキンキンに冷えたアイスティーが喉を潤し、身体を内部から冷やしていく。勉強中も桜桃ジュースで水分補給はしていたが、これは体力全回復で生き返った気分だ。
「あー、幸せやー」
「ふふ。良かった」
「本当、ありがとうな」
「どういたしまして♪」
作るのも大変だっただろうに、わざわざ俺のために用意してくれた夢野へ礼を言う。丁寧に味わいながら食べていた幸せは、あっという間にお腹の中へ吸収されていった。
「ごちそうさまでした!」
「御粗末様でした」
食べ終えるなり、容器とスプーンを洗い始める夢野。相変わらず抱きしめたくなるような後ろ姿だが、フリフリと揺れるミニスカートを眺めるだけで我慢する。
洗い物を終えた少女は再び席に着くと、俺に向けてニコッと微笑みつつ口を開いた。
「あと一週間ちょっとだね」
「ん? ああ、花火大会か。楽しみだな」
来週……というと明後日のことを示すからややこしいが、次の次の日曜日は待ちに待った祭りの日。その日のために(いつもではあるが)昼食を抜いて貯金している俺は言うまでもなく期待に胸を膨らませており、七月の頃から待ち遠しかったくらいだ。
「良かった。ちゃんと覚えててくれたんだ」
「当たり前だろ。忘れると思ってたのか?」
「だって米倉君、最近本当に忙しそうだから。勉強してる間も鬼気迫る表情してたし」
「そうか?」
確かに夢野の言う通り、勉強に関しては焦っている節がある。
衛星通信方式の講義、サテラーの効果もあって英語は少しずつ伸びてきたものの、古典が足を引っ張っている国語や、勉強不足な物理といった他教科は点数が上がらない。
その結果としてE判定からD判定にはなったものの、八月に入ったにも拘らずC判定以上は未だに一度もなし。この前の記述模試の自己採点も数学Ⅰ・A以外は微妙だった。
月末の日曜にはまたマーク模試が控えているため、何とかそこでC判定以上を取りたいところだ。
「文化祭準備の方も、優秀賞が取れそうなくらい頑張ってるって聞いたよ?」
「賞が取れるかはわからないけど……まあ、自分で決めた企画だからさ」
「そっか。楽しみにしてるね」
「ああ。是非お客さんとして来て…………ん?」
不意に携帯がポケットの中で震え出す。
二回……三回……四回と振動は止まらない。どうやら電話のようだ。
「ちょっと悪い」
どうせまた梅か親だろうと思いつつ、ポケットから携帯を取り出し画面を確認する。
そこに映っていたのは、メールですら滅多に表示されない名前。ひょっとしたら着信履歴には初めて残るかもしれない、幼馴染の少女からの電話だった。
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